L'art de croire             竹下節子ブログ

ヴォルテールの哲学辞典

 ヴォルテールの哲学辞典の宗教の稿で、後のマルクスの「宗教は民衆の阿片」にもつながる話が出てくるのだけれど、いつも身につまされる部分がある。

 音楽愛好家同士が、一緒に musique savante et raffinee (学問的で洗練された音楽)のコンサートをやってるのはいいけれど、野蛮な輩の前でそれをやると楽器を頭に叩きつけられてしまうよ、普通の村を統治するにはやっぱり宗教を与えなきゃ、

 というくだりだ。この学問的で洗練された音楽というのは、明らかにルソーの音楽でなくてラモーの音楽だ。
 ここでは、もちろん、インテリの間でさかんだった非神学的な哲学論議のことを言っている。

 18世紀のインテリの多くにとってはすでに、「教会主導」のキリスト教などは女子供と民衆のものであって、啓蒙の「蒙」にあたるものだった。まあ、ヴォルテールは19世紀的な無神論者ではなかったので、ユニヴァーサルな神(=至高存在)と超越の価値は信じていたのだが、こうはっきりいうのを読むとどきっとする。
 
 それはもちろん、私が、musique savante et raffinee の愛好家であって、仲間うちで、せっせとコンサートを企画したり、他の人も「啓蒙」しようとしているからだ。

 ヴォルテールがこの場でこういう比喩を出したのは、それなりに、奥深いというか、私にとっても本質的な何かを示しているような気がする。
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by mariastella | 2009-02-19 00:07 | 雑感
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