L'art de croire             竹下節子ブログ

洗礼、砂漠、その他

 知人の話では、ベルギーでは続けて7番目に生まれた男の子の洗礼に国王が代父となり、続けて7番目にうまれた女の子には女王が代母になるそうだ。7番目まで続く男子や女子は珍しいので、少ないそうだが、実際にいるとのこと。
 ベルギーでは国王夫妻は必ずカトリックだ。先代のボードワン国王は、1990年中絶容認の法律を通さざるを得ない時に一時的に廃位したくらいだ。でも、同性の7人の子持ちの親がカトリックでなかったり洗礼を望んでいない場合はどうなるのかなあ。
 フランスでは、大統領が男女に関わらず12番目の子供の代父になる。
ただしフランスはライシテの国だから、カトリックの洗礼とは限らないのだろう。洗礼による代父代母の設定は孤児率の多い時代の互助保険みたいなものだった。フランス革命の時に共和国洗礼というのを市庁舎でできるようにして、代父代母制度も温存していて、今もあるはずだから、12番目の子は「共和国洗礼」が前提なのかなあ。もしカトリックの親がカトリックの洗礼で大統領に代父を頼んだらどうなるのだろう。代父母のどちらかがカトリックならばもう一人はカトリックでなくてもいいことになっているから。小説では知っているが、実際のケースは聞いたことがない。
 
 砂漠の神秘家としてシャルル・ド・フーコーは超有名なのだが、大きな声では言えないが、私はこの人の聖性の裏には、ヨーロッパ人にたまに見られる異常なまでの「砂漠好み」が関係していると感じていた。
 今でも、ニューエイジ風スピリチュアル・グループが主催する砂漠での瞑想ツアーみたいなのが盛んだが、私はサヴァイヴァル系が苦手なので敬遠している。 砂漠は大海にも似ていて、魅せられると共に、警戒心の方が勝つ。最近、そのシャルル・ド・フーコーと、アラビアのロレンスを並べた評伝 『L'Aventure du désert 』(Christine Jordis 、 Gallimard ) が出て、なるほどと思った。聖人対冒険家なのだが、二人ともその「過剰さ」が共通している。ロレンスがマゾヒストだったということも何となく納得した。ヨーロッパ人の孤独な砂漠のロマンチシズムにはどこか倒錯の香りがすると思っていたからだ。
 シャルル・ド・フーコーをテーマにした歴史小説 『Les amants du silence 』(Alain Durel、 Ed. L'Oeuvre )の方は、彼が従妹への恋を契機に砂漠と神に向ったとある。
 シャルル・ド・フーコーとその従妹とアラビアのロレンス。三人並べると聖なる殉教者が人間くさく見えてきて、その信仰が何かでびっしりと満たされているのが予感されるようだ。
 
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by mariastella | 2009-11-16 00:56 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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