L'art de croire             竹下節子ブログ

ワインスタインと伊藤詩織さん

前に、「詩織さん事件」について、書こうと思ったけれど書けない事情を記事にしたことがある

今は「伊藤詩織」さんとして検察、警察などのブラックボックスについて著書を出して、決して追及をやめず、他の被害者のためにも役立とうとしているのが分かる。

彼女を応援する人も多いと思うけれど、ネットなどで見ると、ハニートラップだとか、「反戦派=左翼=在日」認定など、あまりにもひどい「セカンド・レイプ」の典型のような誹謗中傷が少なくないことに驚く。

前の記事に書いたように、私はこの件について距離を置こうと思っていたのだけれど、このごろ、すごく気になることがある。それはハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが女優やモデルなどからセクハラ行為で訴えた事件が拡大したことだ。


大物女優も声を上げたし、他の監督や有名俳優への告発も芋づる式にどんどん出てきた。

フランスでもこの話題は広がって、それに触発されて、SNSで、私も犠牲者だ、という告発合戦が始まった。


イザベル・アジャーニは、フランスでの女優へのセクハラには別の偽善的な恋愛ゲーム文化がある、と分析している。

"En France, il y a les trois G: galanterie,grivoiserie, goujaterie"

"glisser del'une à l'autre en prétextant le jeu de la séduction" fait partie des"armes de l'arsenal de défense des prédateurs et des harceleurs".

"Laissons savoir à ces messieurs que les actrices,tout comme les ouvrières, les agricultrices, ou les ingénieures, lescommerciales, les institutrices, les mamans ou les putains sont toutes libresde baiser, libres d'avorter. Et libres de parler!".

暇がないので訳さないけれど、女優だけでなく、すべての女性の尊厳と自由に関わることだと述べている。セクハラが「力関係」だけではなくギャラントリーを透過して担保されるような文化背景がフランスにはあるというのだ。

ともかく、セクハラだけでなく、汚職、忖度、身内びいき、体罰などの「事件」が「発覚」する度に、

こういうのは氷山の一角であって、

昔からあった、

どこにでもある、

程度の差こそあれだれでもやっている、

文化、習慣、伝統の一種で、暗黙の合意がある、

というような言説が必ず出てくる。

そのような体質の社会で、ホテルの従業員などではなくて、すでに名を成した大女優だの、詩織さんのように若くて美しくて知的な女性だのが堂々と告発し始めるというのは、勇気もあり、説得力もあるやり方だ。

で、私が不思議だと思ったのは、ワインスタイン事件が日本でも話題になっている割には、例えば日本の大女優がプロデューサーらを告発し始めたという話を耳にしないからだ。

女優でなくとも、若い女性から仕事の紹介やいろいろな根回し、融通を頼まれた「影響力のある男」が、その「役得」として女性を誘ってみたり、セクハラをしたりというのは、決して例外的なことではないと思う。

アメリカに駐在中のTVのプロデューサーだとか政治の中枢に人脈を持っているというような人のところに、何か便宜を図ってもらえないかとコンタクトしたり相談したりする人は多いだろう。

それが若い女性であった場合にセクハラに向かうタイプの人であれば、「そういうことはよくある」のではないだろうか。詩織さんのケースが唯一の例外だとは信じがたい。

だから、ワインスタイン事件でこれまで黙っていた女性たちが「実は私も」と連帯し始めたのを見て、これで、「実は私もその人物からこういうセクハラを受けました」という声を上げて詩織さんを援護する女性が複数出てくるのではないかなあ、そしたら、状況は劇的に変化するだろうなあ、と私は思っていたのだ。


どうもそんな気配はない。


で、「もし、私だったら ?」と想像してみた。

うーん、日本で日本人の男性からセクハラを受けたことがあるとしたら、やはり「いまさら言いたくない」と思う。

で、フランスでフランス人男性からセクハラを受けたことがあるとしたら、「この際だから私も告発に参加しよう」と思うだろう。

この差はなんだろう。

おそるべし、日本文化の壁。


もし両親が生きていたら、お願いだからそんなことしないで、と絶対に言われる。

フランス人なら、少なくとも私の生きているカテゴリーの家族や友達なら、一緒に戦ってくれる気が満々だと思う。

昔、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」などと言う言葉があったけれど、「セクハラ」、「いじめ」、「体罰」、「身内びいき」を告発する赤信号をみんなで渡ろうということにはならないのだろうか。

この赤信号、道路交通法自体を見直す必要まで考えさせられる。


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# by mariastella | 2017-11-24 00:05 | 雑感

CD とDVD の申し込み先です。

お知らせ

最近、私の『バロック音楽はなぜ癒すのか』を図書館でお読みになって、CDを注文してくださった方がいるのですが、その方のメールに返信したのに「アドレス不明」で入りませんでした。このCDはもともと本とおそろいで制作したものですが、CDブックにすると流通が変わるというのでばらばらに販売したものです。

今は録音のシステム技術も数段進歩して、ある意味でまったくバロック的ではない部分が目立つので、その後は、バロック・ダンサーのためにだけ少しずつ録音しました。今まで購入してくださった方に感謝します。


現在、まだ入手可能なCDや今回発売した音楽紙芝居『レミとミーファの冒険』のDVDは東京四谷のドン・ボスコ社のショップで取り扱っていただいています。


ドン・ボスコ社のサイトからお問い合わせくだされば、ネットからでも購入できると思います。

よろしくお願いします。

お子様やお孫さんへのプレゼントにぜひ音楽童話をどうぞ。

フランス・バロックを耳にする日本人の子供がいることを想像すると幸せです。


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# by mariastella | 2017-11-23 11:57 | お知らせ

マクダ・ゲッベルスの話

公営放送で、ナチスの宣伝相として悪名を馳せたヨーゼフ・ゲッベルスの妻マクダの生涯を語るドキュメンタリーを視聴した。


ナチスの「悪の権化」みたいな人たちは、ハンナ・アーレントが『悪の陳腐さについて』で凡庸な小役人風情のアイヒマンを描写して以来、ヒトラー以外はみな、「すべての人が抱えていて時と場合によって発露する悪」の中に相対化というか回収されていった印象が私にはあった。

そのヒトラーでさえエヴァ(エ-ファ)・ブラウンとのかかわりをたどったドキュメンタリーを見ていると、「人間」の部分が見えて先入観が揺らいだことがある


で、結婚していないエヴァを絶対にファースト・レディにできないヒトラーが、ベルリンオペラやバイロイトなどに一緒に出席してファースト・レディとして扱ったのが金髪碧眼のアーリア的美女のマクダだった。マクダはヒトラーに夢中だったが、自分は結婚しないので自分のそばにいたいなら右腕であるゲッべルスと結婚しろ、と言ったそうだ。

ヒトラーも立ち会った結婚式はなぜか夫妻とも黒づくめの衣装だった。


もっともマクダは、ヒトラーの演説を聴く前にゲッベルスの演説を聴いてナチスに入党する決心をしたくらいだから、ゲッベルスにも心酔はしていた。

よく揶揄されるけれど、ヒトラーの掲げるアーリア人、ゲルマン人のイメージとは両者ともずれていて、ヒトラーは黒髪に近かったし、ゲッベルスは小柄で、ポリオの後遺症で足の長さが違い、補助具をつけた右足を内側に曲げて足を引きずっていた。なで肩で貧相だ。

彼らに比べるとマクダは、アーリア美女の典型だったし、ゲッベルスとの間に9年で6人も生んだ子供たちもみな金髪碧眼風の「ナチス・ドイツの子供たち」のイメージにぴったりだった。実際、この子供たちの週間ニュースが映画館で流されるなど、マクダと子供たちはナチス・ドイツの理想の家庭のプロパガンダとして使われた。(子供たちは、ベルリン爆撃の時には無理やりベルリンにとどめおかれて、ヒトラーとエヴァの自殺の後で、後を追って死ぬゲッベルスとマクダから毒殺された。)


子供たちが整列したり駆け回ったりする映像は、『サウンド・オブ・ミュージック』の7人の子供たちにそっくりだ。実際、地下壕の中でヒトラーを慰めるために歌を歌わされていたそうだ。


このマクダは、ゲッベルスの前に、ギュンター・クヴァントという大富豪の貴族と結婚していた。20歳で生んだハラルトという息子はのちにゲッベルスの養子になった。

この富豪はBMWなども所有しているマルチ企業のトップだったそうで、この人との離婚騒動でマクダは莫大な財産と年金を獲得する。もともと美術史家か弁護士になりたかったというマクダは、その資金でいわばベルリンの社交界の花形、サロンの女主人のようになって、いろいろな浮名を流していた。

しかし、29歳という、当時としては女性としては下り坂に向かって人生の意味を失いかけていたころに、ある貴族のナチ党員に声をかけられてゲッベルスのミーティングに出かける。右手を上げさせて聴衆を巻き込むカルト的な熱狂に感嘆してナチスのイデオロギーにのめりこむことになるのだ。

ゲッベルスも博士号を持つ知識人だった。マクダとゲッベルスは哲学やイデオロギーについて何時間も議論したという。


マクダは決して、単純で世間を知らない女性などではなかった。


幼い時に父と分かれ、ベルギーの寄宿舎に入れられたことでフランス語やオランダ語も話すマルチリンガルだったし、母の再婚相手で養父となったユダヤ人のリヒャルト・フリートレンダーともうまくいっていたし、実父が大学入学の学費を出し、18歳でユダヤ人のハイム・アルロゾルフと大恋愛をしてシオニズム運動に加わり、ダビデの星をアクセサリーにしていたという過去まである。(のちに、フリートレンダーも、イスラエルに渡ったアルロゾロフも殺されているのは偶然ではないだろう)


マクダは自分の自由と放縦が、貴族の大富豪である前夫の金で成り立っているのを知っていた。だから、初めは、「国家社会主義」と「社会主義」を掲げるナチスとの接触が外からの目にも微妙だった。

頭がよくて野心があって自立心がある若い女性が、ユダヤ人に共感してシオニズムの応援をしたり、ナチスの掲げる「社会主義」の理想に洗脳されたりというのは理解できるけれど、自分のブルジョワとしての立場とそれをどう両立していくかは別の問題だった。財産を守り年金を失わないために絶対に「共産主義」にはいかない、というのが境界線だったのだ。

結果として、社交界の花形だったマクダを取り込むことが保守本流の警戒を解き、ブルジョワ保守派も含めてドイツ全体が国家社会主義という名の独裁政権を許してしまう一助ともなった。


ところが、ゲッベルスと結婚してからは、ファースト・レディとしてヒトラーのそばにくっついていられる時期はそう長くなく、「女性は家庭に入って子供に食事をさせる」という戦時ナチスの「理想」の看板にさせられてしまうわけで、それは自由と自立と野心のあるマクダの望んでいたことではなかった。

で、ゲッベルスの方はどんどん権力を持ち、女優と浮気をし、マクダは離婚を望むが、ヒットラーにとめられてヒットラーがその女優を追放して危機をおさめるなどの綱渡りが続いていたのだ。

結婚はしない、自分はすべてのドイツの子供たち(ユダヤ人や障碍者はドイツの子供とはみなされない)と称するヒトラーにとって、別荘にやってくる金髪碧眼のマクダの子供たちをかわいがる「慈父」のプロパガンダ映像は価値のあるものだった。

