L'art de croire             竹下節子ブログ

mixedのアイデンティティとは

 1月2日にバリ島のホテルでCNNを見ていたら、オバマが自分の「Mixed-race heritage」についてインタヴューに答えているのに遭遇した。

 私はこのブログで前にも書いたが「オバマ=黒人初」という言説が嫌いだったので、彼自身も、戦略的に黒人になったり白人の家族を強調したりと使い分けてるのかなあと漠然と思っていたのだが、こんなふうにまともに答えていることに好感を持った。

 最近 Alain Maalouf の『Les Identites meutrieres』  Le Livre de Poche

 という本を読んだ。著者は私と同じ30数年前に故国レバノンを離れてフランスに住んでいる。彼のアイデンティティの感覚とそれを巡って他の人が抱く「ずれ」の感覚とは、私の体験するものととても似ている。

 著者は、レバノン人でもあり、フランス人でもあるというアイデンティティを持っているのだが、他の人から、「でも、心の奥ではどっちなんですか?」と問われることがあるという。

 そのように問われること自体、「アイデンティティ」には人を唯一のコミュニティに帰属させようという狭い排他的なコンセプトがついてまわっている証拠だと著者は言う。

 だれでも家庭人、社会人、公民などの複数のアイデンティティを持っているものだが、その継ぎ合わせがその人の総体というわけではなく、新しい出会いの度に、総体は少しずつ進化するものである。

 何か一つのアイデンティティが排他的独善的に働くと、諸悪の根源になる。
 純粋とか純潔とかいう幻想がイデオロギーと結びついたりすると、破壊的になる。

 社会も同じで、歴史を通じてさまざまなルーツに属しながら進化は続いていく。 
 社会の場合は、独善排他の道をとらぬためには、「多様性を認める」というメッセージを公に、積極的に示さなければならない。表面的に平等主義を掲げるだけではなく「多様なあり方」「多様な表現」が正当であることをたえず表明しなくてはならない。

 そうしないと、「伝統」とか「慣習」でさえ、イデオロギーになりかねない。

 人も社会も時代とともに変化、進化していく。生命は多様性に向かう。

 そう、それを、恐れてはならない。それには、

 他者との出会いは常に自分を豊かに変えていくので、決して劣化させるものではない

 ことを信じなければならない。

 異文化との出会いも、新しいテクノロジーとの出会いだって同じだ。

 画家のゴーギャンは、工業化したヨーロッパに絶望して、西洋の手垢のつかないパラダイスを求めてたタヒチに行った。しかしタヒチにもすでに西洋人がいた。帝国主義者と宣教者に「汚染」されていないような場所はついに見つけられなかったのだ。

 結局、絶望して、遺書代わりに『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という大作を描いた後で自殺を図る(未遂に終わったが)。

 彼は「われわれは何者か」というアイデンティティの問題を、「文明に毒されていない」手つかずの過去に求めようとして果たせなかったわけだ。

 我々がどこから来たのかというルーツはあまりにも複合的で遡れば遡るほど豊かである。どこに行くのかという先も。大きな全体から切り離しては、我々は決して充全ではあり得ない。

 過去に抑圧されたマイノリティが権力の座についたところでは、アイデンティティが逆に差別的に働く。今の時点で、ブラック・アフリカの国では、オバマのような mixed の人間は決して仲間と見なされず、彼らを代表することはあり得ないそうだ。

 それを思うと、オバマが大統領になることは、「黒人初」だから意義があるのではなく、彼がまさに mixed であるところに希望があると思う。

 その意味では、今の日本でよく、欧米に汚染される前の日本には世界に誇る精神性があった、それに回帰しろとかいう議論がなされると、本当に、がっかりする。

 大切なのは、豊かな出会いを通して「共にどこへ向かうか」という方向性なのだが。


 

 
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by mariastella | 2009-01-13 23:20 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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