L'art de croire             竹下節子ブログ

宗教の世界における本物と贋物

 日本に帰国中、NHKの番組で、世界遺産のスリランカの聖地キャンディの仏歯寺の番組を見た。お釈迦さまの左の糸切り歯が納められた黄金の塔が信仰を集めている。入り口が男女別で、聖域ではまだ外なのに裸足にならなくてはならない。
 この仏歯堂は、直訳すると仏歯宮殿で、400年前にシンハラ王朝が築いた。シンハラ族は人口2千万のスリランカの70%を占める仏教徒だ。独立を目指すタミール人との内戦が20年も続き、10年前にはこの仏歯寺もテロにあい、巡礼者に死者が出た。

 1日3回、太鼓の音とともに、儀式の最後に扉が開き、強化ガラスの向こうに仏歯の入った容器が見える。7重で、ルビーやサファイアを配した豪華なもので、

 この所有者が歴代の正当な王、という王権の保証、
 仏歯によって国はさまざまな災害から守られてきた、という鎮護国家の道具、
 釈迦の生前の8万4千回の説教に直接触れた歯だから、教えがしみこんでいる、という、釈迦の教えへのリスペクトの対象、という仏法のシンボル、

 などの複合的価値を持つ。

 現在は在家総代が管理していて、仏陀が食事、歯磨き、水浴をしているかのように供養されるという。高野山の奥の院の空海の世話みたいなものだ。

 でも、これって、偶像崇拝? 執着を捨てろという釈迦の教えに合っていないのでは・・

 実際そういう議論も古来からあり、しかし、偶像を作らないからこそ、釈迦の遺骨や歯や遺灰(棺の灰も含む)にこだわったという面もある。後に、他の宗教と習合して、仏像も作られ、ものとしての仏像を崇めるのでなく、仏像を通して仏法を拝むのだとか、キリスト教のイコンのような理屈がつくので、即物的な遺骨の必要は、切実ではなくなったのかもしれない。

 しかし、亡くなった人のゆかりのものをいわば拠り代にしてパワーをもらうという類推呪術のような風習はどこにでもあるもので、仏像にも、額の白亳のところに、仏舎利をはめ込んでおく、というような例が多い。

 キリスト教の聖遺物も、それぞれの時代の意匠と造詣の粋を凝らした豪華絢爛な容器がたくさんあるが、メインは、きっちり「見せること」だ。

 キリストは昇天したので骨はないが、各種聖人の骨には事欠かないので、それをしっかり見せる。

 舎利を収めるストゥーパが、塔の形をしたものの発展系が仏教寺院の塔であり、中心線に納めたり、塔基の地下に埋めたりヴァリエーションがあるが、キリスト教会の聖堂も、祭壇の地下に聖遺骨を埋めたのが基本である。

 宗教の場というのは、みな「死」を要においているのかもしれない。

 中世ヨーロッパにも、そういう聖遺物商人がいて、多くの「贋物」が生まれた。
 それは本物らしく見せた贋物だ。

 つまり、本物であることが珍重されたからこそ、贋物マーケットも生まれたわけである。

 「本物か贋物か」という「鑑定」は、いつも重要だった。

 聖性の「シンボル」などではなく、本物性にこだわったのである。
 だから、骨っぽいのを見せる。
 古そうであればありがたそうだ。
 髑髏やなんかをビーズで覆って、見せながら飾ったりする。それが透明容器に入れられる。

 カトリックなんかでは、もうひとつ、「ご聖体」という、無酵母パンに一種の神降ろしの儀式をして、それが主の体になる、という礼拝の対象がある。これは、礼拝しつつ、拝領して食べてしまえるという、見方によればなかなか官能的な対象なのだが、「豪華絢爛な器」というのは、この聖体容器と、聖なる血になるワインを入れる聖杯とに、集中した。

 この二つは、見た目は、ただの丸く薄いせんべいとワインだと分かっているので、別に透明にして中を見せる必要はない。心の目で見るのである。それに毎回消費されて更新されるものだから、容器は容器として、独立した宝となる。権力や富の象徴にもなる。

