L'art de croire             竹下節子ブログ

カトリック教会と聖霊の風通し

 この前の記事の続き。

 フランスのカトリック知識人たちは、ウィリアムソン事件でなんだかますます意気軒昂で、連帯感が盛り上がっている。

 私は、破門を解かれた4人の司教って言うのが、破門されてたんだから、司教というタイトルは無効じゃないのかなあ、と漠然と思っていた。

 このピオ10世会の聖職者たちによって結婚とか洗礼とかの「秘跡」を受けた信者に対して、それが有効かどうかということについて、それらの秘跡は「nul」ではないが「illicite」と書いてあったんで、それは一体どういうことかなあと思っていた。

 無効ではないが、不法というのは?

 ピオ10世会の聖職者の下の「信者」たちは、当然、全員ローマ教会から「破門」の状態にあるのだが、名指しで破門を宣言されていないから、「懲罰」の意味合いはないと言う。また、今のカトリック教会では、再婚者は聖体拝領できないことになっているのだが、それもまた別のカテゴリーらしい。4人の司教も、懲罰は解かれても、実際にローマ教会の聖餐に参加できるには、誤りを認めて、新たに誓わなければならない。

 こういうのって、はじめは、なんだか机上の空論とか、ご都合主義とか、さすがにわけがわかんないなあ、とか思っていたのだが、要するに、教会が拠って立つと言うか、その息吹によって成り立っている「聖霊」というものだけは、教会法やら人間の思惑では囲えないということらしい。

 ローマ教会の歴史というのは、ローマ帝国の推移に始まり、野蛮な戦いに明け暮れた中世における聖俗渾然一体の権力争いの中で、迷走しながら、聖霊(三位一体ということで、神と言い換えて読んでくれてもかまわない)を管理しようとしたり、時には全然聞く耳を持たない状態になったりして、それでも、奇跡的に、キリスト教的なユニヴァーサリズムの片鱗はどこかに保存したまま、その帰結としての政教分離のヨーロッパを支持する地点にたどりついた形になっている。

 それを支えてきたのは、「聖霊」は人間が作る制度の枠外にあるというコンセンサスを何とか保っているからかもしれない。

 たとえば、ヴァチカンは、カトリックの妻帯司祭を「破門」したり、ミサを挙げることなどをいくら禁止しても、そのいわば「神降ろし」の能力、聖霊と交信する能力を無効にしたり奪うことはできない、ということは聞いていた。いったん、教会の正規の手続きにより、司祭を叙階すれば、それは、「聖霊の働き」に属することで、それを人間が奪うことはできないのだ。できるのは職務執行の停止命令や、仲間はずれの処置だけだ。そのような司祭が「聖霊」を断つとしたら、それは自分の意志に拠るしかない。
 神というのはいつも呼びかけているもので、その神からの呼びかけに自由に応えるかどうかは、個人にかかっているのである。
 その意味で、信仰を捨てるのは自由だが、奪うことはできないのだ。

 で、今回スキャンダルを巻き起こしているこの4人の司教たちは、ルフェーヴル師という、正規の手続きを経て司教となっていた人物によって、叙階された。

 もちろん、JP2は、叙階をするな、と何度も警告したので、ルフェーヴル師は、そういう教皇に意図的に不服従した、ということで、懲罰的破門を宣言されたわけだ。

 が、すでに、カトリック教会の「お墨付き」で、「聖霊」のいわば「霊能者」であったルフェーヴル師から、聖霊の力を取り去ることはできない。
 だから、彼によって、それを与えられた司教は司教であり、またその彼らによって聖霊を分け与えられた信者たちの秘蹟も無効とはならないわけである。

 聖霊は減るものではないし、管理されるものでもないし、誰かの所有物でもないからだ。

 では、件の4人が、カトリック教会の司教かといえば、もちろん違う。

 カトリック教会の司教というのは、たとえ、中央で働いて司教区で働く者ではなくとも、必ず「どこそこの司教」という、名目上の司教区を付与される。

 この、どこそこの司教という、司教区を与えることができるのは、聖霊じゃなく、ヴァチカンの権利で管轄なのである。そして、カトリック教会的には、「どこそこの」がつかない司教は、教会法的にはもちろん司教ではない。

 ただの屁理屈なのかレトリックなのかとも思えそうだが、理性や感情やヒエラルキーや秩序感覚をも超える「聖霊のロジック=この世の論理でない」をぎりぎり認める苦しい感じは誠実かなあと思う。そういう部分がない宗教は信頼できない。

