L'art de croire             竹下節子ブログ

サルコジがバクダッドに行った

 暴風のせいで閉鎖されているパリの空港からヨルダンに発ったサルコジが、バグダッドに寄ったことがニュースになった。

 オバマと違う路線、フランスがアメリカの機嫌を伺わなくても動けることのアピール、という感じである。

 オバマが就任してすぐに「国際電話」したのは、一番熱い情勢の中東諸国だったとニュースで言っていた。

 その次の日に電話したのは、伝統的に同盟関係の強い3国、イギリス、カナダ、サウジ・アラビアだそうだ。

 そしてやっとその次の日の3国が、2003年のイラク派兵でアメリカにたてついて3国干渉をしたロシア、フランス、ドイツなんだそうだ。

 このように、フランスのメディアが皮肉っぽく言っていたのを前に聞いたのを思い出す。

 私は日本人なんで、じゃあ、日本はいつだったんだろう、と反射的に思った。

 カナダだって、イラク派兵に反対していたはずだ、とも。

 同盟国としてサウジ・アラビアがしっかり入るのなら日本もこの2日目あたりに入ってもよさそうだけど、石油が出ないし宗教ロビーもないし・・・

 今思い立って、ネットで検索したら、麻生首相はオバマ大統領と1月29日の朝に初の電話会談、と出て来た。 就任からまる1週間以上経ってるなあ。

 まあ、フランスに対するアメリカの牽制やフランスのアメリカに対する憧れと侮蔑の混ざったような複雑な感情とか、中央集権と連邦制の相入れないところとか、ヨーロッパの威を借りて対抗するやり方とか、この2国には、独立宣言だのフランス革命だのにまで遡るそれなりの理想の共有というか、幻想の歴史があって、黒船開港に始まって原爆、占領と核の傘を経た日米の歴史とは別物なんだろうが。

 とにかく、フランスでは、オバマが3日目にやっと電話してくれた、ってことが、皮肉に分析されていたわけだが、日本ではそんなこと、あまり取りざたされていなかったのだろうか。私には分からない。

 オバマの就任と言えば、最初のスピーチにあった我われはキリスト教徒とイスラム教徒とユダヤとヒンドゥと無宗教者の国、っていうくだりも、フランスではあり得ない言い回しだ。

 マイナー宗教はもちろん、仏教もないがサイエントロジーもないね。
 微妙だ。

 もっと微妙なのは「無宗教」というところで、これを、宗教原理主義的アメリカの信教の自由の進歩、と見る向きもあるが、少し前の大統領選のアンケートによると、大統領になるチャンスがもっとも少ないのは、女性より、黒人より、同性愛者より、「無神論者」だった。

 atheist って、蛇蝎のごとく嫌われてて、アメリカ的な政治的公正に反するといわれんばかりだ。

 キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教は、「神」がいて、信者は、「神」を信じている人たち、で、めでたくまとまる。しかし、仏教は「神がいない」という意味で無神論的宗教だとか処世術だとか哲学だとか見なされることが多い。

 しかし、無神論者というレッテル貼りはタブーでもあるし、まあ、ここは、アンケート調査などでは欧米で最近増えてきた「無宗教」が使われた。

 特定の宗教を信じていない、という意味でもあるし、特定の宗教団体に属していない、という意味でもある。

 オバマの演説では Non-believers 、フランス語訳では Non-croyants で、これは無宗教というより、「信じていない人」だ。「不信心」という意味では、洗礼は受けたけど教会に通ってない、冠婚葬祭だけのコミット、という人も入るのだろう。
  「無宗教」といわれる多くの日本人も、冠婚葬祭の宗教行事や縁起物の神頼みはするので、神道の信者とか仏教徒と言われるより、non-believers のカテゴリーとまあ重なるのかもしれない。

 しかし、無神論者ほどではないが、モラル的な非難も多少含意される言葉だ。

 フランスなどでは、政教分離の歴史の中で、むしろインテリっぽい響きがある。

  Athee と言えばさすがに過激だが、non-croyant とか agnostique とか言えば、中世的宗教の蒙昧を開かれた自立した人間というニュアンスもある。

 それに、オバマのスピーチは、なんといっても、どうせ、

 God's grace upon us とか言った後、

 God bless you. And God bless the United States of America.


 で締めくくられるのだから、その点で、日本やフランスの感覚とは断絶している。

 アメリカでは、ヒンズー教でもなんでも、God という言葉を共有できていないと落ち着きが悪い。
 「無神論者」に恵みを注ぐのはさすがのGodにも容易ではなく、でも、信心の浅い、節操のない「無宗教者」程度だったら、God の恩恵を共有できるのかもしれない。

 そんなニュアンスもこめて選ばれた言葉なんだろうか。

 住んでるのがフランスでよかったよ、と思うのは、こんな時である。
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by mariastella | 2009-02-10 22:05 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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