いつもながら、どこにスポットライトをあてるかで歴史の見方や共感の仕方はころころ変化する。このような稀有な運命の末に子供たちを殺害して自分も死の道しかないと悟った女性の悲劇と、ユダヤ人というだけである日突然逮捕されて貨物列車で収容所に連行されて子供たちもろともガス室で殺される女性の悲劇を比べること自体には意味がない。

でも、私たちは、この悲劇の両方から学ぶもの、学べるものがある。

特に、女性たちは、金、神、知識体系、イデオロギーのどの位相にも内在する性差別も同時に被ってきた。


アンネ・フランク、エティ・ヒレスム、エデット・シュタインら貴重な記録を残してくれたユダヤ人女性の証言は何度も反芻する価値がある。同時に、権力者の伴侶として「悪」に加担してきた女性たちが犠牲に供されてきた歴史の検証も絶対に侮れない。

私はこれまで、その中で独自の場所を占める「女神」「聖母」「聖女」「女性教祖」らの生き方と生かされ方と語られ方に特に興味を持ってきたが、もっともっと複眼的な視点を盛り込んでいきたい、とマクダ・ゲッベルスを見て考えた。

歴史に翻弄されて命を絶たれた人たちの死を無駄にしてはいけない。

何に対して「ノー」と言い続けるべきなのかを学びたい。


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# by mariastella | 2017-11-23 00:05 | 雑感

主の祈りと「服従」

キリスト教で一番大切な祈りとされているものにイエス・キリストが伝えた「主の祈り」というものがある(マタイによる福音書6-13など)。

その、今の日本の共同訳聖書で


「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。」


という部分は、2000年の、日本のカトリックと聖公会の共通口語訳による「主の祈り」では


「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」


となっているようだ。


確かに「誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」と言うと、なんとなく「悪い友達」に引きこまれないように、サタンだとか蛇に出会いませんように」というイメージもあるが、「主の祈り」の「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」ならもっと、自分の内面の誘惑や悪を連想するかもしれない。

毎日曜のミサで唱えるものだから、こっちの方がより効果があるのかも。

プロテスタントでは「我らをこころみにあわせず」だったり、正教会では「我等を誘いに導かず」というものなどと、ネットには出てきた。


参考に全文は

「天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖〔せい〕とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を
今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。


で、非キリスト教者にも懐かしい文語訳では


「天にましますわれらの父よ、
願わくは御名の尊まれんことを、
御国の来たらんことを、
御旨〔みむね〕の天に行わるる如く
地にも行われんことを。
われらの日用の糧を
今日〔こんにち〕われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、
われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え。」


ヘブライ語の修辞法では最も大事なものが中心にあって、前と後ろに挟まれることになっているという考え方からは、最初の「御名、御国、御旨」というのは「王としての属性」、最後の「罪、赦し、悪」というのが「神としての属性」、一番大切なのが真ん中の、「今日の糧をください」という「父と子の関係」だという説がある。父としての神が一番重要なのだ、という解釈になるほどと思ったことを覚えている。

で、その「神としての神」の部分に、「悪へのいざない」というか、「試み」が出てくるわけだ。


1988年版の英語訳では

Save us from the time of trial


らしくて、「遭わせないでください」というのは試み、誘惑そのものというよりそのtimeということで、よりタイミングのイメージがある。「遭う」という漢字がその意味なのか。

And lead us not into temptation, というのもあった。


そもそも誘惑があり得る環境に人を置いたのは神で、その誘惑に負ける自由意志を与えたのも神だし、いろいろな試練を与えて「試みる」のも神だ。神の子イエス・キリストですら様々な誘惑や試練を与えられた。

だから、「そんなことをしないで下さいよ、おとうさん」と、私たちが言いたくなるのも当然だ。

で、なぜこんなことを書いているかと言うと、123日、つまりクリスマス前の降誕節最初の日曜日のミサから、フランスのカトリック教会で、「主の祈り」のこの部分のフランス語だけがいっせいに変更されることになったからだ。

すでに21世紀の初めから、フランス語圏の司教会議で、典礼に使う聖書の訳の新訳について協議がなされていて、201311月にこの部分の変更が合意されていた。20173月に正式に承認された。

1966年以来これまで、ルター派の改革教会でも正教会でも使われていたフランス語訳は

« ne noussoumets pas à la tentation » だ。

このsoumettreは屈服させる、服従させる、ゆだねる、供するという意味で、いわば、「私たち」を「モノ」のように、有無を言わさず誘惑に遭わせるニュアンスがある。

「お父さん、そんなことしないで」と頼んでいる。

今回の変更(これも2016年にフランスのプロテスタント連盟でも推薦されている)は、

«ne nous laissepas entrer en tentation »


というものだ。

「私たちが誘惑の中へと引きずられていかないようにしてください」のようなニュアンスだといえるだろうか。


つまり、「私たちが誘惑に弱くそちらに惹かれていく存在であるのはしようがないけれど、何とかそれを引き留めてください」という感じもある。

これでは、まるで「誘惑とはアクシデント」みたいだけれど、実際は、どんな誘惑も試練も、創造の全責任者である神からくるのだから、アクシデントとは言えない。「新訳」の方が、「悪」が別にあるかのような二元論の印象を与えるのではないか。

なぜこれをわざわざ取り上げたのかというと、日曜日に必ず唱えられる「主の祈り」のこの部分だけが変更されたのは実は「イスラム対策」なのだ、という人がいるからだ。


「イスラム」というのはその語源に、「服従」がある。

手っ取り早く日本語のwikipediaをコピーすると、


>>この語は、「自身の重要な所有物を他者の手に引き渡す」という意味を持つaslama(アスラマ)という動詞名詞形であり、神への絶対服従を表す。ムハンマド以前のジャーヒリーヤ時代には宗教的な意味合いのない人と人との取引関係を示す言葉として用いられていた。ムハンマドはこのイスラームという語を、唯一神であるアッラーフに対して己の全てを引き渡して絶対的に帰依し服従するという姿勢に当てはめて用い、そのように己の全てを神に委ねた状態にある人をムスリムと呼んだ。このような神とムスリムとの関係はしばしば主人と奴隷の関係として表現される。<<


別にイスラム教でなくとも、カトリックの中ですら、イエスどころか「マリアの奴隷」を自称するような一派もいたくらいだから、「自主的な服従」というのは人間の社会関係における「選択」のひとつではあるのだろう。

でも、現在、カトリックの力が弱まり、イスラム人口が増え、過激派の言葉が広く響き渡るようなフランスでは、宗教における「神の名のもとの全体主義」への警戒が高まっている。その中で、イスラムの語源として真っ先に「soumission」という訳が出てくるし、イスラム原理主義の中での「従属させられる女性 femme soumise」に対して異議が唱えられている。

そういう含意を持ってしまったsoumission とかsoumettreの動詞活用だから、神と「私たちの関係を表現するものとして「主の祈り」で毎回繰り返すのはよくない、という思惑から、表現が変更されたというのだ。


12/3はぜひルヴェリエール師のミサにでも出て彼がこの変化を何と説明するのか聞いてみたい。この前に彼に会った時の記事で、キリスト教における人と神との関係では絶対的服従でなく「合意した、決意した、引き受けた」と言うのが強調されていたことを書いたが、それもひょっとして今の情勢の中の流れなのだろうか、と今にして思った。


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# by mariastella | 2017-11-22 00:05 | 宗教

フランス映画とタバコ

つい最近、フランスの厚生大臣が、映画の中でタバコを吸うシーンを禁止する条例を出したいと言って話題になっている。


確かに、ひと昔前の広告や映画では、皆がタバコを吸っていたし、それが「大人のシンボル」だとか「自由のシンボル」とか、女性なら「解放された女性、自立した女性(要するに男性と同じことをする女性?)のシンボル」とか解釈される傾向はあっただろう。(前に書いたこんな記事でも昔の映画のタバコに触れた)


日本と違って未成年の喫煙禁止条例のないフランスでは、昔は小学生にでも「日曜日に一本だけ」と、特別の嗜好品みたいに与える家庭もあったようだ。


今はすごく減って、少なくとも私が自宅のパーティに招かれるようなブルジョワ・インテリ系の家庭では、もう誰も吸っていない。吸う人がたまにいても、庭に出ている。

食後酒の時間に葉巻を勧める人はたまにいる。


私が最後にホームパーティでの紫煙モウモウの現場にいたのは、2001年のサウジアラビアでのフランス人同士の社交の場だった。まあ、特殊な環境だからかもしれない。


で、先日観たドヌーヴの主演映画では、彼女も娘もひっきりなしにタバコを吸っている。これはかっこいいというより、要するに、強度のストレスに耐えかねての一時の逃避、という文脈だ。娘の方はタバコどころか麻薬中毒でもあるのだけれど。

確かにこの映画では、近頃珍しい、ヒロインの女性二人がタバコを吸うシーンの多さが記憶に残った。


で、今回の、フランス映画にタバコのシーンを映さない、という条例案が現実のものとなったなら、もちろんこの映画の中のヒロインたちのストレスの表現の半分が成り立たなくなる。


この件に関して今朝のラジオで哲学者が、「教育に悪い表現は検閲して削除すべきだ」というのはプラトンの時代からあった、と言っていた。『共和国』の中でソクラテスが、ホメロスの『オデュッセイア』の中にある、例えば、神の悲しみを描いた場所や神の怒りを描いた場所は、不適切だから削除せよ、と言うのだ。しかしそうした教育的でない不適切なシーンを削除していったら、本質的なものがほとんど何も残らない。第一、タバコのシーンが教育的でなく健康被害を招くと言うなら、暴力シーンだって、同性愛のシーンだって、差別のシーンだって「不適切」だということになる。映画からタバコのシーンを排除せよなどという政治による介入は「シャトー・ラフィット(最高級ワイン)にコーラを混ぜろと言うのに等しい」というのが。哲学者の結論だった。

私はなぜかキリスト教の聖書のことを連想した。


「不都合で教育的なことを削除せよ」という意見がキリスト教誕生よりも何世紀も前からギリシャで主張されていた意見のひとつであるというのに、同じヘレニズム世界に広まったキリスト教の中で、暴力やらインセストやら同性愛やら復讐やら裏切りやらのシーン満載の旧約聖書や、ナザレのイエスの苦悩や断罪や、弟子の裏切りやらを延々と描き、使徒たちによる女性差別的な表現も満載の新約聖書がそのまま伝わってきたことの驚きだ。


それらを根拠にしていわれなき抑圧のシステムができたことももちろんあったと思う。

けれども、あれほど執拗に「異端」をあぶりだし、異端審問にかけ、中央集権的全体主義的独裁体制さえあちらこちらで展開してきたキリスト教が、なぜか、あれほど矛盾に満ちて雑多で、不整合で、不都合で不適切であやしげなテキストがたくさんある聖書自体にはほとんど手を加えぬまま、「神の言葉」「預言者の言葉」「聖霊の言葉」として温存してきた。

もちろん、その「不適切」さを回避するために、昔のカトリック教会のように信者が直接聖書を読むことを妨げたり、ある種のプロテスタント神学者のようにテキストを近代のコンテキストで解釈しなおして読み替えたり、あるいは「新しい啓示」を受けた、「新しい聖典」を見つけた、とまで言って整合性を掲げるキリスト教系新宗教が生まれたりした。


