L'art de croire             竹下節子ブログ

近況

 このブログにご無沙汰してたので近況を少し。

 たった今、サイトの掲示板

 http://6318.teacup.com/philosophie/bbs?

 で、認識論と存在論の違いについてお返事したところ。

 このところ、ようやく終わった(というか、一旦おわらせた)『無神論の系譜』(4月出版予定、仮題)の中で、君たち、どうしてそんなにそれにこだわるんだい、と言いたくなるくらいに強迫的な、キリスト教世界(特にヨーロッパ)の「神は存在するのか?」という問いに付き合ってきたので、それと分けて考えることができなくなっている。

 (その掲示板で触れたウィルスの論文というのはとても面白かったので、でも日本語に訳する元気がないので、もし読みたい人はお分けします。)

 でも、こういう斬新な論文を読んでると、陰謀論とかトンでも説もちょっと頭をよぎる。

 陰謀説とか世界の終わり説について、1999年のノストラダムスに続いて、2012年に向けて何か言わないかという誘いを受けたので少し読んでみたら、科学トンでも説とSFが双子のように同時に生まれたこととか、「闇の権力の陰謀」というのは、1830年ごろにアメリカで生まれたメンタリティ(その理由は連邦政府と州政府の権力関係の逆転に関係する。フランスみたいにもともと中央集権の国ではなるほど生まれないわけだ)だとか、面白いことがいろいろ分ってきた。ま、結論からいうと、2012年に、世界は今とそう変わってないと思う。私個人が死んでる確率は、歳相応に大いにあるわけだけど。

 陰謀論で言うと、12月下旬に発表されたピウス12世の尊者(福者や聖人になるのは奇跡認定待ち)決定にまつわるニュースにも、すごく複雑な思いがした。
 過去に、ピウス12世「ヒトラーの猟犬」とかいう告発本を「カトリックの反省も込めて」訳してくれと持ちかけられたことがあるので、他人事とは思えない。

 まあ、列福とか列聖というのは、カトリック内部の基準であるので、ある人物の歴史的評価とかではない。
 しかも、今でこそ、ヨーロッパ中で、ユダヤ人問題とか過去のホロコーストとかは、手を触れれば火傷しそうなデリケートな政治的テーマであるが、1940年代の初めには、ヨーロッパにおいてそれほどの優先的な関心事ではなかったという現実がある。時代によって、事項のズームのされ方というのは変わってくるので、当時必死でユダヤ人を守る言説を繰り返さなかったからといって、今の見方で軽々しく断罪はできない。

 ピウス12世は、ナチスのホロコーストを見逃したとさんざん言われているのだが、彼が1958年に亡くなったときには、当時のイスラエルのゴルダ・メイヤーを含めてユダヤ世界はその徳を讃えている。ピウス12世の采配でカステル・ガンドルフォだけでも3000人のユダヤ人が命を救われているということで、彼は、ユダヤのPave the Way 財団によって、義人としてヒューマニズムと信仰と勇気の模範とかさえ言われているのだ。ローマの大ラビもイスラエルの大ラビも認めている。
 ただし、教皇という立場だから、「どこそこの夫婦が危険を冒してユダヤ人の家族を屋根裏にかくまった」というような分りやすい義人ぶりではなくて、間接的ではある。それでも、昨年の12月8日にNYのYeshiva UV でこのテーマの資料の展示会があって、ラビになる勉強をしている学生たちもピウス12世の「義人」ぶりを認めているそうだから、コンセンサスはあるようだ。
 しかも、今サイトが見つからなかったが、ユダヤ人で、これも異様な熱心さで、ピウス12世を弁護する本を何冊も出している人がいる。不自然なくらいだ。

 それでも、怖いと思うのは、それほど、どちらかといえばユダヤ人受けしていたピウス12世なのに、1963年に Rolf Hochhuthe の戯曲ひとつで、ころりと「ヒトラーの猟犬」側へと、評価の風向きが変化してしまったことである。
 時代が大物のスケープゴートを求めていたということもあるだろう。でも、それ以来の執拗なネガティヴな意見の嵐と、「ヴァチカンが秘密資料を隠匿している」式の陰謀説の根強さは一体なんだろう。
 アメリカの陰謀論体質とヨーロッパにある強固な反教権(つまり反教皇)主義と、当時の冷戦構造と、左翼運動の高まりが混ざって大きなうねりになった?

 確かに、無神論の歴史を調べていくと、「左翼=無神論=反教権主義」は、健気なくらい、セットになって、三位一体の宗教になっているのだ。

 お前ら、トラウマ、大きすぎ、といいたくなる過剰反応をする。

 もちろん、現教皇のB16 が 「空気読めな」さ過ぎて、何もがんばってピウス12世の徳をこの時期に讃えなくとも、という意見もあるが、彼は彼の立場でやることをやっているんであって、1月17日に始めてローマのシナゴグを訪問するチャンスをこんなことで潰してはいけないと、ラビも言ってる。すごく冷静に見ると、キリスト教の敵はユダヤでなくて、キリスト教圏の人間同士だなあと思う。

 まあ、逆に、彼ら同士でしかできないようなしっかりした研究もあるんで、Pierre Blet とか Philippe Chenaux なんかは、信頼できると私は思っている。

 後は、インタネットの存在と陰謀論の流布の仕方の関係だ。

 デマ、噂、流言、ジョーク。

 ネットがあると、想像のつかない広がり方をするし、信じられないような効果を与えることもある。

 適切なマーケティングをして情報戦略をたてれば、2ヶ月あれば、世界中の人に神の存在を信じさせてみせる、と言ったのは誰だっけ?

 悪魔の存在なら、2週間で、OKだろうなあ。

 
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by mariastella | 2010-01-14 01:03 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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