 それについて思い出されるのは、フランスの元エヴルー司教であったJacques Gaillotのエピソードだ。この人は、彼の聖霊に導かれて、不法移民、同性愛者、再婚者、女性の司祭召命などの権利をおおっぴらに擁護し、政治的な活動も堂々として、何度も何度も「教会」から、叱責されたり警告された。

 彼の信念と活動は変わらず、ガイヨー司教はミサを挙げることを禁止された。しかしその活動には、あまりにも、福音書的な弱者救済の力があったし、人々の共感も得ていたので、不服従にもかかわらず、彼は破門とはされなかった。

 ではどうなったか?

 ガイヨー司教は、エヴルーの司教を外されて、「Partenia」司教に任命=左遷されたのだ。
 パルトニアというのは確かどこかの砂漠かなんかで、教会どころか住民もいないところだ。
 もちろんヴァチカンに直属の任務を与えられたわけではない。実質的な謹慎処分である。
 つまり、窓際どころか、窓の外に放り出されたのだが、それでも

 「どこそこの司教」

 というタイトルはもらえたのである。

 つまり、ローマ・カトリック教会の合法的一員であり続けた。

 1995年、今のB16 がラツィンガー教理省長官だったときの話だ。

 ガイヨー司教は、司教区を離れなくてはならなかったが、パルトニア司教区というヴァーチャル司教区をインタネット上に立ち上げて、活動を続けた。

 彼はラツィンガーは「第二ヴァチカン公会議が開いた扉を閉めた」と言って批判した。

 その10年後、そのラツィンガーが教皇に選出されてB16となった時、ガイヨー司教は、「失望した」と語った。

 ところが、

 2008年、B16 がフランスのルルドに巡礼にやってきた時、ミサに同席したガイヨー司教は、自分は教皇と完全なコミュニオンの状態にある、と感想を述べた。
 この「コミュニオン」というのが、聖霊のうちにある一致だ。(いわゆる破門というのは、このコミュニオンから締め出される状態を指す。)

 パルトニアでもどこでも、「どこそこの司教」でい続けられたから彼とB16 は同じ聖霊の中にいた。というよりも、彼らの中で「聖霊の働き」があって、和解が成立したらしい。

 そういう意味では、今回の4人の司教たちは、いまだ「どこそこの司教」にしてもらえるための道は遠いが、コミュニオンの可能性は開かれたわけである。

 つまり、ヴァチカンとしては、彼らの上に聖霊の働きがあって、回心や改悛や歩み寄りに至るんじゃないかと期待していると言える。

 彼らを非合法ではあるが司教だと言うことは、すでに、一度分かち合った「聖霊」というもの自体を、囲い込んだり奪ったりは誰もできないのだという認識があるのは、最終的には神の「み心」のままにという謙虚が感じられて、ある意味、とても人間的だ。

 昨年秋に99歳で亡くなったシスター・エマニュエルは、カイロのスラムで、女たちに避妊具などを配給してきた。女たちが「産児制限」できることなしには、貧困と悲惨から抜け出ることができないと確信したからだ。

 彼女は当時の教皇(JP2)に手紙を書いて、了承を求めた。

 教皇からの返事はなかった。

 教皇が「産児制限」を許可したり了承するわけがない。

 しかし、シスター・エマニュエルに、それを禁じるとも言わず、やめなければ破門するぞと警告もしなかった。

 だからシスター・エマニュエルは、「不服従の罪」に問われることはなかった。

 もし、禁止されていたとしたら・・・

 彼女は、やはり、産児制限を勧め続けていたと思う。それが彼女への聖霊の働きで、応えだったからだ。

 教皇は多分それを知っていただろうし、彼女に返事しないことも、多分、「聖霊の働き」だったんだろう。

 別の文化ではこういう感じの「聖霊の働き」が「人情」と呼ばれたりする。

 一応10億人のもメンバーを抱える共同体が人情の発露の場を確保しておくのは大変だ。

 それこそ「聖霊の働き」を恃むしかないかも。

 いや、60億人の地球だって、聖霊の中で結ばれるなら、すべての「人」がすべての「人」に寄り添える、「人情」は成立する、と、信じるのが、ユニヴァーサルな宗教としてのカトリック教会の使命なのかもしれない。


 
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by mariastella | 2009-02-06 21:08 | 宗教
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