今は、非キリスト教文化圏の普通の人でも簡単に聖書の「不都合な部分」にいくらでもネットでアクセスできる時代になった。矛盾を突いたり批判することは難しくない。


にもかかわらず、キリスト教、福音書の精神が今でも健在でそれにインスパイアされて生きている人がたくさんいるという事実があるのだ。これはもう、「神の奇跡」でなければ、「自分の占める時空を超えた何者かを求め共有したいという人間性の奇跡」のような気がする。


また、旧約時代、新約時代のあらゆる不都合さ、不適切さ、試練、迷い、などを潜り抜けて現れてくる本質、信仰の真実があったんだろうなあ、とも感嘆する。

映画の暴力シーンや喫煙シーンから目を背けて済むような問題ではないのだろうなあ。


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# by mariastella | 2017-11-21 00:05 | フランス

ジャン=リュック・イエネールの『地獄』Jean-luc Jeener

ジャン=リュック・イエネールの『地獄』

完全にマイ劇場と化したThéâtre du Nord Ouestのこれも完全にマイ戯曲家(今回は出演もしている)と化したジャン=リュック・イエネールが「宗教とライシテ(政教分離)」のシリーズで問う新作『地獄』を観に行った。


重病のもたらす痛みに耐えられずに自殺願望を口にする重篤の夫を前にして悲嘆にくれる女性のところに、夫の友人である一人の司祭と一人の女性歴史学者が呼ばれる。同時に夫から呼ばれていたのは黒い長い司祭服を着てやってきた保守的な教区の司祭だった。彼は死にゆく男の最後の告解を聞いて赦しを与えてから終油の秘跡を与えて魂を天国に送るというのだ。

男は幼児洗礼は受けているが、教会から離れた無神論者だったはずだった。

妻も友人たちも驚く。

男は人格者であり、友人である司祭にとっては、無神論者であろうとなかろうと、男はその愛のわざによって救われている。告解をきいてやるなど考えたこともなかったし、男がそれを望んでいるのも知らなかった。

男の妻は、男が自殺するのをとめたい。


告解して秘跡を受けたその後で自殺しても天国に行けるのですか?

と司祭にたずねると、それはダメ、地獄に堕ちる、と保守派の司祭は断言する。


それを聞いている進歩主義の司祭は苦笑い。

彼にとっては、神はイエス・キリストを送って人の心につながることでアダム以来の罪を救ったのであって、何をどうしたらどこに行くとか行かないとかの理論はもはや本質的ではないからだ。

けれども、死の瀬戸際にある人間にとって、は元気な頃の思想信条がどうあれ、救われるのか救われないのか、などという言葉のディティールが思いがけない重みを持ってくる。


宗教史の女性学者マリーは、アリウス派についての研究書を出していて、保守派の司祭もそれを読んでいた。

何が異端で何が正統になってきたのかという歴史を研究していたら、その産物のひとつである一教派の教えを絶対化する教条主義など無知蒙昧の証しであると見えてくる。

「あなたのように、カトリック教会が人を脅かすための古臭いメソードである地獄をいまだに振り回している人を見たら、カトリックを捨てた自分の判断が正しかったとあらためて思うわ」、とマリーは保守派司祭をあざ笑う。

 

果たして、死の床にある男が3人にあてた手紙が開かれ、その中には、若い頃に誤って犯した殺人についての告白が記されていた。

死が近づくにあたって、その罪の重さは彼を苛み、社会的には時効が成立しているが、司祭による神の「赦し」を必要とする心境になったということであるらしい。

衝撃が走る。


自分たちの第一の務めは「魂を救う」ことだ、と「やる気満々」の保守派司祭。


死の前の弱い状態だからと言って、友人がそんな蒙昧の世界に舞い戻ることは許せない、正気ではない、と思う歴史学者。


そして、今そこにいる「友人を愛し、寄り添う気持ち」の方が、所詮神の業でしかない「魂の救い」に優先するという実感の中にいる進歩派の司祭。

その彼も、友人が、「魂の救い」について司祭である自分に頼ってくれなかったこと、別の司祭を呼んだことに対しては苦い思いを禁じ得ない。

そういうそれぞれの思惑が、ただただ絶望し嘆きわめく、男の妻のつくり出す絶望と怒りの空気の中で微妙にからみあってくる。


「死ぬ時まで神を信じ続けられるのか」「死ぬ時にこそ神を信じられるのか」、などのいろいろな人間的な疑問が2人の司祭と反カトリックの学者との間で互いにエスカレートしたり壁に突き当たったりする。

うーん。すごくフランス的だ。

結局、一見かなり「普通のフランス人家庭」であったこの「夫婦」であろうと、司祭になった男たちであろうと、どういう立場であれ、もとは「普通に幼児洗礼を受けた人たち」であるわけだ。それが、長じて無神論的イデオロギーに出会ったり、あるいは普通の意味で、子供が親の影響から逃れ出て自立する過程の一部として、「カトリック的なもの」と決別したりする。

その中で敢えて、「イエス・キリスト」と出会った者、「呼ばれた」者は、司祭の道を選ぶが、その間には「信仰の夜」を経験するなどいろいろな試練がある。それらを経て、なお司祭としてとどまった者は、「信仰」を内的なものとして人々との愛の中に生きようとするか、人々との「魂の救い」のためにがんばるか、という道に分かれる。

日本なら、神社でお宮参りをしたとか七五三を祝ったとかいう「家庭の行事」について大人になってからその宗教的意味を自問する人などまずないだろう。クリスマス・ツリーのそばにあるサンタクロースからのプレゼントをもらった思い出について宗教的なアイデンティティに悩む人もいないに違いない。

キリスト教の歴史についていろいろな角度から調べているという点では、この芝居の中に出てくるマリーと私は似たような立場だ。異端の歴史を始めとして歴史的展開を見ていると、いわゆる教義のようなものがどんどん相対化されていくのもよく分かる。

でも私の場合は、それによってキリスト教の呪縛から解放されていくというのはない。最初から縛りがないからだ。

神が存在するとかしないとかを考えることなしに初詣で手を合わせて賽銭を投げることに抵抗がない多くの日本人と同じく、現実のキリスト教の組織が官僚化していようが偶像崇拝があろうが、それに対する拒否感から神を信じられなくなる、というような深刻な悩みなしにキリスト教シンパとして研究もすることができる。

神との関係も多分、良好。神が困っていたらなんとか助けてあげたい。

たとえ神と出会えなくとも、神を探している人たちと出会うのは大好きだ。

日本でなら、こんなふうに言ったところで、「無神論者」から馬鹿にされたり攻撃されたりすることもない。

でも、フランスで、こういうテーマを正面から取り上げるのは、21世紀の今でもやはり勇気がいるだろう。無神論者を攻撃するイスラム過激派との確執が深くなっている今ではさらに微妙なテーマだ。

芝居が終わってからイエネールと話した。

今回はThéâtre du Nord Ouestの小さいほうのホールが使われた。

観客は15人か20人くらいだった。席が全部埋まっても30人くらいしか入らない。

この芝居については、今回こちらのホールを使いたかった、ここでは、観客の重力が伝わる、感じられるとイエネールはいう。500席の劇場では絶対にない感覚だという。

観客としての私は逆だ。前の席に座っていると、登場人物と1メートルしか離れていなかったりするので、そんな登場人物たちが同じ場面にいる私たちに気づいていないかのようにお話が展開するのを見ていると、まるで自分が透明人間になったような気がするのだ。

私は芝居の登場人物らを見ているのに、彼らは、私を見ていない。私は見えていない、という感覚だ。でも、役者たちは、私たちの重力をずっしり感じているというのが意外だった。いや、透明人間だからこそ、重力だけがひしひしと伝わるのかもしれない。


そこに、保守司祭の役を演じたジャン・トムが加わって、イエネールは自分とは正反対の進歩派の司祭を演じて大変だったよね、みたいなことを言った。イエネールは、いや、愛し合うという福音が一番重要だというのはぼくの意見でもある、と答えた。

イエネールはがちがちの保守派と見られているとでもいうのだろうか?

カトリック作家であると自動的にそう思われるのだろうか。

私は彼の著作をキリスト教についてのものも含めてかなり読んでいるので、彼のリベラルなアーティストの感性と、信仰の真摯さというもののバランスをかなり良く理解できる気がしている。神学者でもあり、「受肉の演劇」「キリスト教戯曲」の意味を追求し続けるイエネールの文字通りすぐ近くでたまに時間を過ごせることは本当に贅沢だと感謝する。もっと続きますように。


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# by mariastella | 2017-11-20 00:05 | 演劇

『Tout nous sépare (すべてが私たちを分かつ)』カトリーヌ・ドヌーヴとラッパー

最近見たフランス映画2本を紹介。

まず、ラップ界の大スターでアイドルであるという27歳のネクフーと、大御所カトリーヌ・ドヌーヴが、すべての差を乗り越えて心を通わせる話だという『Tout nous sépare (すべてが私たちを分かつ)』というスリラー。



ドヌーヴは未亡人で夫の後を継ぎぐ港湾の工場の経営者、その娘のダイアン・クルーガー(41歳)は、事故のせいでケロイドや障害が残り母の家に住みながらドラッグ中毒になり売人ルドルフと付き合っているが彼に暴力を振るわれた時にパニックで彼を殴って殺してしまう。

ルドルフはベン(ネクフー)ともう一人の三人組で麻薬のディーラーやら、夜中に犬を盗み出して闘犬の試合に出すなどの軽犯罪を繰り返しているが、元締めにあたるギャングから大金を払うよう脅されていた。

この3人組の描き方が、短いのにその関係性がよく分かってうまい。

よくできている。

ベンは犬が戦いに負けて噛まれて死んだことに涙するセンシブルな男だ。


ベンを演じるのが27歳のネクフー。ギリシァ人の父とスコットランド人の母の間にフランスで生まれたという国際派だ。ダイアン・クルーガーもドイツ出身の国際派。

で、クルーガー演ずる娘が愛人を殺してしまったことを聞いて俄然母性本能に突き動かされて隠蔽を試みるドヌーヴ。

真相を知って恐喝にやってくるベン。

ドヌーヴがベンに金を少しずつ渡す間に奇妙な心の通い合いが生まれる。


ギャングに襲われるベンを匿って猟銃を構えるドヌーヴ。

すでにベンも、彼女のアドレナリンで肥大した母性本能に守られる存在となっている。

ベンは、それに、どうやって答えるのだろうか…。


という話で、一応スリラー映画とあるが、世代を超えた人間模様という映画かと思って観に行ったら、先日の『アウトレイジ』でも見ないですんだような暴力シーンが満載で、まいった。闘犬のシーンも目を覆ってしまう。


それにしてもドヌーヴ、若い時もポランスキーの『反撥』なんていうのに出た時点からただものではないという感じだったけれど、それでも70代になっても次々と難しい役に挑戦するのには脱帽する。

実はこの人とは昔プライヴェートでやや不快なことがあって、個人的にはあまり好きではなかったのだけれど、そして、今となっては昔の氷の美貌の面影がなく体型もぶ厚く重くなった姿に、なんとなく哀れもそそられていたのだけれど、この映画の彼女、なんだかめちゃくちゃで現実感がないけれどすごくかっこいい。


彼女より若い登場人物たちが軒並みに、卑怯、悪徳、堕落、強がり、鬱、自暴自棄、などの弱さの中であがいているのに、彼女だけが、強い。

恐ろしさのあまりに吐いたりしているのだけれど、もちろん暴力も振るわないのだけれど、とにかく、強くて、カタルシスを覚える。

これを母性本能で説明してしまうのは安易なシナリオだと思うが、ドヌーヴがそれを演じるからこそ爽快感が出ている。

テーマとしては、「それがどうした」みたいでインパクトのない映画だったのだけれど、今更ドヌーヴのファンになってしまいそうな不思議な一作だった。


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# by mariastella | 2017-11-19 00:05 | 映画

連続テロから2年、今のパリのテロの危険性は?

