L'art de croire             竹下節子ブログ

Gran Torino

 クリント・イーストウッドが名演だという『Gran Torino』を観にいった。

 もうできることなら、暴力、戦争、残酷、ホラーなどという映像は見たくないので避けているのだが、しっかりヴァイオレントな映画だった。

 私はなんだか勘違いしていたのだ。老いた人種差別男がアジア人の少年と交流するうちにいつの間にか人間味が生まれて、というしみじみ感動のヒューマン・ストーリーかと思っていて、夕べは何となくそういうものを見たい気分だったのだ。

 イーストウッドの名演がなんたらいうよりも、最初の感想は、あのアジア人たち、アメリカでなくてフランスに移住すればよかったのに、ということである。
 フランスのユニヴァーサリスム、「腐っても鯛」というか、移民の子弟には、ずっとチャンスがある。いわゆる「アメリカンドリーム」という一攫千金の上昇は難しいが、普通の教育を受けて普通の市民になるチャンスは多い。

 銃社会についてのマイケル・ムーアの告発も思い出す。

 少なくとも、フランスでは、田舎の男やもめがいつも銃器で武装していなくてはならないような状況はない。

 日本でももちろんそうだが、日本でアメリカ映画を見ると、あまりにもかけ離れているので、比べる気が起こらないのだが、フランスで若い移民に囲まれて暮らしていると、しみじみ思う。

 「何々系」による棲み分けとグループ間の対立なども、今のアメリカでもこうなんだなあ、と驚く。
 たとえばこの映画では主人公はポーランド系で、アジアの少年に職を世話してやるのだが、その友人はケネディなんたらというアイルランド人である。ここで、カトリック・プア・ホワイト系の白人コミュニティの感じがよく分かる。

 ウエストサイド・ストーリーの頃の、不良グループと変わらない。

 去年、日本の京都劇場で『ウエストサイド物語』のミュージカルを観た後で次のような記事を雑誌に書いた。
 
 少し長いがコピーしよう。


 「 ミュージカルを観る

  五月に日本に帰った時、京都劇場で、劇団「四季」によるミュージカル『ウエストサイド物語』を観た。
 なつかしい。私にとって、ウエストサイド物語といえば、一九六〇年代の初めの日本を席巻したミュージカル映画であり、赤シャツのジョージ・チャキリスが脚を高く上げて踊る姿、激しい『アメリカ』の賛歌や、ロマンティックな『トゥナイト』のメロディと共に、回りの中学生たちがみな指を鳴らしてニューヨークの不良グループを真似ていたのも思い浮かぶ。

 私の記憶の中では、この話は、ニューヨークで敵対する二つの不良グループの、一方のリーダーであるベルナルドの妹マリアともう一方のリーダーのもとの仲間で親友のトニーとの間に恋が芽生えるという、現代版ロメオとジュリエットの悲劇だった。イタリアが舞台のシェイクスピアのクラシックな純愛劇のイメージと、一九六〇年代の日本の日常から想像出来ないようなニューヨークの大都会の無法地帯のイメージのずれが新鮮で、青春エネルギーの水位が信じられないくらいに高くて圧倒された。

 今回、四〇年以上も後に、同じミュージカルの日本語版を生で観たわけだが、昔とは全然違うものが見えてきて驚いた。もちろん世代的なものもある。昔見た時はこちらはまだ少女であり、不良グループも悲恋も何も、すべて絵空事だったし、今は、完全に大人の秩序の中にあぐらをかいでいる状態だからだ。

 では、何が見えて来たかというと、アメリカという移民社会で共同体主義の社会における「宗教と社会」の関の問題の根の深さである。まず、不良グループの構成だ。映画でジョージ・チャキリスが演じていたベルナルドの率いるシャーク団がプエルトリコ系だということは知っていたけれど、その意味は昔はよく分かっていなかった。

 後に、アメリカにおける人種差別に関する本の中で、プエルトリコ人が黒人よりもさらに差別を受ける最底辺であることを知った。プエルトリコはアメリカの自治領ということになっていて、今はアメリカのパスポートを持てるようだが、ウエストサイド物語の時代には、明らかに外国人の移民として「アメリカ人」ではないと差別されている。人種的には明らかにラテンアメリカと近く、スペイン語が基本のようだ。

 物語の中で、「スペインの混血野郎」と罵倒されているところから見ても、インディオなど先住民と征服者スペイン人との混血というイメージなのだろう。

   「マリア」はなぜ美しいのか

日本のミュージカルでは、出演者全員が日本人なので、むしろ分かりやすい。プエルトリコのシャーク団は肌の色も濃くメイクされていて髪も黒い。一方の「アメリカ人」とされるジェット団の方は、大体金髪で色白という設定で明快だ。ヒロインのマリアも色黒である。 しかし、60年代のハリウッド映画の方は、マリアは当時すでにスターであったナタリー・ウッドだった。黒髪ではあったけれど、ロシア系移民の娘である。ベルナルド役のジョージ・チャキリスはギリシャ系。地中海系で当時のハリウッド・スターにしては小柄で浅黒い感じはあったが、日本人から見ると、単に「アメリカ人のスター」に見えた。ベルナルドの恋人アニタ役を好演したリタ・モレノだけが、実際のプエルトリコ人だったのだ。

 トニーが一目ぼれしたマリアに名を聞いて、分かれた後で彼女を思って歌う有名なラブソングがある。その中で、マリアという名がはじめて耳にした美しい響きだと歌うのだが、これも、今思うと、単に恋した者の思い込みではないようだ。マリアなんてむしろ平凡な名をどうしてそんなに美しいとか初めて耳にするとか言うのだろうと思ったが、それは彼女がプエルトリコ人なのでスペイン語の名前を持っているかららしい。

