L'art de croire             竹下節子ブログ

ベルリンの壁崩壊20年

 ベルリンの壁崩壊から20年、ドイツとは時差がないので、20年前にニュースを聞いていて突然この情報が流れた時の驚きは忘れられない。今映像を見ていてるだけで涙が出そうになる。私の世代では東西冷戦とかベルリンの壁とかはそのまま子供時代や青春時代の与件であり背景だったからなあ。

 今朝のラジオで当時、EU議長だったジャック・ドロールがインタビューに答えていた。
 ベルリンの壁崩壊の知らせをきいたドロールは、翌日にすぐ「あなたがたの場所はヨーロッパにあります」とか「私は怖れていない」というフレーズを含むコメントをドイツ語で発した。

 それに対して、フランスやイギリス内から、実はかなりの批判があったらしい。
 翌年4月には当時のEU 12 ヶ国が東西ドイツの統一を支援する決議を出したのだが、それまでにはいろいろあったそうだ。一般人レベルではお祭りの印象が強かったのだが。

 70年代の終わりに東京に少し住んだ時、ジェトロ(だったと思う)が出している毎年の国際統計のフランス語訳を頼まれたことがある。その時に、各種統計はほとんどが国別だった。フランスではもうすでに、その種の統計は国別のほかにヨーロッパ(当時はEC)の数字が並び、ECを合わせると、アメリカや日本に拮抗するものが多かった。それでそのことを提案して、その年から反映してもらったことがある。当時フランスでは、「フランスは政治の巨人、(西)ドイツは政治の小人で経済の巨人」という言い方がされていた。あからさまにいうと、ドイツは、20世紀の二つの戦争責任を一身に負わされて、各種賠償金の支払いのために、他の国の何倍も働かされて稼がされていたのだ。それでも敗戦国、というより戦犯国だから、政治的にはほとんど口をはさむことが許されていなかったのだから、「政治の小人」は、それ以外にあり得なかったわけだ。ECの数字は、フランスの「虎の衣」だったわけだ。(今はEU はどこでも立派に統計単位として認められているが)

 で、ドロールが「私は怖れていない」と発言して批判された(20年後の今も、フランスとイギリスから、と言うだけで、誰からだと名を挙げるのは避けた)というのは、「東西ドイツに統一されると、名実ともに巨人が復活して怖い」という、戦勝国側の警戒があったからなのだ。逆に言うと、ドイツが2分されていたことは、戦後の復興に必死だった西ヨーロッパ諸国には都合のいいことだったとも言える。EUの始まりは、ドイツとフランスの石炭鉄鋼産業協力だったわけだが、フランスの態度は、政治的には、「口を出すな、金だけ出せ」というものだったと言える。

 それでも、20年前は、東ドイツが西のレベルに追いつくには20年かかるとか、東のせいで西ドイツの力は相対的に弱まる(つまりフランスの力は温存される)、とか言われていたのだが、統一ドイツはまたたくまに復興した。ヨーロッパの中心にあり、面積も広く、人口も多く、ロシアとの仲介にも慣れており、もとより経済的には「巨人」、こうなると、20年後の今、この60年間、ドイツの政治家や思想家が決して口にしなかったタブーの言葉である「力」という言葉が口の端に上るようになってきた。それとともに、これもはっきりとは言わないが、イギリスやフランスの側からは、20世紀に培った「アンチ・ドイツ」のニュアンスがここかしこに見られるようになっているとドロールは述べる。

 第二次大戦でドイツの同盟国だった日本なのに、戦後生まれの私の「敗戦国イメージ」は大分異なる。もちろん、日本も、例えば「航空機産業」が未だに禁止されてるとか、国連での安保常任理事国の扱いとか、「戦後」のまま、という状況もあるし、基地のある町ではもちろん、いろいろな問題を引きずっているわけだが、島国のせい(おかげ?)で、もともと「壁」の建設を必要とするような国境問題がないし、ヨーロッパのような大陸的環境での葛藤とは大分違う。お隣の朝鮮半島は2分されたままで悲劇は終わっていないが、東西ドイツのように、その2国が統一されたら脅威になるかもしれないぞ、というタイプの警戒は、歴史的にも地政的にも成立しない。