最近、パリの連続テロから丸2年ということで、13日のニュースでは犠牲者の話を聞いて感極まるという表情のマクロン大統領の顔が何度もクローズアップされていた。


そういえば去年の1周年にはこんなにメディアに取り上げられなかったなあ、というのは、去年の夏のニースのテロの方がまだ生々しくて、日付も革命記念日の7/14だったから、まだ11月の段階では、14日が事件後4ヶ月という取り上げられ方をしていたので、13日の「記念日」の影が薄かったのかもしれない。


2年前のテロは、まだシリアのIS軍が司令塔になっていて、難民としてヨーロッパに入ったジハディストなども動員した「組織テロ」だったけれど、去年のニースのテロはそれ以来デフォルトのようになった「ISに触発されて勝手に過激化した一匹狼」のカテゴリーだった。


この方が、事前に見つけ出すのが難しい。


今年は、ちょうどイラクとシリアのテリトリーからISが駆逐されたタイミングなので、一見、「テロに勝利した」のように見えるが、実は、政府軍がラッカを奪還する時に、ジハディストたち数千人が堂々と車列を組んで出ていく映像が最近映されて衝撃を生んでいる。


テロとの戦いを「戦争」と呼んでいたのだから、普通の戦争ならばこの段階で相手の「戦士」はまとめて捕虜になるはずなのに、見逃しているわけだ。


ISは一般人を盾にして道連れにしようとしていて、ラッカではすでに一般人への被害が大きかったから、政府軍は、ISと取引をしたということらしい。石油の引き渡しなども関係しているだろう。結果として、一般人を残して出て行ってくれれば見逃すということになった。だから少なくともIS軍一部はトルコに入るだろうし、そこからヨーロッパの「出身国」に戻る者も少なくない、と言われている。

いや、ラッカなどが「陥落」する前から、ISで培ったノウハウや武器をもとにして「聖戦」の拠点をシリアから欧米の不信心国での個別テロに移すとして「戻ってきた」あるいは「難民として流入した」ジハディストとその家族をどうするか、というのはもうかなり前から大問題になっている。子供も8歳未満は危険がないが、それ以上は洗脳を解くプログラムが必要だ、など。


先日Arteのドキュメンタリーで、シリア系アメリカ人やら、シリアとドイツを行き来しているシリア人(ドイツ生まれのドイツ国籍だが反アサド政権に共鳴してシリアに行き反政府軍として戦っていた。その後ISの流入後にドイツに戻った人)らが、難民収容所にいる「危険人物」の一人ひとりに密着してその危険度を測っている様子を流していた。

難民と認定されてドイツに受け入れられたのは、ISの兵士ではなく、もとの「反政府軍」の兵士だった若者だ。彼はアサドの兵士として徴兵された時、同国人を殺戮する命令を拒否して拷問され、逃げ出してアサド政権に反旗を翻した人だった。最初はこの反政府軍が、非人道的なアサド政権を非難する「国際社会」の支持を得ていた。


そこにIS軍がやってきた。彼らもアサドを倒すという。反政府軍の多くがISに入らないままで彼らと共闘することになった。でも第一の理由は、ISに金があったからだ。もともと苦しい戦いを強いられている反政府軍の兵士は、安定してISからもらえる「給料」になびいた。イスラム原理主義への洗脳も同時に行われただろう。

ドイツで難民の危険度を測るシリア人も、もと反政府軍にかかわっていた人で、反政府軍の全リストを持っている。その中で、ISに追われてすぐ亡命したのではなくISと共闘してからドイツに難民として入った者を徹底してチェックしているわけだ。


同じシリア人として何度も話し合い、本音を引き出し、ドイツで個別テロをするリスクが高いかどうか、の判断を下す。

一人一人に長期間の観察でこれだけの時間をかけなければならない。

気の遠くなるような作業だ。


でも、いやしくも一人の人間が他の人間を「聖なる確信をもって殺す」ような精神状態に一度でも追い込まれたのだとしたら、その一人の人格の底に分け入っていくのは並大抵の仕事ではないのだろう。

同じいろいろな体験をしてきたシリア人同士だからこそそこに踏み込めるし、理解もできるのだ、とこの番組を見ていて思った。


同時に、例えばフランスだけでも何百人も「戻ってきている」テロリスト予備軍にどう対処するかというのは、諜報の精度、収容場所の不足、専門家の調達、予算、時間などさまざまな問題が山積みで、結局は、これから一匹狼的なテロがまた起こる可能性はこれまでよりはるかに大きいと言われている。


まずい時にまずい場所に居合わせたら、これからもだれでもテロの犠牲になり得るということらしい。


それでもたくましく生きているフランス人がほとんどなので救われる。

ミサイルからの避難訓練などをさせられるよりよっぽどましだ。


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# by mariastella | 2017-11-18 01:59 | フランス

機械仕掛けに魅せられる

デジタル雑誌を見ていたら、高級腕時計のムーブメントのスケルトンの写真があった。美しさに息を飲む。私はすべての楽器のフォルムもメカも好き。機能が洗練されているものの美は説得力がある。
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カラトラバ十字架が見えます。

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マルタ十字架が見えます。

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氷の教会の薔薇窓みたい。

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これはバッハの管弦楽みたいにびっしり。

私は前にオートマタのコレクションを少しばかりしていた。
『夢見るオートマタ』(岩波書店)は、コレクターの友人のために書いたものだ。この本はヴェルサイユのバロック音楽研究所に寄贈されている。

その友人の伝手で、18世紀フランスの有名なタバティエールという、小鳥が鳴くオートマタをスイスのロイゲ社が復刻したものの、ディスプレイ用のメカが見える特別仕様のものを手に入れた。
それがこれ。
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コンピューターの中身とかは全くブラックボックスで分からない私だけれど、機械仕掛けの魅力は別枠だ。ピアノの中身を見るのも大好き。


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# by mariastella | 2017-11-17 00:05 | 雑感

ベビーブーマー

前の記事で団塊の世代のことを1946から49年生まれと書いたら、サイトのForumで47年からですよとJeanさんから訂正していただいた。
確かに、Jeanさんと同じくその周辺世代の私としては47年から49年という認識があった。ではどうして、46年と書いてしまったのかというと、ただの打ち間違いや思い違いではなく、フランスの私の周りにいるシニアたちのことが頭にあったからだと思う。

フランスでは46年からベビーブームという印象だったからだ。
なるほど、日本では45年8月に終戦、兵士たちが引き揚げてきたのが46年、で、ベビーブームは47年から。一方、フランスのレベルでは45年5月で、「自由フランスが」一応「戦勝国」の側に回ったので、シベリア抑留などの悲劇はなく、すぐにお祭りムード(ドイツ軍には早く譲歩したので、戦禍は特にアメリカ軍によるものの方が大きかったこともあり、占領されて焼け跡から立ち上がるというのでなく、解放のムードが演出されたのだろう)になった。で、ベビーブームは46年というイメージだったのだ。彼らが自分で「ベビーブーマーだから」というのも何度もきいていたので。

今回Jeanさんから指摘していただいたのをきっかけに、フランス語のネットで検索してみると、なんと、フランスの「ベビーブーム」はいろいろな数え方があるけれど、1942年から1965年、というのが標準らしい。

日本人の私としては驚きだ。
確かに、1940年夏には一応ドイツとは「停戦」していてヴィシー政権や占領地域ができていたのだから、「戦闘がなくなった」ということでベビーブームにつながったのだろうか。ゆっくり調べていないから分からない。

同時に、これもまだ確認していないけれど、日本語の団塊の世代というネーミングとベビーブームというネーミングは重なるものではなくて、ベビーブームの中でも突出して多い3年間に生まれた人を団塊の世代というのだろう。

でもこれも、混同して使われていることが多いので、
「団塊、バブル、ロスジェネ、ゆとり、さとり」
などと括られると、私のような団塊ではなくバブルでもない、という意識のある世代は違和感を感じるのかもしれない。
いや、私の世代でもバブルを謳歌した人はたくさんいるのかもしれないけれど、私はその前に日本を離れていたので、実感はない。80年代から日本人がパリでブランド物を大量に買うのは見てきたけれど。

あらためて「36歳以下の世代」のサイト記事を読むと、そのくくりはアメリカの「ミレニアム世代」でもあるそうだ。

これを書いている時点で、日本語と英語の検索はしていないけれど、調べると、フランスの社会学者はフランスの戦後生まれの世代を4つに分けている。

  • 1946 から1964生まれがベビーブーマー。
  • 1965 から 1979がX世代。
  • 1980 から 2000がY世代。
  • 2000年以降がZ世代、だそうだ。

  • 1962年にアルジェリア戦争が終わってからは徴兵された兵が単独で関わるような形の戦争がないから、後は、デジタル分野の情報技術革命とも関連している。

  • 世代論というのは、社会学的な物差しではあっても、かなりの歴史を経過してみないとその本質は見えてこないから、まあ、どれもみな、「仮置き」のコンセプトなんだろう。

  • 40年以上もフランスにいて、ミクロな実感としては、いつもながら、

  • 「国や世代の差よりも個人差の方が大きい」

  • というのに落ち着くのだけれど、ベビーブーマーとも、XYZいずれの世代とも家族や友人、生徒たちを通して親密な接触がある私にとっては、たまに社会学的な眼鏡をかけて観察するのは興味深いかもしれない。





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    # by mariastella | 2017-11-16 17:20 | 雑感

    36歳以下の世代と私に共通点がある?

