L'art de croire             竹下節子ブログ

VESAK2009 その3 雨のヴァンセンヌ

 VESAK 3日目。仏舎利の追っかけも3日目だ。

 今日は雨もよいの薄寒い日、ポルト・ドレからヴァンセンヌの森のパゴダまで、仏舎利行列。東南アジアやスリランカ系のコスチュームの人、寒そう。

 VESAKは入場フリーだが、一般の人は、正午までパゴダにはアクセスできない。途中で出会ったカンボジア人の夫婦(昨日の人とは別)はインタネットで見てきたのだが招待状を持っていなかったので、いっしょに入れてあげた。欄の花をお供えに持ってきていた。花やお香を持ってきている人がたくさんいた。パゴダはいっぱいの人で、仏舎利はほとんど見えないのに、お経をきくだけで感極まって泣いているいる人がいた。皆アジア人である。

 昨日なかよしになったカンボジア人の月寶さんと又出会った。中国人の先生とも。

 法門寺の指骨が「第九大奇跡」というのは、万里の長城を含む世界の七不思議というのは分るけど、第八はなんですか、と聞くと、「西安の兵馬抗」だと言う。

 それで、九番目が、「法門寺の指骨」か・・・

 中国の広さと歴史を考えたら、ちょっと発掘したら「不思議」はいくらでも出てきそうだな。

 でも、法門寺の指骨がバンコクのワット・サケット(パゴダ前で記念ピンスを買った)にある仏舎利よりも「不思議」度が高い理由は本当にあるのか。
 
 あの指、指にしては大きいから、今は「指状」の骨って言われてると日本のサイトで見ましたよ、というと、先生に、「釈迦の体ではなくて教えが大事なのだ、あなたは科学的過ぎる」と言われてしまった。

 私は、いや、あの中国のヴィデオの疑似科学的なもったいぶったところが私はすごく好きで、それはカトリックの聖人の遺体確認における妙な疑似科学の倒錯と似てて、日本の封印文化と違うところが興味深いんです、と答えておいた。

 セレモニーが終わって、仏舎利は一般公開されたが、押すな押すなの大盛況で、セキュリティの人が輪を作り、入場制限もあって、とても近づけない。

 日に日に遠くなる仏舎利。

 うちに帰ったら、近くの音楽院で、acousmate の実演というのをやっていた。
 音響考古学というか、音の化石というか、分子の中に刻まれた波動のキャッチというか、非常にあやしい、これも疑似科学のパロディみたいなのを観客参加型パフォーマンスにしている。

 イヤホン付ヘルメットをかぶったり、聴診器をつけたりして、音楽院の地下を調べたりする。

 革命前にはここに聖女セシル(チェチェーリア、音楽の守護聖女である)のチャペルがあったんだとか言うと、壁からかすかに歌が聴こえてきたりする。
 I pod で周囲から孤絶するのではなく、世界と交信するんです、とガイドはいう。

 ある部屋では、レコードが回っていて、それに針を当てると、音が聞こえてくるのが、一番不思議に見えた。

 ついこの前までは普通の光景だったのに、回転する円盤が音を記憶してるなんて、すごく印象的だ。
 古いレコードなんて知らないような世代の子供たちにとってはなおさらマジックのような光景だ。

 最後には、未来の「音響考古学者」に残しておく手がかりとしてみんなで手を叩いて拍手に変わる趣向だ。

 潜水艦の中で、レーダーにキャッチされた船を識別するための耳の訓練を受けたという「黄金の耳」と呼ばれるガイドもいる。

 擬似科学と「不思議」と信仰のパフォーマンス、一種のコスプレ(それが僧衣であれ、アンテナ付ヘルメットであれ)、隠れた音の記憶、焼かれた骨の記憶、「思い」だけは、時空を軽々と越えていく。

 感動して泣く信者、困惑して笑う観客、何が真実で何がパロディなのか、誰にも分らない。
 
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by mariastella | 2009-05-18 05:57 | 宗教
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