L'art de croire             竹下節子ブログ

『移民の子供たちの運命』


LE DESTIN DES ENFANTS D'IMMIGRÉS. de Claudine Attias-Donfut et François-Charles Wolff. Stock,

忘れないうちにメモっとこう。

 信頼できるらしいエコノミストと社会学者が書いた上記のタイトル『移民子弟の運命』の本に拠れば、フランスの6000人の移民とその子孫2万人の統計では「移民の子弟=失業、犯罪、暴動」という昨今の報道のされ方は全く事実を反映していないらしい。

 私は、フランスのユニヴァーサリスムに基づいた移民の同化政策を支持している。フランス語の習得(フランス文化の享受可能性)と、普遍的人権を掲げる共和国主義への合意ということであって、別に、みんなが同じように横並びになれというわけではない。第一、生粋のフランス人ほどそういうのが最も苦手である。
 これに対して、近年は、マイノリティ側に、コミュノタリスムに根ざした犠牲者主義というのが蔓延し、「旧植民地の子孫とか奴隷の子孫」という圧力団体が形成されがちなのを苦々しく思っている。

 しかも、2005年の「移民の子弟の暴動」報道のようなものがある度に、

 「ほーら、フランスのユニヴァーサリスムはもう賞味期限が切れている、機能していない、理想主義、偽善だ」

 といった類の、アングロサクソンのプロパガンダみたいなものが横行した(2003年のイラク派兵の際にアメリカのコミュノタリスムとフランスのユニヴァーサリスムの戦いが表面化したのを受けていた)。それを受け売りした日本の評論家の中にはそれをリピートする人がいて、ユニヴァーサリスム擁護する者を「フランスかぶれ」扱いする人さえいた。

 私は、今の世界の状況では、日本はユニヴァーサリスムを採用した方が外交戦略としては圧倒的に有利だと思うので、別にフランスかぶれでユ二ヴァーサリスムを擁護しているわけではない。

 それに、30年以上の私の生活実感としても、フランスのユニヴァーサリスムはまだ機能していると思うし、自分ははっきりその恩恵を受けている。
 でも、郊外のシテ(低家賃集合住宅)は無法地帯で移民の子孫が騒いでいてゲットー化しているという報道を見るたびに、居心地が悪かった。

 この本によると、移民の子孫の80%は普通の町に住んでいる。普通の町ではアメリカのような人種や宗教の棲み分けはもとよりない。移民の子孫は親も子も、3分の2以上が、親よりも子の生活水準が上がった、と答えている。これは「普通のフランス人」の2倍の数字である。
 その理由は、移民の第一世の親には、子供を成功させたいという上昇志向があって、それが子供のモチヴェーションになっているからで、フランスの教育社会主義が、それを可能にしている。女性が男性よりも社会的に上昇率が高く学歴も高いのは、移民家庭の「母親」が娘のジェンダーの縛りの解放をより望むからだというのだ。日常的に差別を感じる人は5,8%に過ぎず、これは、たとえば、女性や障害者が女性や障害者であることで差別を受けていると感じる数字と大差ないかもしれない。

 アフリカの旧植民地国出身の親には、citoyenneté de contestation つまり、クレーマー公民性というのがある場合があり、これが若い世代の犠牲者主義運動につながり、この場合には、社会的上昇や統合も困難になる。

 なんといっても、フランスでコミュノタリスムや犠牲者主義が広まってしまったのは、もう20年以上、政権保持者が、左派も右派も、ソシアルの問題を人種問題や宗教問題にすりかえてきたからである。
 低所得や失業やホームレスなどに結びつく社会的弱者の救済を、ソシアルの問題としてちゃんとユニヴァーサルに取り組まないで、移民などのマイノリティの問題にすりかえたからだ。

 (実はもう一つ理由があって、これは日本にいると本当に分りにくいのだが、最近亡くなったレヴィ・ストロースなんかがさんざん利用されたのだが、遠隔地のマイノリティ文化の「発見」による西洋文化の相対化とポスト・モダンの底に流れるフランス人独特の自虐趣味がこの風潮を放置したのだとも言える。この辺についてはまた書くが、日本のように、フランスから見て「周辺」文化にいる者たちは、その自虐趣味を都合のいい所取りして、問題をますます見えなくした。笹野頼子さんのような方に「西哲野朗」と呼ばれる追随の仕方で、大きな「勘違い」をした部分が多々ある。私が今「無神論の系譜」について書いている目的のひとつはその「勘違い」に光をあてることである。私もまた70年代の構造主義が抱える裏のニュアンスに当時はまったく気づかなかった一人だ。)

 今フランスでは不法移民の排除を厳しくして、国民アイデンティティの問題を政策的に話題にし、「移民の子弟の暴れそうな」郊外シテの警備をますます厳しくする(今の大統領は安全を求める人の不安を煽ってこれに迎合することでのし上がってきた)とまた言い出した。これがまた犠牲者主義に油を注ぐだろう。

 共和国理念というのが、まがりなりにも「普遍的人権」だったように、フランス人のアイデンティティとは、そのままコスモポリタンのアイデンティティであリ続けてほしい。
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by mariastella | 2009-11-29 02:07 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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