    あるネットサイトで、36歳以下の若い世代と旧世代との断絶についての記事を偶然目にした。

    その中で、こういう言い回しがなんとなく気になった。

    >>>「団塊」「バブル」などと呼ばれた上の世代は、戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた世代です。

    当時は、"美女とワイン"といった贅沢することを糧に、出された指示をいかに早く・正確に遂行するかを考えて、前に置かれた階段をただひたすら登ればいいだけでした。

    しかし、乾けない世代は、”意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思うようになっているんです。

    ポジティブ心理学者のマーティン・セリグマンが提唱する「幸せの5種類」に当てはめると、上の世代が「達成」や「快楽」を追い求めて働いていたのに対して、下の世代にとっては「意味合い」「没頭」「良好な人間関係」がモチベーションの源。まったく価値観が違うのです。<<<

    というものだ。

    こう説明しているのは尾原和啓という方で、1970年生まれ。

    なるほど、1970年生まれの人にとっては団塊やバブルの世代って、


    「戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた」


    って見えるのか、と思った。


    厳密にいう団塊の世代は19461947年から49年生まれだと、少し後の私の世代は学校での生徒数がこれを境に激減しているのを知っているので、団塊の次がバブルだと括られること自体も不自然に思える。

    でも、それよりも、「戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた」というのは、私にとっては、敗戦を経験した「親の世代」というイメージだ。

    私は焼け跡、闇市などを見たことがない。団塊の世代である私の兄が3歳くらいの時に見た闇市の光景を覚えていると言って私の母は驚いていたけれど、兄より3つ下の私には、そんな記憶はない。

    私の生まれたのは神戸市内で、母は神戸の大空襲で逃げ回ったのだから、焼け跡はたくさんあったはずだけれど、母の実家の大きな家は焼け残って、焼け出された人や多くの引揚者を受け入れていたという(祖父は貿易商で、関東大震災でやられた横浜港から神戸港へと移ってきて神戸に住んでいたのだ)。私は祖父母の家のこともよく覚えているが、周りはどこもこぎれいな町だった。

     で、この発言の中で私がもっと驚いたのは、価値観がまったく違って断絶しているという36歳以下の人の考えであるらしい「意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思う」という生き方のことだ。

    それは、私が昔から実践していたものとほとんど変わらない。


    もともと、努力とか競争とか達成などというのは体質的に合わない。

    でも、日本にいた頃もそれで別に生きづらくはなかった。

    多分日本にいた頃の私が、「子供」、「女の子」、「若い女性」という属性を持っていたからだろう。努力とか競争とか達成などを他から求められることも一切なかった。

    現実と遊離したお稽古事大好き少女でも、退屈な学校をさぼって一人で映画に行っても、だれからも咎められなかった。いじめられることもなかった。

    競争が嫌い、戦いが嫌い、というのは世代差ではなくて個人差だと思うが、そんな存在が周囲からどう見られるかというのには「性差」や「時代」があるのだろう。


    それでも、こういう世代差論がいろいろ出てきてカテゴリー分けされたりすること自体がとても日本的だ。

    これがフランスなら、そういう差の他に、国籍の違い、親の出身国の違い、それも旧共産圏か、旧植民地圏か、EU加盟国かどうかの違い、宗教の違い、階級の違い、情報格差などが複雑に絡まり合っているから、単純なレッテル貼りはあり得ない。

    もしあるとしたらそれは差別の道具(フランスのムスリム、だとか、移民の子弟だとか、難民とか)として機能するものなのですぐ批判にさらされる。多くの人が「そうだよねー」という感じにはならない。


    まあ、私の場合は、正確にいうと、「"意味があると自分が思えること" を、"仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思う」というわけではない。


    「意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が〈好き〉だけれど、それだけではいけないと自戒して、良好感を分かち合うことが大事だと思う」


    といった感じだろうか。


    だから、36歳以下の世代の内向きな生き方というのがもし本当ならば、この「分かち合う」ことの大切さをぜひ伝えたい。

    すでに「仲のいい人たち」との分かち合いはたやすいけれど、

    「戦わずして仲のいい人たち」の輪をひろげていくことそのものがチャレンジだ。


    すべての人が「戦わずして仲のいい人たち」になり得る世界は可能だろうか。


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    # by mariastella | 2017-11-16 03:44 | 雑感

    アニッシュ・カプーアの崩壊概論

    前に『コンテンポラリー・アートのナルシシズム』という本について少し書いた。


    この本についての掘り下げた論考をまだ書いていないのに(いや、少し書いたはずなのだけれど、今ブログに見当たらないので、アップしていなかったのだろうか。)

    コンテンポラリー・アートが、普通だれにでも美しい、調和的だと思うものに背を向けて、グロテスク、廃棄物、臓器、排泄物、死体、などなどを素材にしていくことの意味についてだ。その展示に場所を提供するホワイト・キューブとは何か。

    今回の日本で、いつもどおり、うちのすぐそばにあるMoMAストアに寄ってみた時、その隣で「アニッシュ・カプーアの崩壊概論 コンセプト・オブ・ハピネス」という展覧会をやっていたので入ってみた。解説にある、「文明と野蛮の対立を両義的に浮かび上がらせる」とか、その二つを対立構造としてとらえず多様なテクネー(技術)と知性を用いて作品化する英国アーティストの新境地を世界初展示、というキャッチ・コピーに惹かれたのだ。

    で、入ってみたら、ショック。

    こういうのとか、

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    こういうの。

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    素材は、ガーゼ、ファイバーグラス、シリコンなど。


    うーん、MoMAと言えばホワイト・キューブの走りだから、そのストアのそばにこういう空間があってもなるほど、と思うべきなのか。

    でも、「野蛮と文明」の対立だとか幸福の概念だとかを「技術と知性で作品化」してここに至るためには、別の大きな力が働いている。コンテンポラリー・アートのベースにある、環境汚染の深刻さや自滅、自壊に向かう文明の暴走などだ。

    それを支える奇妙なナルシシズム。

    このような現代アートは、「写真を撮られる」ために挑発的にそこにあるような気がする。

    で、撮影フリーで、私も写真を撮ったわけだけれど、お食事中の方にはとても見せられない。

    けれども、衝撃と、訴求力はまた別物だ。

    衝撃が去ったところに残るのは「居心地の悪さ」と、それを否認する嘘っぽさだった。


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    # by mariastella | 2017-11-15 00:44 | アート

    セバスティアン・クルツの「小国」

    オーストリアの新首相となるセバスティアン・クルツ。

    31歳。

    マクロンも39歳で若さに驚いたけれどいわゆる童顔ではない。

    でも、このクルツって、童顔っぽい。
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    (これは11/10付のル・モンド紙のロイターの写真を拡大して撮ったものです)

    それでも髪型が絶対にゲルマン風。フランスならあり得ない感じ。

    中道右派で難民受け入れに厳しく、極右FPOeとの連立政権になる予定。

    FPOeって、すでに1983-86年に左派と、2000-2006年に右派と連立与党になっている。EU離脱派でネオナチとも近く、イスラエルからボイコットされている。

    でも、このル・モンドの記事によるとクルツは親EUだと言明している。
    この50年で3度目の政権与党になるそうで、自分は若いけれど、古参のブレーンがついているから大丈夫、新鮮な風をオーストリアにもたらす自信があるという。
    FPOeは連立の中で少数派だから制御可能だとしているようだ。

    オーストリアはEUの中で、人口比でいうと最も外国人の割合が大きいのだそうだ。その上2015年以来15万人の難民申請者が押し寄せているから、その対策をするのは当然だと言う。
    オーストリアは、ここ5年、いわゆるベーシックインカムの制度を実施している。すべての居住者は、働かなくとも毎月900ユーロ(12万円くらい)近くを支給される。それはEUの中の東欧など他の国の国民平均所得の2倍に近く、そのせいで、「社会政策ツーリスト」が絶えない。クルツはそれを廃止するつもりだ。

    そんなことはすっかり忘れていた。
    一番驚いたのは、マクロンの政策について聞かれたクルツが、

    マクロンの提唱するEUの構想に賛成すること、フランスよりもずっと小さい国の代表者として自分に彼を助けることができるなら、するつもりだ、

    と答えていることだ。

    大国のイメージは面積から言ってもアメリカ、ロシア、中国、インドなどで、ヨーロッパ大陸には多くの国がひしめき合っているイメージだから、その中でオーストリアが「うちはフランスよりもずっと小さい」などという認識を持っていて口に出すのが意外だった。

    日本だって、うちは中国よりずっと小さい、とか、アメリカよりずっと小さい、などと、わざわざ政治家が口にするのを耳にしたことがない。

    それに、私のようにヨーロッパ史にしょっちゅう首を突っ込んでいる者にとっては、オーストリアと言えば、オーストリア=ハンガリー帝国だとか、神聖ローマ帝国などのイメージ、ハプスブルク家の歴史があるので、むしろ、ルイ一四世やナポレオンをも悩まし、姻戚関係を結んできた「列強」のイメージがある。

    確かにナチス・ドイツに併合され、戦後は、確かに「小国」(面積は8万3千平方キロ。ちなみにフランスは55万、日本は37万8千、アメリカは983万だ)には違いないが、その「永世中立国」のイメージやウィーンの華やかさなどで存在感は大きい、と思っていた。

    前にプーチンが「うちはお金がないのだからアメリカと比べることもできない」などとオリバー・ストーンに話していたことを思い出した。

    政治のパワーゲームってなんだかイメージ産業みたいなところがあるので、どんな風にも見せることができるのだなあとあらためて思う。

    オーストリアが「小国」になってからのここ30年ほどしか生きていないクルツのプラグマティズム、リアルポリティクスとはどういうものなのだろうと興味が出てきたのでウォッチングを続けよう。


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    # by mariastella | 2017-11-14 01:22 | 雑感

    フランス・バロック弾きが現代曲と出会ったこと

    ニテティスのブログに、山陽小野田での写真を少し入れました。田村洋さんが魚眼レンズで撮ってくださったものです。


    来年はフランスで田村さん、師井さんといっしょにコラボできるようにまた企画するつもりです。
    思えば、私たちが現代曲を世界初演で演奏するなんて不思議なご縁でした。

    田村さんのオリエンタルダンスのイメージは暗闇から戦士が現れるようなものもあり、バリ島のダンスやら日本の暗黒舞踏などと通ずるものがあるようです。

    瞑想的な植物的なイメージで弾いていた私たちは、田村さんの意図をうかがって焦りましたが、踊る体をリズムが大切であること、は、バロック舞曲と同じなので、少しは田村さんの表現に近づいたかと思います。

    三年前は子供のためのコンサートだけしか聴いてもらえませんでしたが、今回のラモーをすばらしいと言っていただいて安心しました。

    帰仏早々またフランス・バロックにどっぷり浸かっているいる私たちですが、現代曲との出合いの経験は貴重なものだったとあらためて感謝です。




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    # by mariastella | 2017-11-13 01:11 | 音楽

    トランプ大統領の訪日と沖縄

    今回の日本滞在は、はじめは台風の中の総選挙、終わりはイバンカ来日とトランプ来日のニュースと、政治的な話題にことかかなかった。


    メンバーと滞在先に近い明治神宮に行くと、お守りやおみくじといっしょに教育勅語が売られていたので驚いた。前からあったのかどうか知らないが、こんなに目立って気づいたのははじめてだ。

    いつからだろう。


    こんなに「明治」回帰の大日本帝国の誇りを取り戻そうという感じの流れと、横田基地から入って出ていったというトランプ大統領に追随して武器をどんどん買いますよ、という属国ぶりとがどう両立するのか分からない。


    トランプ大統領は中国ではもっと大々的にトップセールスを繰り広げていた。

    私はフランス大統領が中近東やインドに行くたびに、やはり、起業家を引き連れて軍需産業のセールスをセットにしているのもすごく抵抗がある。武器輸出におけるアメリカ一強をけん制するために敢えてフランスから武器を買う国もある。

    今回そういう関係をベースにして、イランとの危機を高めるサウジアラビアのリーダーに対話を訴えに行ったことはフランスならではだと思うので、安易に日本と比べることはできないのだけれど。


    日本の一連の情勢の中で、沖縄の米軍ヘリの墜落から始まって、辺野古基地確約まで、衝撃を受けたのは、日本って差別主義が根付いている国なのだということだ。

    日本で生まれて育って、いつも「なんとなくマジョリティ」の側にいた時は実感がなかったけれど、嫌韓、嫌中の言説を目にすることが多くなり、沖縄差別も結局それと同じレベルだと分かってきた。


    いつも読んでいるこのブログ、沖縄戦終結後や太平洋戦争終結後に日本軍が久米島住民を虐殺した話を読んで、差別の根の深さにショックを受けた。


    銃を持って向かい合う、殺すか殺されるか、というような状況と、相手を人間とは思わずに弱者を一方的に殺すというのは違う。戦争という極限状況が人間性を失わせる、というのとは別の次元の何かがある。


