L'art de croire             竹下節子ブログ

ふたたびアートと宗教

 アート批評と宗教、アート鑑賞と宗教の関係を引き続き考えている。

 もちろん、いわゆる宗教芸術の批評や鑑賞についてである。

 ジュリアン・バーンズの本に、クラシックのミサ曲のコンサートに一緒に行った友人から、「君はコンサートの間に何度、復活のイエスのことを考えたかね」と聞かれて驚いたというエピソードがある。バーンズは「一度も」と答えた。
 普通の日本人がバッハのマタイ受難曲を聞いて、どの部分でどの程度、救世主イエスのことを思い浮かべたかと聞かれるようなものだ。

 バーンズのこの友人は、牧師の息子だった。
 バーンズは、この友人に、同じ問いを返した。

 「君はコンサートの間に何度、復活のイエスのことを考えたかね」

 「たえまなく」

 と友人は答えた。

 バーンズは驚いて、それまでの長い付き合いで一度も考え付かなかったような質問を友人にする。
 
 「君は、いったい、どの程度、信者なんだね」 と。

 友人の答え。

 「信じてないよ、いや、全く、信じていない。」

  この後、バーンズは、キリスト教美術の鑑賞とキリスト教教義の関係についても考える。
 彼は教会美術が好きで教養も深い。しかし「信者」ではない。

  大聖堂で、すばらしい聖母子像や磔刑図や昇天図に心を奪われる時、では、実際に、この画が描かれた中世にこれを仰ぎ見た人々の心はどうだったんだろう。この画の世界が「真実」だと信じていた人々の心は?
 また、この先何世紀か経って、キリスト教がこの世から姿を消してしまって、画の意味を全く知らない人がこれらを見たときは?

 彼は、発掘された古代の神像を見たときの自分の感動を想起する。
 その宗教については、もう何も分かっていない。
 女神像が埋葬の副葬品で、人の目に触れさせるために作られたのでないことは分っている。

 博物館では垂直に立てられているが、発掘された時は横に並べられていた。
 その乳白色の色がフェルメールを思わせ、神秘的であるが、おそらく元は極彩色であったことも分っている。

 そういえば奈良の東大寺の大仏殿の建立当時の様子を、ヴァーチャルにデジタル復元した人の本を最近読んだ。大仏が全身金箔なのはもちろん、柱も天井も壁も、極彩色で装飾的である。

 フランスのカテドラルの外壁や彫像ももとは極彩色で、ステンドグラスによって推定されるので、近頃は、夜になるとカラーレーザー光線などでライティングをして元の姿を再現している場所もある。非常に美しい。

 しかしこうなると、「年代物だからありがたい感」とか、「わびさび感」とか、「金ぴかでないから上品で上等」とかいう感じが一掃される。

 しかし宗教アートが、全然その内容を知らずに見ても、神秘的だとか、超越的だとかいう感動を与えることもある。多くの宗教の根源にあるものが、死の恐怖だとか、超越的なものへの畏怖だとかいう普遍的なものだからだろうか。

 その宗教の文脈を知り、しかもその信仰を共有している者は、そうでない者よりも、よりよくそのアートを理解したり、感動したりするものなのだろうか?

 宗教アートがある時代におけるある宗教の中で生まれたとしても、それを鑑賞する者の時代と宗教との中で、新たに「価値」が生まれるものなのだろうか。

 これも、音楽と美術「品」とでは違う。

 美術品は、経年変化した物質としての「本物」を、その地理的文化的文脈から切り離して、博物館の中で眺めることもできるが、音楽は、鑑賞者の同時代人による「演奏」を通して「生(なま)」で鑑賞される。

 一度として、同じ演奏はない。

 優れたミサ曲に「復活のイエスが現れ続ける」のは、作曲者の信仰か、演奏家の信仰か、鑑賞者の信仰か、三者が出会ったところに錬金術のように現れた「信仰」とは別の何かなのか。

 また、その中で「複製」の持つ意味は? 美術作品の写真集や音楽演奏の録音再現は、「鑑賞」におけるどの部分に寄与しているんだろう。アートと個人との出会いにおいて、どのような機能を果たしているんだろう。
 
 宗教芸術が、常に、聖なるものの一種の「依り代」であるならば、「生(なま)」や「本物」ですら、常に偶像でしかないのだろうか。

 

 
 
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by mariastella | 2009-03-02 03:39 | アート
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