L'art de croire             竹下節子ブログ

Le Mont Athos et l'Empire byzantin など

 コンサート類が終わってほっとしたら、Petit Palaisの2つの展覧会が終わりに近づいていたのであわてて出かけた。

 まずは、Le Mont Athos et l'Empire byzantin で、あのアトス山の修道院のお宝の数々を見ることができるというので見逃せない。

 世界中の、行きたい見たいと思うところの中で、行こうと思えば行くことができるのに、後回しにしたり機会を逃している場所は多々あれど、アトス山のように、頭から女人禁制(正確には、髭のない人間は入れないとあるので、要するに「女子供」ダメ、という場所である。で、無毛症の男性が修道士になろうとした時にいろいろ大変だったとギリシャで聞いたことがある)だと言われると、それだけで、ますます行きたくなる場所もある。2005年にエーゲ海クルーズをした時に正教の古い教会はけっこう見ることができたが、やはり、アトス山ほど魅力的なところはない。
 言ってみれば、中国侵入前のラサのポタラ宮殿というイメージかなあ。

 気のせいか会場には女性の姿の方が多い。

 しかし、期待が大きかったせいか、あまり感激しなかった。

 アトス山のようなところは、場のオーラ、伝統とその継承そのものが脈づいているのだから、そこから切り離されたモノが並べられても、そこに「ないもの」の不在ばかり目立つ。

 アトス山には今でも20の修道院があるが、隠者の小屋なども数えれば、400に上るそうで、その中には、「完全におかしい、奇人変人」もいると言われている。展示されている絵の中にも、その様子を描いたものがあり、柱の上で暮らし、吊るした篭に食物を入れてもらう修道士とか、膝で歩く修道士とかライオンに乗っている修道士とかがいる。初期キリスト教の「神の狂人」などと言われた隠者や苦行者のエピソードは数々あリ、何十年も柱の上で暮らしたシメオンなどの聖人も有名だ。でも、何となく、今は、そういう奇矯な苦行者はインドのヨギなんかを連想するのだが、アトス山に行けば本当に今もいるのだろうか。

 アトス山といえば私の好きな Jean-Yves Leloup が最初にアトス山に行った時、炎天下に山を登るのに疲れ果てて、倒れそうになった時のエピソードを思い出す。道半ばで、一人の修道士に出会った。救いを求めようとしたら、その人は、指を口にあてて自分がしゃべることができないことを示した。沈黙の行なのだろう。その修道士は、Jean-Yves Leloup を座らせて、どこかに姿を消した。疲れ果てた彼がぐったりすること1時間半、その修道士が息を切らして戻ってきた。その手には、水の入った錆びた椀があり、彼はそれをJean-Yves Leloupに黙って差し出した。修道士は、その水を調達するために1時間半も炎天下を駆けたのである。
 それを飲んだ時、Jean-Yves Leloupは、もう一生喉が渇くことはないんじゃないかと思ったそうだ。  
 この瞬間に彼は正教徒になったのだろう。

  Jean-Yves Leloup は、元無神論者で、若い時に臨死体験をした後で、神秘家になる。ドミニコ会士になり、神学者になった後で、ギリシャ正教に改宗するのだ。
 臨死体験の後で超能力を獲得したというケースはよく聞くが、臨死体験のあとで回心が起こるというのはありそうでない。

 彼が正教のヘシカズムの体験や、「神化」を語る時、私は、神秘体験についてこれ以上に明晰な説明を読んだことがない。いや、もちろん、ことの性質上、説明はできないのだが、よく分かるのだ。ネットで検索すると、 「ジャン・イヴ・ルルー 著 高橋正行 訳 『アトスからの言葉』 あかし書房 1982 」というのが出てくるのだが、絶版のようで、正教会文献目録みたいなところに入っている。実にもったいない。宗教神秘主義に関心がある人には必読だと思う。この「分りやすさ」は稀有なことだ。

 そのようなアトス山美術品展示の中で気に入ったのは、epitaphios という大きな四角い布で、イエスの磔刑図が刺繍してあるのだが、その精緻さに息を呑む。イエスの髪の毛一筋一筋やそこに流れ込む血や、顔の傷など、色や形やデザインとは別の細密さだけでも圧倒される。絹と金糸銀糸だ。

 このような、偏執狂的ともいうべき細かな作品というのは、いろんな文化に見られはするが、信仰というものはやはり関係するのだろうか。アトス山の修道士が刺繍しているというのは聞いたことがないから、専門のアトリエがあったのだろう。それとも修道女の修道院で作成されたものもあるのだろうか。刺繍作業と苦行と祈りと瞑想はどういう風に連動しているのだろう。

 しかし、epitaphios は正教の典礼に使うものだから、刺繍のアトリエは東西別だったと思われる。

 私は、アトス山の刺繍の布の美しさを忘れないうちに、次の日に、la Manufacture Prelleの展示会に行ってみることにした。ヨーロッパ中の聖母訪問会の刺繍作品を発掘してMoulinsの本部に美術館が作られているが、その一部が今パリで見られるのだ。その見事さを賛美していた記事をさんざん読んでいたので、アトス山の正教世界の刺繍と比べてみよう、と思い立ったのだ。

 すばらしかった。7月下旬ごろまでやっているので今パリにいる人は必見だ。
 しかも無料である。
 宣伝もまったくしていないので、行ってベルを押すと、「何を見てここに来たんですか?」と聞かれる始末だ。