    沖縄の基地問題は確実にそれと地続きのところにある。


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    # by mariastella | 2017-11-12 00:23 | 雑感

    タンブラン、デュフリーのシャコンヌと私の幸運

    フランスに帰り、新学期が始まって、時差にもめげず月曜にクラシックバレエのレッスンに行ったら、教師が病気で中止だった。そういえば彼女は前から足の不調を訴えていた。木曜日にはバロック・バレエにも行ったが、クリスティーヌもあちこち痛みを抱えている。
    満身創痍だ。
    ダンサーというのは職業病みたいに故障が絶えない。

    フィギュアスケートの羽生選手が転倒してグランプリをあきらめ、五輪出場も心配されているというニュースをネットで見た。あのスピードと高さから転倒するのが固い氷の上、技術の難易度がどんどん上がって事故のリスクは大きい。世界最高のレベルの人でも悲惨なことになる。体操競技の転倒ならマットの上だし、他の競技なら、うまくいかなくても記録が落ちるとかですむし、格闘技ですら、スケートほどには事故のリスクが大きくない気がする。
    それにしても、平均的な人よりもはるかに体力、精神力、運動能力に優れているダンサーやスポーツ選手たちが普通の人以上に痛みやら怪我に苦しむことの不条理をいつも感じる。

    クリスティーヌはガボットやリゴドンについての研究をさらに進めて新しい成果を教えてくれた。結局、最も手掛かりの少ないのがタンブランで、踊れるタンブランはラモーしかない、というので、私はミオンのタンブランのことを話した。ミオンのタンブランを弾いているのは世界で私たちだけだから知らないのも無理はない。2010年にはバロックダンサーとも共演した。
    今回の公演ではダルダニュスのタンブランを二つ、ミオンのタンブランを一つ弾いた。バロックダンスの音楽として非常に興味深いものだ。

    新学期のバレエはキャラクター・バレエの一種で「農民の踊り」。ガボットの一種で、パ・ド・ブレがなくて、ほとんどジャンプばかりで構成されている。疲れる。

    金曜日は、弦楽のアンサンブルで、モーツアルト、バッハの他にシューマンを初見で弾いた。
    日本でのコンサートの準備でヴィオラをほとんど触っていなかったから新鮮だ。
    ロマン派の曲を弾くのも聴くのも新鮮な感じがする。

    ヴィオラのアンサンブルから戻ってすぐにトリオの練習。
    今回はDVDの宣伝もあって『レミとミーファの冒険』風に弾く第二部やファミリーコンサートもしたので、「レミとミーファはもういい」という感じで、デュフリーのシャコンヌやロワイエのパサカリア、ラモーのリトゥルネルなどを久しぶりに弾く。
    デュフリーのシャコンヌはまるで私たちのトリオのために存在しているかのような曲だ。チェンバロで弾くとモノクロで、ギターだと極彩色だ。
    ロワイエのパサカリアのミスティックな雰囲気にもあらためてぞくぞくする。
    前に弾いていた時よりも余裕と距離感ができて、シャコンヌの情景が変わる度に弾きながら驚いたり楽しんだりできる。ロワイエに至っては、一音ずつ情景が変わる。

    トリオの二人は私への花束を抱えてきた。
    ラモーの新曲も待っている。

    私は本当に幸運だと思う。
    30年前にルイ・ロートレックと知り合い、最初に意気投合して、1年後には彼とアンサンブルを作り、最初のコンサートで、ロートレックの生徒で16歳になる直前だったHと同じパートを弾いた。そのまた1年後、このアンサンブルでスペインに公演旅行に行き、その時にやはり過去にロートレックの生徒だった28歳のギタリストMと知り合った。アンサンブルはいろいろな編成(最大12人だった)で、いろいろな場所で弾き、それはそれで楽しかった。
    私とHとMとロートレックの4人では、パリのインターコンチネンタルホテルで阪神大震災の被災児童を招いたコンサートで弾いた。
    パリ大学の音楽学の学生になったHがオペラ座図書館から発掘してくるミオンの曲を弾くようになったのはその少し前の1994年頃からだった。でもその頃はまだバッハやボッケリーニなども弾いていた。

    私が「大人のグループ」から完全に離れて、はるかに刺激的な若い2人とのトリオを選んでから20年以上になるが、音楽的には毎回が新しい発見と新しい歓びの連続だ。人間的には嵐のような日々を経験した。どんな修羅場の後でも、花束と新譜で再出発してきた。
    若い二人は私生活も嵐に次ぐ嵐のようなものだったけれど、私だけは私生活が安定していて引っ越しもしないので港のような存在になれたのもラッキーだった。

    彼らより10歳も20歳も年長の私としては、彼らの都合でトリオが消滅するのならしょうがないけれど、私の体力や技術のせいでトリオを解消するのは嫌だった。
    一番残念なのは、私たちのトリオの演奏をバックに私が踊れないことだ。弾くことと踊ることは同時にできない。でも、バロックバレエも20年以上続けていることで、結果として体力も維持できているのかもしれない。
    バレエと音楽がなければ、引きこもりの座業である私はもうぼろぼろになっていたかもしれない。
    もちろん演奏と加齢のせいで爪が割れたり腱鞘炎になったりというアクシデントとは隣りあわせだけれど、いわゆる怪我をする心配はないし、クラシックバレーもトウシューズをはかないことにし、転倒を防ぐため回転の連続はセーブすると決めている。

    それにしても、演奏家とは、過去のどんな天才作曲家とも付き合えるのだから、最高にしあわせなアーティストだ。

    こんな幸運がいつまで続くのかは分からないけれど、日本から戻ったトリオがすぐに別の曲を弾きながらわくわくキラキラする時間を共有した後で、感謝の気持ちでいっぱいになっている。日常のあれやこれやの不安ややっかいごとなどきれいさっぱりと別世界の出来事になる。

    この幸運を何かに還元できますように。





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    # by mariastella | 2017-11-11 08:02 | 雑感

    機内で見た映画 その4  『ボン・ボヤージュ~家族旅行は大暴走~』ニコラ・ブナム

    『ボン・ボヤージュ~家族旅行は大暴走~』ニコラ・ブナム

    JAL便なのでフランス映画は一本しかなかった。


    好みではなかったけれどジョゼ・ガルシアやアンドレ・デュソリエという芸達者が出ていることだしと思って観た。


    原題が「A fond」と言って、アクセルをいっぱいに踏んでとまらない、というのを表したタイトルだけど、それをボン・ボヤージュ、って変な表記のフランス語(英語読みなのかもしれない)。

    これはどう考えてもボン・ヴォワイヤージュだと思うけれど、例の「既視感」のデジャ・ヴュを日本語表記デジャブとするのも定着しているようだし耳にもするのでこんなもんだろうか。もっとも、たとえ「デジャブ」の代わりに「デジャ・ヴュ」と言っても、ジャの発音も、ヴュの発音もフランス語と違うので通じるかどうかわからないけど。

    で、整形美容医療で金持ちになった夫と、三人目の子を妊娠中で精神科の勤務医の妻が、2人の子供と夫の父親との5人で、スピード制御機能などの充実した新車でバカンスに出かける。途中のサービスエリアで、夫の父親がヌーディストクラブに向かう若い娘をそっと便乗させてやり、次に車のブレーキが利かなくなって時速160キロで拘束道路を暴走、どうサバイバルを果たすか、というドタバタコメディだ。

    ばかばかしいのだけれど、シチュエーションがあまりにも極限的なので、あり得ないとはわかっていても、フランスの高速道路という身近な場所が舞台なのでつい恐ろしい事故の可能性が頭にちらついて、結局目が離せなくなってしまった。


    そういうぎりぎりの状況で、険悪だった家族が互いの愛を確認するというシーンも、ハリウッド映画ならそれなりの感動があるように作られるのかもしれないが、この映画では全体があまりにも不条理でナンセンスなのでジョークのようにひびく。夫婦のどちらもが浮気をしていて、独身の父親もあいかわらずガールフレンドを求めては分かれを繰り返すなどの状況がフランス的と言えば言える。


    交通警察のカップルを含めたアクロバティックな特殊撮影?がよくできているので、中途半端にリアルなせいで全部を笑い飛ばせずにハラハラさせられてしまうという匙加減が、うまいといえばうまい。


    映画はちょっと休んで、来週からはまた芝居を観に出かけることにしよう。


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    # by mariastella | 2017-11-10 00:10 | 映画

    機内で見た映画 その3 『僕のワンダフルライフ』『ヘッドハンター・コーリング』

    アメリカ映画2本

    『僕のワンダフルライフ』(ラッセ・ハルストレム)

    は、犬と飼い主の絆ストーリー。

    1950年代からのアメリカの情景が変化してくるのを見るのも楽しく、飼い主との間の愛情やかけがえのない感じもぐっとくる。過去に飼っていた犬との思い出も重なる。

    少年イーサンが青年になり、父親が失業してアル中になり、青年は恋もして、アメリカンフットボールの選手として大学入学が内定し、恋人と同じ都会に出ていくことが決まっている矢先に、家が放火されて窓から飛び降りて足をやられ夢は潰える。母の実家の農場を継ぐために農業を学びに旅立ち、老いた愛犬ベイリーはイーサンの祖父母の家で死を迎える。

    その後でシェパードとして生まれ変わって飼い主となる警官の孤独を癒し、警察犬として活躍して殉死、次にコーギー犬として黒人の女子学生のペットとなり幸せな生活をまっとうする。さらににミックス犬として虐待されるが逃げだして年老いたイーサンと再会。自分がベイリーの生まれ変わりだと気づいてもらおうと努力して…


    泣かせるエピソードが満載で、でも、犬に託して、


    生きることとは愛すること、

    愛する人のために尽くすこと、


    など、わかりやすいモラルのメッセージ性がかえってむなしい気もする。

    こういう公正でまっとうなモラルをハリウッド映画などが繰り返し称揚しているのに、どうしてアメリカの人種差別はなくならず、銃社会が続くのだろう、などとつい思いいたってしまうからだ。

    市井のアメリカ人と犬との交流を見ると心を通わせることができるのに、どうして、力の誇示しかしないようなトランプ大統領のような男がトップに立っているのだろう。

    『ヘッドハンター・コーリング』(マーク・ウィリアムス)

    も、わかりやすい家族愛もの。


    ジェラルド・バトラーという主演俳優がいい味を出している。

    建築家になるのを夢見る10歳の長男が白血病になり、仕事人間の父親が出世競争から脱落してまでも子供と妻に寄り添う。

    シーク教徒の医師の姿もすごくアメリカ風だ。

    弱いものを救うために最大の力を尽くすのがシーク教の教えだ、というのも、とてもいい。

    けれども、58歳の男の再就職の難しさや、嘘をつくなど汚い手を使ってでも自分の業績を稼ぐという実態や、金がすべての社会を見ていると怖くなる。


    もちろん映画ではそこから主人公が人間性に目覚めることで目先の成功は失うがもっと大切なものを救いそれが結果的には次につながる、というハッピーエンドになる。

    とはいっても、その陰には、消費され、消耗してバーンアウトしていく人たちや崩壊する家庭が累々としているのだと思うと気が重い。


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    # by mariastella | 2017-11-09 05:02 | 映画