 それまで「アメリカ人」としかつきあっていないトニーにとっては、聖母由来の名は「メアリー」であるから、「マリア」はほんとうにエキゾティックだったのだろう。 しかし、プエルトリコ人をさげすむ「アメリカ人」であるはずのジェット団の若者達も、実は、大都会の不良グループだけあって、社会の底辺にいるプア・ホワイトの子弟である。シャーク団の若者が浴びせる罵倒が「ポーランドの豚」とか「アイルランドの屑」の類いのものであることから察するに、親たちがポーランド移民やアイルランド移民であり、アメリカで生まれた二世であるらしい。アメリカの先発植民者で「建国」者としてのエスタブリッシュメントであるアングロサクソンではない。

 しかし、だからこそ、移民して苦労した親の世代は、母国語を捨てて、名をアメリカ風に変えたり、子供にもアングロサクソン風の名をつけたと思われる。だから子供たちは、プア・ホワイトの子弟として軽蔑されながらも、「生まれながらのアメリカ人」としての意識を植え込まれているから「スペインの混血」のプエルトリコ人を差別するのだ。

   カトリックのインサイド・ストーリー

 では、このジェット団とシャーク団の共通点は何かというと、両者とも、カトリック共同体であることだ。アメリカの東海岸エスタブリッシュメントはWASPと呼ばれるアングロサクソンのプロテスタントであるのに対して、ポーランド、アイルランド、イタリアなどカトリック系の移民は、長い間プア・ホワイトを形成してきた。だからこそイタリア系マフィアなど共同体内の結束は堅かったわけだ。一九六〇年代にアイルランド系カトリックとして初めて大統領になったケネディが、選挙運動中、まさにカトリックであることを種に執拗な追求を受けたことは周知の事実だ。スペイン系プエルトリコは、もちろんカトリックであろう。

 『ウエストサイド物語』が書かれた一九五〇年のアメリカ社会は異種の共同体がまじりあわない社会だった。カトリックのプア・ホワイトの子弟の不良がプロテスタントの中流家庭の子弟と睨み合うことはない。シャーク団とジェット団が宿敵同士だったのは、まさに、底辺同士で、カトリック同士だったからなのだ。

このミュージカルの産みの親であるレナード・バーンステインとジェローム・ロビンスは、共にユダヤ系アメリカ人である。彼らの最初のアイディアは、この悲恋の物語を、ユダヤ人コミュニティとキリスト教コミュニティの間の話にしようと考えていたそうだ。

 どうしてそうならなかったのだろう。ニューヨークに生きるユダヤ人だった彼らには、異宗教間の恋にリアリティがないことが分かっていたからかもしれない。

 マリアは言う。「あなたのことをパパに話すわ。パパは聞くわ。ちゃんと教会に行っている男かねって。」そして二人は、二人だけで、教会での結婚式の誓いを述べ合うのだ。

 つまり、運命のいたずらである「一目ぼれ」とはいえ、若い二人は、自分たちが「結婚可能」な同じ宗教共同体にいることを知っていた。いや、そうでなければ、そもそも、出会うことだってなかったのだろう。

 考えたら、ロメオとジュリエットの悲恋だって、敵同士の家族とはいえカトリック同士の話ではある。日本にいたら見逃してしまう宗教問題の機微を、あらためて考えさせられた『ウエストサイド物語』との再会だった。」


 以上だ。

 そして、今のこの映画でも、主人公はポーランド野郎、みたいに呼ばれるし、アジア人コミュニティへの侮蔑感(主人公が朝鮮戦争に従事したというトラウマは別にしても)もあらわである。
 アジア人の不良グループは、メキシコ人不良グループとやりあうし、黒人の不良たちも出てくる。人種別につるんでいるし、アジア人の娘が白人のボーイフレンドと歩いていると黒人グループにからまれるのだ。

 今のフランスの移民の子弟の「暴動」に女の子が加わらないのもアメリカ化してるイメージだ。
 この映画で、アジア人の娘が、「女の子は大学へ、男の子は監獄へ行くのよ」というシーンがある。
 女の子が暴動に「加われない」状況は、女の子にとってはチャンスであり、男の子にとってはますます悪い状況である。

 この映画では、ポーランド人コミュニティにとってのカトリック教会の意味もよく分かる。
 この主人公のように、冠婚葬祭にしか教会に行かない人も多いのだろう。アメリカにおいては、そういう人は、宗教を信じていないというより、多分人間を信じていないんだろう。
 
 それでも、ごく若い神父になりたての青年が、主人公にまつわりつく。最後には、主人公は孫ほどの年の男を「ファーザー」と呼んで告解し、最初は「自分のことはミスタ・コワルスキと呼べ」と神父に言っていたのに「ウォルトと呼んでくれ」となる。

 この東南アジア人コミュニティが、アメリカ軍の去った後のベトナム人に追われてやってきた、というくだりも、なんだかかなしい。最後の悲劇が、結局、違う民族同士の不良青年の戦いではなくて、警察に訴えでないであろう同族の「まともな家庭」に向けられた暴力であることもやりきれない。

 この青年たちは、日本人の好きな言葉を使うなら、「農耕系」の穏やかアジア人である。1960年代のプア・ホワイトの子弟同士の争いとは違って、21世紀のアメリカ中西部にこういう実態があるのだとしたら、それはエコロジーやなにかより、はるかに深刻な問題だ。
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by mariastella | 2009-03-26 19:40 | 映画
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