L'art de croire             竹下節子ブログ

シモーヌ・ヴェイユのトンでも説

 シモーヌ・ヴェイユは、キリスト教の初期に一種の陰謀仮説を立てていた。ギリシャやオリエントの宗教とのシンクレティックな混交の試みの痕跡を、ローマ教会がシステマティックに消し去ったというのである。

 一軍を率いる将のようなユダヤの民族神の征服欲は、ローマ帝国の征服欲に都合がよかった。
 
 エジプトやギリシャの神は、死の論理に加担しない「愛」の神の先駆で、キリスト教は、そういうオリエントの土壌で育まれた。しかし、その初期に、原罪とでも言える二つの汚染があった。

 一つは、ユダヤ人キリスト教徒によるユダヤ経典の聖書取り込みである。
 もう一つは、それ故に、ローマ帝国が、キリスト教のそういう「ユダヤ」の神の好戦的ナショナリズムを採用してキリスト教を国教としたことである。

 古代オリエント社会の中で、帝国主義的、民族主義的、選民思想があったのは、ユダヤとローマだけで、キリスト教の形成と採用でこの二つが結びつき、西洋の歴史を罪にまみれたものにした。それはイエス・キリストの目指した平和主義や愛の思想とは似ても似つかないものだ。

 とまあ、こんな感じだ。ネオプラトニズムやグノーシスムを引き合いに出して、またニコラウス・クザーヌスが異端でなかったことを引き合いに出し、よりギリシャ的な正統キリスト教があったはずだという仮説を立てる。

 普通は、イエスの頃のユダヤがローマの統治下にあったということで、支配者と被支配者の立場の差が考察の対象にされるのだが、ユダヤもローマもエゴイスティックなナショナリズムで、オリエント世界やケルトやゲルマンとも異質だと言ってのけるところがおもしろい。ユダヤ人の無信仰家庭出身の彼女ならではの着眼だ。

 実際は、キリスト教がローマ世界にどのように広がり定着したかについては、未だに謎の部分もあるし、当時の社会状況や思想状況についての新しい研究も今はいろいろ出ているので、このヴェイユの「陰謀説」は、彼女が該博な知識を駆使しているにも関わらず「トンでも説」に限りなく近い。

 いわゆる神学的にもつっこみどころはいろいろあるのだが、何というか、あのシモーヌ・ヴェイユがこんなこと考えていたんだなあと思うと、感慨深いものがある。思想には、色や香りがあるものだ。
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by mariastella | 2009-06-08 06:37 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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