    機内で見た映画 その2 『君の膵臓を食べたい』『アウトレイジ 最終章』

    日本映画を2本。

    『君の膵臓を食べたい』はベストセラー小説の映画化だそうだ。

    タイトルが衝撃的で、膵臓の病で死を宣告されている少女とその秘密を偶然知ったことで無理やり「なかよし君」認定されてしまう少年のストーリーで、その少年の12年後に母校の国語教師となった姿も違和感がなくていい。

    二人の高校生の演技がいい。

    自分の世界に閉じこもっている少年と、クラスの人気者の明るい少女。

    この少女の方が実は死を間近にしてある意味で「老成」しているのだけれど、無邪気にふるまって少年を翻弄する。

    高校時代である2005年の時点で学校内で自由に携帯電話が使えているんだなあ、という驚きがあった。

    この少女の、一見無邪気風の深刻さと残酷さ、それを見抜けないまま意のままにあやつられる少年の孤独と困惑とのコントラストが最も印象的だった。

    このタイプの男を、自覚しないままに思うがままに操るタイプの女は確実にいる。

    かってに「なかよし君」認定してしまう力関係、それは、青春時代の男女だけではなく、何歳になっても、ある種の制約の中にある男女の仲に倒錯的に存在する。


    映画の感想よりも、そっちの感慨の方がだんだんと大きくなってしまった。

    『アウトレイジ 最終章』

    悪夢のもとになるバイオレンス映画はこれからの余生でできるだけ避けようという方針からこの映画もスルーしようと思っていたけれど、機内の小画面なのでなんとなく見始めた。

    バイオレンスよりもホラー映画の方が避けるべきで、バイオレンスはそのシチュエーションによるということが分かった。

    この「やくざ映画」には、指詰めや拷問などの残酷なバイオレンスはなく、拳銃乱射などの抽象的なもので、東映やくざ映画のように、打たれてもなかなか死ねないという生々しさがない。

    それに、まさに、ジャッキー・チェンの香港映画と同じく1970 年代によく観た「仁義なき戦い」シリーズだの「県警と組織暴力」などの懐かしい東映映画との同窓会のような気もする。つまり、バイオレンスと言っても、やくざという特殊社会の様式内の表現なので、あまり怖くないのだ。日本人は兵隊とやくざを演じればだれでも名優になる、というのを昔読んだことがあるけれど、上意下達、親兄弟の義理などの日本社会を縛る原風景的拘束感と、大声、凄み、脅し、恫喝、罵詈雑言などが醸し出すカタルシス感がセットになっているので、だれでも隠れた本音みたいなのを感じるのかもしれない。

    花菱会若頭でクーデターを起こしてしまう西田敏行の悪人面がすごい。

    これが『釣りバカ日誌』の浜ちゃんを演じられる俳優とは。

    浜ちゃんがやくざになれるならフーテンの寅さんのやくざ姿だって想像してしまう。

    ビートたけしの演じる大友の舎弟である若者が、他のチンピラとは違う人懐こさ、兄貴分への愛着によって一種のさわやかさを発している。その役を演じる大森南朋は麿赤兒の息子だそうで、それも懐かしい。


    アウトレイジのシリーズを見るのは初めてだけれど、北野武の暴力団映画はフランスで『ソナチネ』を観ている。それでもなお印象が過去の東映映画の枠組みへ収められてしまうというのは、「やくざ映画」の枠組みというのが独特の「文化圏」内にあるからなのだろう。

    ストーリーは変化があって分かり易く、役柄はみなキャラが立っていて、その上韓国の済州島のシーンも興味深かった。

    こういう国際的なフィクサーってホントにいるんだろうなあ。


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    # by mariastella | 2017-11-08 00:33 | 映画

    ルターの反ユダヤ主義

    今年はルターが1517年に『95ヶ条の論題』をヴィッテンベルクの教会に貼りだしてから500年という記念の年で、いろいろな催しや特集があった。他の国のことは詳しくわからないけれど、フランスのカトリックもルター派プロテスタント教会も、成熟した誠実な反応をしている。


    まず、今のカトリックは、『95ヶ条の論題』にすべて賛同しているという。

    第二ヴァティカン公会議から今に至るカトリックの自己改革の流れの源にはルターがいるというわけだ。


    もう一つは、ルターの反ユダヤ主義のことだ。ルターは晩年にユダヤ教についてかなりひどく貶める文書を残した。死の3年前、1543年に出した『ユダヤ人と彼らの嘘』というものだ。

    初期にはそんなことを言っていないでずっと公正だったので、ルターの晩年にどういう心境の変化があったのかはよく分からない。


    ルターの反ユダヤ主義は、反ユダヤ人主義ではない。

    ユダヤ人でなくユダヤ教を批判するものだ。しかも別にルターの独自のものではなく、なぜか中世以来の無知な反ユダヤ主義をなぞるものである。

    問題は、1940年にナチスのゲッペルスが反ユダヤ主義の広報映画を製作した時に、シナリオの中に、このルターの著作からの引用がたくさん使われたことだ。

    その前にドイツのプロテスタント牧師ヒルシュが1932年以来ナチスの国家社会主義に協力して、ルターの最悪の反ユダヤ主義を「活用」している。


    カール・バルトやパウル・ティリッヒらの神学者はこれに対抗し、ディートリヒ・ボンヘッファーなどはヒトラー暗殺計画に加担までして強制収容所で殺された。


    このようないわばルターにまつわる黒歴史の部分もこの500周年にあたってちゃんと取り上げられているところは誠実で好感がもてる。

    それにしても、いくら500年前の人とはいえ、ルターほどの影響力のある人は、晩年の著作をファシズムに政治利用されることもあるのだ。

    思想を発信する人の責任は重大だとあらためて思う。


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    # by mariastella | 2017-11-07 01:44 | 宗教

    お知らせ

    日本でのコンサートを振り返る記事をトリオ・ニテティスのブログに載せています。

    ギャラリーで販売できなかったDVDのお申し込み先も載せています。
    あわせてご覧ください。

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    # by mariastella | 2017-11-06 20:29 | お知らせ

    機内で見た映画 その1 『クンフー・ヨガ』

    今回の日本への往復の機内で見た映画。

    中国・インド映画1

    邦画 2

    アメリカ映画 3

    フランス映画 1 (これ1本しかなかった。)

    日本に行く時は夜間飛行だった。映画をたくさん観て徹夜してしまうこともあるが、今回は演奏旅行なので体力温存が優先、ちゃんと寝ることにして、往きは一本だけしか見なかった。


    なぜか中国インドの共同制作の、その名も『カンフー・ヨガ』。


    60歳を超えてなおアクションをこなすというジャッキー・チェンへのなつかしさに突き動かされた。

    彼の主演のハリウッド映画も少しは見たが、なんといっても、1970年代の日本で見た酔拳などの香港映画の鮮烈な思い出が東京の映画館の空気と共に浸みこんでいる。

    いわば同窓会的な気分。


    60代のジャッキー・チェンって想像できない。

    しかも、考古学者の役。

    無理に若作りしているわけでもなく、一見普通のおじさんに見えないでもないが、なかなかいい感じで、贅沢なロードムービーで楽しめる。

    お宝発見の最後が全員の踊りとなるのはインド映画のお約束だが、そのお約束ぶりにちょっとくらくらする。

    ジャッキー・チェンの踊りの切れ味も悪くない。

    でも、私にはこれまでのジャッキー・チェンの映画との関係の中でしか見られないので、この映画ではじめて彼を見る若い人などにとってどう見えるのだろう、と思ってしまった。


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    # by mariastella | 2017-11-06 00:33 | 映画

    メヌエットをどう弾くか

    フランス風の舞曲からなる「組曲」について、「舞曲」とはいっても実はその形式を借りているだけで各作曲家はそこで自分の語りたいことを奏でているのだから、実際にダンサーと共演するパフォーマンスでならともかく、コンサートピースとしての舞曲は踊ることを前提にして演奏される必要はない、そうするべきだとするのは、原理主義的な意見だ、と最近言われた。


    私も昔からそういうことを耳にしていた。

    バッハの無伴奏チェロ組曲など、ダンス曲の名前がついているけれどダンサーのための曲でなくまったくピュアなコンサートピースだとか、フランス・バロックのオペラ・バレエの曲でも、管弦楽でやる時はバレエ曲として弾くがチェンバロのヴァージョンではバレエのステップを前提とした制約を無視して別の独立したコンサート曲として弾くようにというような話だ。アメリカで数人のチェンバロの師に学んだチェンバロ奏者もそう話していた。(その方は、フランスでレッスンをうけてまさにカルチャー・ショックだと衝撃を受けたという)


    ところが、フランス・バロックと名のつく曲は、どんな曲でも、ダンスと朗誦とを前提としていないと弾けない。それは、べつに、作られた時がそうだったから、それに忠実に弾かなくてはいけないという「原理主義」ではない。それがないと魂が抜け落ちる。


    確かに、1970代にバロック音楽の研究が進んだ時には、まさにバロック・バレエの振り付け譜の解読から実はどのように弾かれていたのかが解明されたという経緯がある。

    ベートーヴェンやモーツァルトは、たとえ伝言ゲームみたいに変化することはあっても、一応、彼らの生前から演奏されてきたのを聴いた人たちが次々と継承していったのだけれど、フランス・バロックのほとんどは、いったん完全に途切れた。

    ドイツ=イタリア系音楽に席巻されたからだ。その理由などは『バロック音楽はなぜ癒すのか』に書いたことがある。


    バレエの振付譜によって、体重の移動やバランスを助けるための附点の強調や装飾音のタイミングが分かってきた。それは画期的な発見だった。


    当時のバロック奏者はほとんど未知の世界への冒険家だった。


    でも、それが、「古楽器を使った古楽演奏」という妙な選民意識の醸成にもつながった。

    21世紀にはそういう「原理主義者」が増えたのは確かだ。


    私たちのトリオは、フランス・バロックの魅力を最もよく表現できるものとしてカスタマイズしたクラシックギターを使っている。古楽原理主義とは程遠い。ラモーに聴かせてあげたいといつも思う。

    で、これも先に述べた本に書いたのだが、18世紀前半から中盤にかけて最高に洗練されたフランス・バロックの舞曲というのは、別にフランスでフランス人が作曲した曲というわけではない。当時、たとえば同じ作曲家がフランス組曲とイタリア組曲と別々に作曲していたように、一つの形式なのだ。それはバロック・バレエのステップを前提とした形式にほかならない。

    バッハは16歳の時、つまり18世紀に入ったか入らないかの頃に、ドイツで舞曲をフランス語で学んでいる。子供たちともいっしょによく踊った。バッハの舞曲はほぼすべて、正統的なフランス・バロック・バレーの文法とステレオタイプを備えている。

    当時の多くの作曲家がそうであったように、バッハは舞曲を作曲する時は確実にフランス・バロックの様式とエスプリで臨んでいるので、「形式だけ借りている」というわけではない。

    踊る体の感覚を喚起するように作られている。

    実際、友人のクリスティーヌ・ベイルが無伴奏チェロ組曲の第五番に振り付けて踊っているのを見ると、それがいかに「踊る」曲だったかということがよく分かる。


    もっとも、数あるこの組曲の録音を聴くと、どのダンスでも、踊ることができるような演奏はほとんどない。みな速すぎる、ビブラートをかけて音を伸ばし過ぎるなど、まったくクラシックでロマンティックで思い入れたっぷりか名人芸の披露かというものだ。

