L'art de croire             竹下節子ブログ

近況(続き)

 さっき、近況とした記事をUPしたが、何だか、近況を伝えてない陰謀論の話になっていたので、もう一度。

 ようやく無神論が終わったので、仕事と関係ない本を1冊読み始めた。
  Maya Angelouの 『 I know why the caged birds sing 』の仏訳本だ。
 あのジェームス・ボールドウィンが最高に感動したと言うので、どきどき。
 最初から、胸が詰まる。
 アメリカで黒人であることとか、教会との関係とか。
 本って、いろんなことを教えてくれるなあ。

 こんなすばらしい古典だが、マヤ・アンジェロで検索したら、日本語訳が出てこない。何だか、児童虐待のサヴァイヴァーの例として挙げられてるのだけが見つかった。ほんとに訳がないのだろうか。

 年末年始は忙しかったので、娯楽は、映画は『Le concert』(Radu MIHAILEANU)を、後、フランスでは始めての上演になるミュージカル『 The sound of music 』 を観ただけ。前者の映画の舞台がモスクワのボリショイ劇場とパリのシャトレー劇場で、後者のミュージカルはそのシャトレー劇場での上演なのでおもしろかった。

 前者は、まあ話は安易な感動ものなんだが、細かいところがいろいろ笑える。
 チャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトを延々と聴かせるラストは確かに感動させられるが、こういうのに感動したとうっかりトリオの仲間に言ったら嫌がられそうだ。

 前に、『De battre mon cœur s'est arrêté 』 ( Jacques Audiard)に感動したとトリオの仲間に言ったら、ああいう安易な映画は(音楽)教育によくないと言われた。18歳の時以来、10年もピアノを触っていない青年が、必死に練習すれば2週間でバッハのフーガを仕上げられるというストーリーが、幻想を与えるというのだ。
 それを言うなら、ブレジネフ時代から30年も弾いてないオーケストラ員たちが、新しい楽器とか急に渡されたりして、30年弾いてないチャイコフスキーをリハーサル抜きで弾けてしまうというこの映画は、まさに荒唐無稽でしかない。ソロのヴァイオリンに触発されてインスパイアされ、昔の感覚がよみがえるというのは分るけど、感覚とテクニックは別だしなあ。
 いや、あり得ない、ほんとに。指揮者は分る。30年間頭の中で指揮し続けてたんだから。ヴァイオリニスト一人とチェリストが引き続けてたので何とかいけるというのも分るが・・・

 私と室内楽トリオをやっているヴァイオリニストのジャンは、感動した、と言っていた。でもジャンは、音楽教師ではない。結局、現役の楽器教師で、若い子たちと向き合っているうちのトリオのメンバーには迷惑な映画だと言うことなんだろう。
 同じような外国で公演する音楽家グループにまつわるどたばた劇でも、フランス・イスラエル合作の『迷子の警察音楽隊 La Visite de la fanfare』(Eran Kolirin)の方が、確かに感動が深かった。

 ミュージカルの方は私のヴィオラの先生コリンヌがオーケストラで弾いていた。
 私の世代の日本人にとって、サウンド・オブ・ミュージックと言えばミュージカル映画の古典で、今回始めて舞台で見て、懐かしさに泣けてきたが、そういう歴史のないコリンヌは、5つくらいのメロディーしかなくてそれを繰り返し弾くのは飽きて疲れた、長すぎると言っていた。プログラムで、実在のマリアがどう生きてきて、ミュージカルにどう関わったかなどのエピソードが書かれていて、そんなことはすっかり忘れていたし、1960年代以降の後日談は知らなかった私には興味深かった。

 いくつかのナンバーをネットで検索すると楽譜、歌詞、コードが出てきて簡単にプリントアウトできた。ほんとに便利な時代だ。

 1月は、24日にプライヴェートのサロン・コンサート、ここではじめて私たちの非平均律ギターを披露することになる。12月半ばの生徒の発表会の前に少し弾いたのだが、今回が本格的なもの。
 30日には10区でレクチャー付コンサート。ここで、ロンドンからバロック・ダンサーの湯浅宣子さんが合流してくれるので、31日にはダンスつきで練習する。6月にダンス付き公演。基本的に同じものを10月末から11月はじめに日本で公演する。いろいろ考えたが正律ギターと言うのをやめて、非平均律、又は正五度と呼ぶことにしよう。正律は不可能だし、五度がぴたりと来るのを目的としているから。
 「西洋近代音楽」は平均律とともに成立したようなもので、「非平均律」はそれだけで、もう古典邦楽に近いものがある。音楽の受容についての本を書き上げたい。

 後は、ジャンヌ・ダルクの連載分を今月から書きはじめなくてはならない。新しい資料もたくさんあるので、何から書いていいか迷うが、これも、いわば、「無神論」と、無神論フランスの宗教となったライシテと、ローマ教会と、陰謀論とがミックスした近現代フランスの心理ドラマである。19世紀末から20世紀初頭(つまり反教権主義的ライシテとカトリックとナショナリズムとが混然となって葛藤していた時期)に復活したジャンヌダルクに関する言説の資料がほとんどすべてネット上で読めるのもすごいことだ。
 ユニヴァーサルなことと超越との関係、それとナショナリズムやアイデンティティの問題、ポスト・ポストモダンとの関係という、極めて「現在」的なさまざまなテーマを、ジャンヌ・ダルクを通して見ていくのは興味深いことである。

 バロック・バレーではムニュエにおけるエミオルの演奏とずれをやっている。
 Menuet では、123456、と2小節ずつの展開だが、急に、1 3 5 というアクセントになり、それをキャッチした後でダンサーがエミオルを始めるので、4、6、にアクセントがずれる。これがきれいに入ると非常におもしろいのだが、なかなか難しい。
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by mariastella | 2010-01-14 03:17 | 雑感
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