L'art de croire             竹下節子ブログ

壊れものである権利

 来年の1月24日と25日にトゥールーズで、宗教者を中心にした大会がある。

 Fragilites interdites? Plaidoyer pour un droit a la fragilite

 というものだ。 フランスでダンボールに 「fragile」と書いてあったら、「割れ物(注意)」という意味だ。人が「壊れものである権利」の擁護がテーマである。

中心となっているのはISTR(諸宗教科学と神学研究所)の創設者Bernard Ugeux神父で、彼は、ここ数年、信仰における弱さの復権、擁護に熱心だ。

 私も昨年、『弱い父ヨセフ』(講談社選書メチエ)の中で、十字軍的、アメリカ的、あるいはイスラム過激派的な「強さ」とは、よく日本で安易に言われるような「一神教的」「狩猟民族的」な文化の強さではなく、ただ、権力拡大欲や開拓移民的メンタリティや部族父権的メンタリティなどの中に現れた一面であって、本来のキリスト教は、強いものは弱いものの中に現れるという逆説に特長を持つことに触れた。

 でも、Ugeux師は、私が言い控えていたことを堂々と言ってくれる。

 彼は、アフリカの悲惨を体験する中で、神の無力さを受け入れざるを得なかった、と言い切る。シスター・エマニュエルが、カルカッタのスラムで、乳児たちが次々と破傷風で死んでいくのを見ながら「神はいなかった」、と言ったのと同じだ。

 苦しむ人は、ほとんどいつも、見捨てられた、不当に罰せられた、と感じ、どうして神は何もしてくれないのか、と呻吟する。人は最も壊れやすい時、最も神を必要とする時、神への信頼を失って神に悪の責任をとらせようとするのだ。

 Ugeux師は言う。

 「神は全能ではない、神が一度も望んだことのない力を勝手に付与したのは人間だ。神は物事をあれこれ操作するのではない、神がするのは自分を捧げることだけだ。

 そして、神が自分を捧げるのを受け取ったりそれに合意したりするのは、人間の側にかかっている。

 悪は解決しない。悪は一つの謎であり続けるし、この世も不条理であり続ける。

 それでも、あなたに自分を捧げてくる神を受けいれてその愛を信頼するかどうかは、人の選択である。」



 で、愛を受け入れるのには、コツがある。

 それは、自分の弱さを受けいれて、差し出すことだ。

 これはすごく難しい。

 多くの文化の中で、すべての教育が、逆のことを称揚するからだ。

 より強くなれ、より大きくなれ、競争に勝て、自立しろ。

 新自由主義の時代には、自己管理に自己責任に成果主義が加わる。

 「全知全能」の神が権力者のモデルであり、権力の担保であったりもする。

 聖性とは完成への道を目指すことだという誤解もある。

 もっとやっかいなものもある。

 それは強さや全能の誘惑が、孤高への誘惑と結びつくことだ。

 Dereliction の誘惑である。

 一匹狼が、ゴルゴ13が、かっこよく見える。
 彼らは、人間の期待する全能の神を投影する姿だからだ。

 苦しみや痛みや絶望も人を分断し孤独の淵に追いやるが、
 強さや勝利の志向も、こうして、人を孤立させる。

 しかも、人は、そのような孤独が精神の「自由」を保証するものだと錯覚を起こす。

 孤高で強い人間の厳しく硬い殻には、「自らを捧げる神」をとらえるレセプターがない。

 猫と触れ合う時、どうする?

 猫好きの夢は、猫が、ごろにゃんと横になり、目をつぶり、喉を鳴らし、腹を見せて愛撫させてくれることである。

 もっとも柔らかいところ、もっとも傷つきやすいところ、もっとも壊れやすいところを、差し出してくれる。そしたら、私たちは、こちらも、一番感じやすい手のひらや指先で、そっと、そっと、羽のように、壊れ物をあつかうように、猫を撫ぜるのである。
 猫の自由も、尊厳も、猫好きの自由も尊厳も、失われはしない。

 ほんとうの自由とは、これに似ている。

 互いの柔らかいところで、もっとも弱いところで、人と人は、(人と猫は、人と神は)真につながるのだ。
 壊れ物である権利とは、自分を無防備に差し出す権利でもある。
 人は弱い時、「自立」を失う。寝たきりになった人は、体を触らせる。
 自分を自分で守れなくなった人は、助けを、世話を、受け入れる。

 人は自分の最も弱く、柔らかいところに、神を住まわせることができるのである。
 
 弱い神に背を向けたら、きっと、猫にも逃げられる。

 Ugeux師のいうキリスト教の神とは、そんな神だ。
 もっとも弱い人、もっとも小さい人に寄り添うことが神と出会うことだと、イエスも言っているのだから、そうなんだろう。

 日本の自殺者数は、毎年、交通事故の死者数よりひと桁多く、殺人事件の被害者数よりふた桁多い。

 強くなれなかった人、大きくなれなかった人、勝てなかった人、有用性を失った人、自己実現できなかった人、自己管理に失敗して自己処理を選択した人、痛い人、苦しい人、絶望した人、が自死を「選択」する。逃避もあれば、それが最後の尊厳だと思う人もいる。

 これは、大変な事態だ。少子化問題どころではないのではないか。
 
 人は、最も弱いところ、最も傷つきやすいところで、やさしく自由に結びつき、支えあえるのだということを、声を大にして呼びかけなくてはならないのは、日本じゃないのか?

 死ぬまで自立してピンピンコロリだとか、アンチエイジングだとか、いじめに負けない強い心とか、ポジティヴシンキングとか、念じれば通じるとか、努力すれば成功するとか、そんな言説の一つ一つが、どこかで誰かを、確実に、少しずつ、絶望の淵へ追いやっている。

 無神論より、怖い。

 



 
 

 

 
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by mariastella | 2008-12-12 09:43 |
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