L'art de croire             竹下節子ブログ

シャルコーとフロイト

 19世紀終わりにヨーロッパ中で超有名だったシャルコーは、精神病理学のその後の発展やら精神分析学の登場によって、長い間かすんでいた。

 といっても、私のように多少なりとも、キリスト教の神秘家の言動を研究してきたものにとっては、シャルコーのヒステリー研究はほとんど出発点でもあり、信仰によってヴェールをかけられた神秘家の姿を、「医学」の名のもとに「たっぷり」見せてもらえる気がして、ずっと参照してきた。
 それは、なんというか、日頃私の標榜するフランス風のエレガンスとは対極にあるExuberanceの極地なんだけど、非常な魅力もあった。

 シャルコーは、医学を意識して見世物、と言って悪ければ演劇化した人物で、サルペトリエールにおける彼の毎火曜日の公開公演といえば、とにかく老若男女のすごい娯楽だったらしい。

 たくさんの写真が残っている。

 当時登場した写真術は、感光させる時間が必要で、ヒステリー患者のアクロバチックな「硬直」が、それにぴったりだったということもある。

 でも、では、シャルコーが、神秘のヴェールをはいで宗教を神経症や異常心理学に貶めたのかと単純に考えると、全く違う。

 19世紀後半というと、科学主義や進歩主義が席巻した時期と思うかもしれないが、同時に、フランスでは、ルルドでの聖母御出現に見られるような、「信仰」のルネサンスの時期でもあった。

 そして、シャルコーは、どんなに野心的で興行師のように悪趣味のやつかと思うかもしれないが、実は、「患者を癒したい」という臨床の人でもあった。

 実際、彼が『La foi qui guerit(癒す信仰)』(1893)で、18世紀におけるフランソワ・ド・パリスの墓の土によって、奇跡の治癒を得た31歳の女性の話を分析する時、そこには信仰の否定や揶揄はない。
開いていた潰瘍が瞬時に治ったことについても、そこで彼はルイーズ・ラトーやアッシジのフランチェスコの聖痕を引き合いに出しながら、よく読むと、奇跡譚を否定すると言うよりも、「癒しの可能性」について積極的に語っている。

ジル・ド・ラ・トゥーレットなどは、これをシャルコーの「哲学的遺言」と形容してるくらいだ。

 ただし、彼の言う、「癒す」信仰とは、実存的な救済とは関係なくて、「信ずること」と「期待すること」の二つにかかっていた。キリスト教の「信仰と愛と希望」という三つの徳でなく、「信頼と期待」という二つが生む「癒す力」に注目したわけだ。それを引き出すのが催眠術でも巡礼でも祈りでも、彼には同じことだった。「癒す情熱」を彼は持っていたと思う。

 それなのに、彼のこの「哲学的遺言」は、政治的宗教的にすごい反響を巻き起こした。
 第三共和制の批判者、反教権主義者、として、取り込まれ、賞賛されたり憎まれたりしたのだ。

 初期のヒステリー患者の研究が、ヒステリーという語源に現れているように「女性特有」のイメージだったので、彼の「神秘家」を病人として分析する姿勢は、なんだか「魔女狩り」のような印象を与えがちだ。しかし、彼が「男性ヒステリー」の研究を発表した時から、それは、神経「トラウマ」の研究だという道が開かれた。当時はパーキンソン病などもその分析に入っていたのだ。

 男性ヒステリーの病因は、子宮にあるわけではない。脳のどこかに損傷があるはずだ。その「どこか」とは、「無意識」の宿るところである。
 
 彼がそう考えて、トラウマの「場所」を探ろうとしていた時期に、20代終わりの1人の青年が、奨学金をもらって、サルペトリエールのシャルコーのもとにやってきた。1885年の秋である。

 シャルコーの講義をドイツ語に訳したこの若い神経病理学者ジグムント・フロイトは、やがて精神分析学の父となる。精神分析学は、ヨーロッパの「無神論の歴史」において、決定的な位置を占める。

 10年後のシャルコーとフロイトの道は、ずいぶん違うようにも思われるが、実は似ているのかもしれない。

どちらも一見、宗教から距離を置き、人間の無意識に踏み込むことで、一種の「冒聖」を侵した。

しかし、彼らはいずれも、患者に全体性を回復させることによって、「癒すこと」を望んだので、臨床家であり続けたし、患者との連帯によって、語のもとの意味での宗教(Religion=結びつけるもの)者であり続けた。

 キリスト教と精神医学が真に手を取り合うには、さらに100年もかかることになるのだけれども。

 
 

 
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by mariastella | 2008-12-14 23:44 | 雑感
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