 布で秀逸なのはビロードをGaufrageというテクニックで熱で型押しして、Moiré という効果を出したものである。Moiré というのは日本語で何というのか分らないが、サテンなどで、波型とか、木目の形が一面に入っていて反射する非常に美しいものだ、しかしそれは、遠目だと、光が飛んで、効果がはっきり見えない。それを、ビロードの型押しで表現すると、くっきりした波型になるのである。刺繍とブロシェの違いやいろいろなテクニックも、布の裏側とか見せて教えてくれた。この会場はリヨンの有名な絹織物工房のショールームなのである。

 私があまりにも熱心なので、織物の研究家ですか、と聞かれてしまった。
 いや、むしろ、聖母訪問会の創立者カップルの研究をしたことがあるんです、と答えた。

 余談だが、ここで、はじめて、Moulins の美術館のカタログを買って、フランソワ・ド・サル(サレジオ)の生前の肖像画などを見て、彼の目がおかしいのに気づいた。フランソワ・ド・サルは美丈夫で有名で、イエスに似ているとされ、女性にももてて、ジャンヌ・ド・シャンタルも夢中になったのだから、こんなに左右の目の大きさが違うのは意外だった。福者や聖人になってからの肖像画は普通に描いてあるので気がつかなかったが。その普通に出回っている肖像画を見て、どこが美丈夫なんだろうと思っていたが、アネシィでデスマスクを見たときになるほどハンサムで堂々としてしかもやさしそうだと納得したことがある。でもデスマスクだから目は閉じていた。生前の姿を元にしたと思われる画像には目の異常が認められるものがいくつかあり、銅版画などのせいか、左右が入れ替わっていることもある。それが生来のものだったのか、それとも、晩年のものか、なんだったのか、とても興味がある。彼が言われていたようにハンサムで女性に人気だったこと、その信仰書の書き方、しかしその外見の美のバランスを失ったことがあるのか、関係を知りたい。(知っている方は教えてください。)
 
 聖母訪問会の刺繍作品に戻ろう。時代的には、17世紀以降なので、正教のものより新しいものが多いが、このヴィクトワール広場での展示で光っているのは、それがフランスの文化の粋と連動しているからだろう。
 アトス山の作品が、1900年のネオクラシックなプチパレ美術館とちょっとずれているのに比べて、聖母訪問会の成り立ちから考えても貴族的な趣味と刺繍作品がプレルのショールームにぴったりだ。

 たとえば、1848年革命の時にチュイルリーに会った王家の衣装などが売りに出され、修道女がマリー=アントワネットのドレスを買った。未来のルイ16世が結納品としてオーストリアに送った花柄の布である。それに刺繍やレース編みをほどこして、司教の式服や聖杯カバーに作り変えたりするのだ。

 刺繍も、刺繍効果をねらったブロシェの織りも、みな、基本的にレリーフで奥行きがあるし質感が複雑で、光の反射具合も複雑なので、これらの作品は、実際に見るのと写真で見るのとではすごい差がある。超高級な工芸と言ってしまえばそうなのだが、聖母訪問会には、下図を描く修道女もいたらしく、依頼されたものを機械的に制作していたわけではない。芸術的才能や意匠の才能豊かな集団が思い切り贅沢に作品を仕上げたという感じだ。それを内側を毛羽立てた綿のカバーの中で大切に保存してきたそうで、実に眼福である。展示作品は触れないが、見本の布を触らせてくれる。これもなかなかサンシュエルである。五感で楽しみたい。思わず、

 ここでコンサートとかしないんですか?

 ときいてしまった。

 私はバロックのオペラ・バレーを演奏していて、ダンサーとコンサートしたいんですけど、ここはぴったりだと思って、と。
 
 そしたら、そこの責任者の女性とすっかり気があってしまった。何でも口に出してみるものだ。若い頃ならとてもできなかっただろう。

 ルイ15世時代のオペラだと言うと、ではその頃の布の展示会を同時にやって、それと一緒にというのはどうだと言ってくれた。

 来年の6月初めを考えているのだが、どうなるだろう。あまり広くない空間だが、もともと商売をしているわけではないのでオープニングの出し物として招待者だけ対象でもいいし。全然「民主的」でない手続きだが、「民主的」に何かやろうとすると今や、収支計算ばかりの世の中で、「この不況だからダメ」で終わってしまうのだ。

 せっかく久しぶりにヴィクトワール広場に行ったので、ノートルダム・ド・ヴィクトワールのバジリカに寄った。
 パリで「聖母御出現」のあった2箇所のうちのひとつである。だから、けっこう巡礼者が多く、門の前には物乞いも多い。聖母に願いをきいてもらおうとして(正確には神にとりついでもらおう)やってくる人々は、物乞いに何かやらないとまずい気になるのか、門の扉に、ここの物乞いは一人一日400ユーロ稼いでいて、元締めがいます。何もやらないことをお勧めしますという趣旨の張り紙がしてあった。でも、物乞いの目を避けてそんなものをゆっくり読んでる余裕はなかなかない。

 こういう「ご利益」のある巡礼地には、願いがかなった時に奉納する感謝の大理石の板がチャペルの壁を埋めているのだが、その中に、まだ新しい大き目のがあって2006年とあり、「L'étudiant eut recours à vous, le jeune docteur remercie」(学生がお願いしました。若い博士が感謝します。)と書いてあった。論文執筆中の学生が聖母に祈りに来て、無事博士号を得た後で感謝の Ex voto を奉納したんだろう。

 神学博士? ただの、困った時の神頼みか? なんとなく気持ちは分るので親近感は持つが、こうやって奉納板まで掲げるところを見ると、親がやったのかなあ、でも、博士号に来てまでそんなことするか?この人はバカロレアや修士号の時もこういうことしたんだろうか、と無駄に想像してしまった。



 
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by mariastella | 2009-06-27 02:43 | アート
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