    私が一番共感したのは藤原真理さんの演奏だった。彼女ほどに弾きこめば、舞曲のエッセンスが自然に体得できるのだろう。

    なぜバロック音楽が長い間ロマン派音楽のように弾かれていたのかには、いくつも理由がある。はっきりいって、フランス・バロックのエスプリがフランス革命によっていったん絶滅し、その後ナポレオン戦争によるヨーロッパ各地でナショナリズムが台頭し、ドイツのロマン派音楽がヘゲモニーを確立というのが一番大きい。

    フランスだけは19世紀から20世紀にかけて、ナショナリズムにはいかずにエゾテリックな方向に行った。そしてフランス人は実は傲慢なくせになぜか自虐でいるのがよりエリートっぽいと思うらしく、フランスでも最も愛され、評価されたのが、ドイツ=イタリア系ロマン派音楽だった。「大バッハの発見と再評価」も完全にロマン派の文脈で起こった。

    ショパンのポロネーズでポロネーズは踊れない、とか、モーツァルトの交響曲のメヌエットではメヌエットは踊れない、というのは事実だ。

    それは彼らがすでにクラシックやロマン派のエスプリの作曲家だからで、彼らの時代にはもはやフランスのバロック・バレエはほぼ消滅していた。その後ロマンティック・バレエやロシアのクラシック・バレエへと進化するが音楽と体の関係はラディカルに変化する。

    18世紀末以降のコンサートピースの中の「舞曲」には、最低限の形式以外にダンサーを想定するものは何もない。

    でも、バッハは、ベートーヴェンやモーツァルトよりざっと100年近く前に生まれた人で、フランスのバロック・バレエを熟知していた。バッハの舞曲は踊る体を想定して書かれている。

    日本からの帰りの飛行機の中で、オーディオ・サービスのクラシックの名曲というところに「メヌエット」というのがあった。「憩いのメヌエット」とあり、最初の解説で、「メヌエットはフランスに古くから伝わる優美な踊りです」と言われた。

    実際のメヌエットは「憩い」でもなく「優美」を目指してもいず、空間にどのように動線を描いていくかという「移動」の単純ステップだ。でもステップのリズムが単純ではなく少しずつ体を揺さぶるようにできている。それを誘い出すように作られているし演奏しなければいけない。そうするとほんとうに気持ちがいい。

    で、機内オーディオのメヌエットのセレクションが、ボッケリーニとバッハが二つと、モーツアルトの交響曲。フランスのものが一つもないのも象徴的だが、最後のモーツァルトがばりばりのドイツ・ロマン派風のカラヤンの指揮のものだというのにも驚いた。

    踊れるメヌエットはもちろんひとつもなく、「憩い」となる「優美」なもので、まさに「解説」通りだった。

    私はもう20年以上も音楽とバレエでフランス・バロック世界にいるのでもちろん「古楽器至上主義派」との対立や試行錯誤もあれば、常に新しい研究と発見の連続の中にいて、バロック音楽の世界も変化したなあ、と感慨を覚えるのだけれど、「『憩い』と『優美』なメヌエット」と言われていまだにカラヤンの指揮のものが流されるのが「普通」なのだと思うと、驚く。

    帰りの機内、トリオの仲間は耳栓をして、ノートパソコンでラモーの複数のオペラ・バレエの総譜を延々と見ながら三台のギターによって弾かれる方がより美しいものをさらに20曲くらいピックアップしていた。

    私たちはいつまでこの冒険を続けるのだろう。

    ほんとうは、私たちの演奏を聴く側に回りたい。

    弾きながら三人とも、いつも、そう思っている。


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    # by mariastella | 2017-11-05 04:26 | 音楽

    頭大仏と光の教会

    国立新美術館に安藤忠雄展を見に行った。

    直島ファンである私には直島のマケットや、風景を読むというコンセプト、構成力にあらためて感動した。

    でも、偶然安藤忠雄さんがいらしてのトークイベントが始まる時だったので、直島用インスタレーションの部分がアクセス不可能になった。
    彼の話は、放映されていたコメントとほぼ同じだった。

    北海道の真駒内滝野霊園「頭大仏」という発想が斬新だった。
    野外に大きな大仏坐像があまり人々の崇敬を得ていないのをなんとかならないかと安藤さんに依頼が来た。
    彼は大仏像をいじる代わりに、 周りにラベンダーの丘を築き、外からは頭だけ見えるようにしたのだ。

    中に入る人には、空を背景に、 全身があらわれる。
    遠くから見えるのは、頭だけ。

    「全部を見せない」ことからだけ生まれる力というのがよくわかる。季節の変化もよりラディカルになる。
    雪をかぶった大仏というのも新鮮だ。

    真駒内滝野霊園頭大仏 画像という言葉でリサーチして下さい。

    下は、光の教会のインスタレーション。
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    自然光を応用して十字架をこういう風に扱うのは、実は中世からある仕掛けで、現代のと教会にも斬新なものをたくさん見た。
    それでも、ここに置かれると、「安藤忠雄」になってくるのが不思議でもある。


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    # by mariastella | 2017-11-04 00:05 | アート

    日光その3 奥日光の滝


    まず、華厳の滝へ。

    これを見るのは何十年ぶりかで、下に降りていくエレベーターももちろんはじめて。
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    屏風岩がきれいだ。

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    ガイドして下さった方のイチ押しが湯滝。


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    急流に添って降りていけるのが竜頭の滝。


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    どれも違った持ち味で変化があって楽しい。

    中禅寺湖に戻る時、日本猿の親子も見た。

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    # by mariastella | 2017-11-03 00:09 | 雑感

    日光小旅行

    ハロウインの日、いろは坂を車で登っていくと、標高1300mから1900mまでが今紅葉の真っ盛りということで、最高に楽しめた。
    赤と黄のツートンカラーの楓も美しい。

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    # by mariastella | 2017-11-02 00:06 | 雑感

    日光で三味線を弾く

    原宿に戻ったら、ハロウインの仮装をした若者たちにすれ違い、ニュースでは日本にハロウインはすっかり定着しました、などと言っていたけれど、日光や奥日光にはハロウインのかけらもなかった。

    コンサートがすべて終わって、台風も去って、みんなで鬼怒川温泉へ。

    まず、日光江戸村、ワンダーランドに行った。
    平日なので人が少ない。

    最初に入ったのがもちろん三味線のお稽古体験。

    「さくら、さくら、やよいの空に」

    という部分を、弦の番号と、押さえるフレットの位置を図解したものを見ながら教えてもらう。撥の持ち方と、弾き方も。

    トリオのメンバーの2人もこのメロディーは知っているので、すぐに、

    「見わたすかぎり」

    も続けて弾いてしまったので、「お師匠さん」は目を丸くしていた。

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    # by mariastella | 2017-11-01 01:59 | 音楽

    猿でもわかるパラダイス その15 (終わり)

    15 世界の終わりはいつ来るの ?

    福音書は「その時」を注意して待つように促しています。

    「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(マタイ 25,13)とあります。世界の終わりを告げるキリストの再臨(παρουσία / parousía)は信仰上の確信でしたが、その「時」が分からないので、初期のキリスト者の共同体はそれが間もなく起こることだと考えました。黙示録の描写はそれを詩的に表現したものです。それ以来、多くの説教者が、聖書に根差したさまざまな計算法を駆使してその「時」を予告しようとしてきました。「至福千年派」が予告した1848年のものが有名です。そこからは、セブンスデー・アドベンチスト教会のような有名な新宗派が生まれています。

    Sekkoのコメント 

    うーん、20世紀の終わりに流行った「ノストラダムスの大予言」もそうだけれど、こういう「世界の終わり」系の脅し言説マーケットは苦手だ。『陰謀論に騙されるな』でも書いたけれど、陰謀論と終末論は兄弟みたいなものだ。

    「世界の終わり」も「ある特定の個人の終わり」も似たようなものだ。太陽にも寿命があるから地球にも人類にももちろん終わりがあるし、それよりずっと前に個々の人間は等しく「終わり」を迎える。これを読んでいる人はすべて確実に100年後は生きていないだろう。

    終わりがあるということを意識して「目を覚ましていなさい」というのは分かる。

    「人生は一度しかない、と悟った時から新しい人生が始まる」というやつだ。

    とりあえず、あまり壮大なことは考えられないので、21世紀に生まれた若者たちの世代によりよい環境を残す、というのを意識して余生を過ごしたい。

    自分も含めて、どういう生き方をした人がどういう人生の納め方をするのかにも興味がある。

    ユダヤ=キリスト教においては、旧約聖書の初めあたりでは、ノアの箱舟のノアもそうだけれど、長生きは「報酬」の一種だった。夭逝は懲罰の一種だ。日本の神道のように死は穢れのひとつで、共同体の誰かが死ねば、その日のうちに埋葬し、残った人は服を裂き、断食し、灰を被った。それが『ダニエル書』あたりではじめて「死後の世界」の信仰が登場する。

    『第二マカバイ記』で「死」は神の慈悲の采配の範囲となった。

    「死者のための祈り」が生まれた。


    人と死者と神の関係の進化ってすごく人間的だ。


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    # by mariastella | 2017-10-31 00:05 | 死生観

    猿でも分かるパラダイス その14

    問 14  復活は転生とは両立するの ?

    転生を信じるということは、同じ魂が「再生」のサイクルの中で次々と複数の肉体を生きると信じることです。「復活」はそうではありません。復活の考えでは、私たちは肉体の死と共に地上での生き方とは別の生き方を始めることになり、それは最終的なものです。

    Sekkoのコメント

    以前『ヨーロッパの死者の書』の中で書いたことがあるけれど、夭折した子供の「転生」みたいなものを教会が例外として容認する場合も実際には存在した。

    まあ、神さまは全能なのでその気になればなんだってしてくれる。新しく生まれた子供がその前に亡くした大切な人の「生まれ変わりだ」と思って慰められるという人間の感情が普遍的にあるのだとしたら、そういう必要に対応するのが宗教の知恵だともいえる。


    日本の仏教だって、亡くなった人たちが49日後にどこかに転生してしまったと思うよりも、誰でもちゃんと「成仏」して、または「極楽」に行って、生きている人を見守ってくれる(しかもお盆に戻ってきてくれたり‥)という方向で根付いた。


    「転生」は、どこか遠くに行ってしまったり、ステージの低い動物だの虫だのに「格下げ」になってしまったりと考えるのは嫌だけれど、愛することのできる身近なものに「生まれ変わってくれる」と考えられるときに慰めになる。


    私にも死んでしまった愛猫が存在の形を変えて私と共に生きていると思える気持ちと、49日後に生まれた子猫をさがして生まれ変わりだと思いたい気持ちが両方ある。

    愛の形を継承、再生するという意味では、その二つはひょっとして両立するのではという気も、しないではない。


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    # by mariastella | 2017-10-30 00:05 | 死生観

    三年寝太郎

    c0175451_10192874.jpg
    厚狭駅 (山口県)前の「寝太郎」像の前で田村洋さんと記念写真。1977年の第19回パリ国際ギターコンクールで作曲部門受賞なさってからちょうど40年ということで、田村さんの新曲を発表できて光栄でした。

    私たちと田村さんの出会いからもちょうどまる三年なので、
    寝てたわけではないですが、なにか感慨深いです。


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    # by mariastella | 2017-10-29 00:05 | 雑感



    竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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