 つまり、化学式を持った物質としては明らかにパンとワインであるものを「ご聖体」と見立てるのだから、そこには贋物とか本物とかいう議論はない。
 とはいえ、そういう見立て呪術をめぐって、懐疑で悩む人も古来いて、奇跡だのが起こったり、いや、いっそ、あれは単なるシンボルだからと解釈する宗派が分かれたり、いろいろあるわけだ。

 でも、伝統的な教会では、聖餐におけるイエスの「血と肉」の物質としての真偽は問わず、そのかわり、各種聖人の聖遺物、特に聖遺骨は、目いっぱい、物質的に、解剖学的に、こだわりを見せてきた。

 こういうと必ず、ヨーロッパは肉食文化だから動物を解体するメンタリティがあるとかいう日本人が必ず出てくる。

  私も最初はそう思った時期がある。
 
 日本で生まれ育った日本人なので、小さいときから、お寺などで「仏舎利」の展示を目にしてきた。子供だから好奇心や怖いもの見たさがあるから、「仏舎利=お釈迦様の骨」と言われたら、「ええっ」と思って目を凝らす。ま、たいていは、あきらかに貝殻でできたきれいな粒だったりする。だから、仏舎利とは本物でなく見立てなんだなあ、となんとなく了解していた。

 その頭で、ヨーロッパの教会にいくと、各種チャペルの中に、聖何たらの遺骨がしっかり飾ってあり、誇りにまみれた立派な腕の骨に刺繍のされた朽ちたようなリボンが結んであったりするのを見て驚いた。

 日本でも有名なザビエルの右腕みたいに、ミイラみたいなのも、しっかり出回っている。

 比較的最近亡くなった聖人候補でも、遺骨を切り分けたりするのも普通だ。
 
 肉食文化だからというより、埋葬文化だから、という方が当たってるかもしれない。

 火葬は日本に仏教とともに入ったが、日本の聖性の観念とはわりと相性がよかった。この編のところは『聖女の条件』(中央公論新社)に書いたことがあるので。ここでは繰り返さない。

 で、日本の密教系新興宗教が、スリランカから釈迦の真骨を日本に持ってきたということを読んだときに、「おお、本物は真骨というのか」、と感心した。新宗教の権威付け、効験あらたかそうである。
 
 ところが、少し調べると、鎌倉の円覚寺舎利堂には釈迦の奥歯があるというではないか。
 これも、全然公開する意思も要望もないみたいだ。

 真偽はどうでもいいのか。

 舎利信仰は、最初に八つに分けられたがその確実なものは発掘されていない。
 仏陀の舎利は硬くて打っても砕けず、弟子の舎利なら砕ける、と『法苑珠林』にあるそうなので、10大弟子などの遺骨もまあ祀られていたのだろうし、釈迦のそれが、フェティッシュなパワー信仰の対象になっていたのは想像できる。

 それなのに、それなのに・・・

 アショカ王が、最初の8分骨の塔を発掘して、細かく砕いて、仏舎利塔を新たに8万4千も作らせた、という。
釈迦の骨なのにそんなに簡単に砕けちゃったの?とがっかりもするし、そもそも、8万4千って、細かくなりすぎないか。

 三蔵法師は、一寸四方の如来の頂骨(黄白色で髪孔分明)を見たと言ってるし、毎月15日の夜に光を発する仏舎利1升余の話だとか、玄照法師も頂骨を見たし、150粒中国へ請来したとも記録がある。

 このへんは、まだなんとなく、「この目で見た!」的な「本物」志向が感じられるのだが、この後、舎利信仰はリアル路線からどんどん外れる。第二次舎利信仰である。

 高僧の至誠によって、舎利は「感得」されて、出現する。
 霊験譚が広がり、舎利は増えたり減ったりする。

 こうなると、さすがに「真骨」は足りなくなるし、すでに「真偽」なんかどうでもよくなって、中国の僧が、石英、真珠、水晶など持って、「真骨」とされるものの前で供養すると、あら不思議、それらが舎利の代替品になる。