 大井玄さんはしきりに、日本は島国という閉鎖系環境なので協調精神が発達し、西洋は開放系で自己中心的のようなことを唱える。確かに、「閉鎖系」の内部ではそうかもしれないが、外に目を向けない限りでの平和の幻想が成立しても、いざ外に目を向けると、「閉鎖系」内で培ったはずの協調のスキルを全く発揮せずに、自己中心的な狭い見方をすることが多いのは、「閉鎖系」の中にいればなかなか気づかない。
 むしろ、ヨーロッパ大陸の方が、その内部で似たような国が切磋琢磨というか相互監視というか、あれこれ平和共存を模索している分、大きい意味での「閉鎖系の協調」のスキルが養われるのではないだろうか。

 今でも、世界中に悲劇の壁はいたるところにあるわけで、アメリカとメキシコの国境とか、パレスチナのイスラエルの壁とか、サハラにも壁がある。
 ただ、今は情報の超国境性が飛躍的に進んでいるから、そこに「悲劇の壁」の撤廃と共存への希望が持てるかもしれない。旧東ドイツでは、壁の崩れる直前の時期まで、公営TV ではしっかり偽のプロパガンダ・ニュースを流していた。西ドイツではストが起こり、失業者が蔓延しているといったやつである。
 しかし、もうすでに東ドイツの人はそれが「嘘」だって知っていた。
 私は知らなかったのだが、冷戦中も、東ドイツの定年退職者は、西側の家族に会いに行くことが許可されていたそうだ。それで、東側の「普通の人」たちも、おじいちゃんおばあちゃんからが仕入れてくる情報やモノと日常的に接していた。国境付近でのTVや ラジオの電波をキャッチする試みはもちろんで、ある町では15メートルのアンテナを立てた人がいて、みんな知っていたが誰も何も言わなかったそうだ。

 しかし、情報のグローバル化は、逆に、反ユダヤ主義や反ゲルマン主義のような「タブーの復活」もまた可能にするわけで、不穏な空気の盛り上がりというのも確かに感じられる。 ヨーロッパはその後27ヶ国に膨れ上がっていて、イギリスは通貨を中心にますます距離を置くようになっているし、フランスが「政治の巨人」面をするのももはや不可能だし、ただの経済上の利益共同体になりつつある。

 戦後のフランスでは、第一外国語としてドイツ語が流行った。ドイツに占領されていた時代にドイツ語ができることが有利だったという世代が子供たちに勧めたこともある。フランス語と同じ系統のイタリア語やスペイン語は習得が楽だし英語は語形変化が少ないのでこれもとっつきやすい。というわけで、中学でドイツ語クラスに入るのは、「成績のいい子」の振り分けでもあり、公立学校内での体のいい棲み分けでもあった。

 それが、圧倒的に英語が優勢になったのは、1980年代も終わり頃だろう。
 それからはすっかり、英語、あるいは米語、アメリカのMBAなんかが幅を利かせ始めたのは日本と同じである。

 ただし、去年あたりから、中学で、女子生徒に久しぶりにドイツ語ブームがやってきた。ドイツ語を第一外国語に選ぶ子供が増えたのだ。ドイツの人気ロックグループ Tokio Hotel が、フランスの女子中学生に爆発的人気で、みんながドイツ語で歌うようになったという。とにかく異常な人気なのだ。

 Tokio はもちろん東京に由来する。ファンたちにはドイツへの怖れとか警戒とか当然ない。
 
 でも、トーキョー・オテル(フランス語ではH は聞えない)と聞くたびに、うーん、なんだか複雑な気分だ。
 
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by mariastella | 2009-11-08 22:33 | 雑感
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