 つまり、神降ろしによって無酵母パンがそのまま主の体になるのと同じシステムができたのである。そうやって今全世界に2トンと言われる仏舎利が拡大再生産された。

 これって、なんとなく、「コピーでもいいんじゃない、それが何か?」っていう中国っぽいメンタリティと関係がありそうに思えるのは私の偏見だろうか。

 キリスト教の殉教者や聖人は今も生まれるので新しい本物の聖遺骨は登場できるが、釈迦の骨は、なんだか水増しされてしまった。

 そうやって中国に大事にされてたのを、たとえば鑑真が754年に日本に三千粒持ってきたり、806年に空海が80粒持ってきたりした。

 その80粒の「根本舎利」というのがあら不思議、12世紀には真言寺院全体で4102粒になっている。大師信仰の拡大とともに日本製のものも加えた信仰マジックであるらしい。

 そして、奈良の室生寺には、その空海が、これは絶対に効く、と言った、8万4千粒の仏舎利があって、それが元寇の危機の際に、北条氏に分けられた。

 4粒。

 8万4千粒もあるのに4粒かい。

 しかし、さすが室生寺の仏舎利、4粒でも神風が吹いて蒙古を防いだね。

 その室生寺と東寺の仏舎利4粒ずつをおさめた弥勒菩薩坐像が2007年に、称名寺で発見された。
 それが今、一般公開されているのが、称名寺境内にある金沢文庫である。

 今回、私が日本に来て訪ねるのを楽しみにしていた『釈迦追慕』展がそれだ。

 石英かなにからしいが、肉眼では芥子粒ほどでよく見えない。

 見てる人たちも、これが、釈迦の遺骨かどうかなんていう発想はゼロである。

 「お釈迦様の舎利なんだから、ありがたいですよ、拝まなきゃ」

 と言ってた人は一人いたが。

 「本物だと思いますか」

 って聞いてみたら、ふっと、笑われた。

 展示を見た後、金沢文庫の図書室で、

 景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊を読んでコピーもとった。

 しかし、うちに帰ってネットで検索すると、名古屋に、覚王山日泰寺というのがあり、. 明治33年にシャム国皇帝から贈られた釈迦の遺骨を奉安するために明治37年に創建されたとあるではないか。

 超党派で管理されていて、有名だそうだ。

 といっても、別にその遺骨を見ることができるわけではなさそうだ。
 ぜひ見たい、とかいう人もいなさそうだ。

 この舎利は、1898年にイギリス人が発掘したもので、今のところ、最初の8塔の可能性が大とされているものである。
 そうなると、私なんかは、じゃ、釈迦のDNAとか取れるんじゃないかとわくわくする。あるいは、少なくとも、カーボン14かなんかでそれが何世紀頃の人骨だとかいう実験調査はしないのかと思ってしまう。だが、なんだか、日本人って淡白なのか、イエスの聖骸布とかをめぐってキリスト教世界が喧々諤々するような騒ぎは全然ないらしい。

 信仰の問題にも科学的決着をつけたい、とか、神の存在証明をしたいとか、原理主義と科学が対立するとか、そういうこと自体が、ギリシャ的主知主義世界で発展したキリスト教の「癖」というか宿命というか、メンタリティなんだろうなあ。アニミズム的呪術世界を切り捨てるようにしてキリスト教が生まれたというのは、こういう時につくづく納得がいく。

 でも、私は、すごく知りたい。

 何千年も前のエジプトのミイラはしっかり時代考証だの医学的考証がされている。

 エジプトの王様たちに比べれば、釈迦もイエスも、けっこう近い時代である。
知りたさ、は、信仰とは別に成立すると思うんだけど、タブーがあるのか。
 あるいは、あやしい霊験譚を駆使して民衆を煙に巻いてきた宗教側体制側に「不都合な事情」があるのか。

 私たちは、充分成熟した相対主義もそろそろ身につけていると思うんだけど。


 (お知らせ)今発売中の『新潮45』に裁判員制度についての記事を書いている。興味ある人はどうぞ。
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by mariastella | 2008-11-19 20:11 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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