L'art de croire             竹下節子ブログ

宗教と民主主義

 宗教に合議制というのは必要だが、民主主義、特に多数決というのは合わないんじゃないだろうか。

 インドの南に、日本の資金援助によってダライラマが再建した名刹ガンデン僧院がある。2008年の3月、そこを二つに区切る壁ができた。壁には窓も扉もない。

 私は、ダライラマに請われてそこの僧院長を6年勤めたことがある高僧と関係が深い。壁の両側に彼の弟子がいて、互いに憎みあっている。今年84歳になる彼の悲しみが大きいのを見ていると、心が痛むし、危険も感じる。

 ことの解説はこんな記事こんな記事が参考になると思う。

 
 簡単に言うと、、チベット仏教内部のあるシンボル(ドルジェ・シャグデン)の崇敬をめぐって、ダライラマがそれを禁止し、それを捨てない僧は各僧院から追放するという決定を下したことである。

 ダライラマは、宗教間の対話の立役者だし、イスラム教やキリスト教も尊重し、評価もするし、チベットの古宗教であるボン教にすら寛容だ。その彼が、なぜ、内部の分派争いで不寛容になるのかと攻撃されているわけだが、彼の発言から推察すると、内部争いがある場合、たとえば70%が賛成すればそっちを選択する、というような原則に従うという方針のためらしい。

 ダライラマは、もし、ある日、チベットに戻ることがあっても自分は一人の僧として戻りたいというような趣旨のことを言っている。チベット亡命政府にも「民主主義」体制を敷いている。

 彼は、中国共産党からさんざん「封建主義」の独裁シンボルとして非難されてきた。実際は、ごく若くして、政治的な動乱の渦中に入り、責任感の重圧の中で、生き延びて、チベット文化や仏教の平和主義を世界に知らしめることができたのだから、その功績は大きい。

 苦難の中で、仏教の基本を守ることと共に、他宗教や他文化との連帯も目指して、リベラルになり、非常に近代的な世界観も体現しているように思われる。その中で、過去のチベットの単一宗教による社会の支配の体制を見直し、「民主主義」に行き着いたのかもしれない。

 で、たどりついたのが、対外的には尊重と寛容、内部的には民主主義(=多数決)だったとしたら、それが今回の混乱を招いているのではないだろうか。民主主義の理念にはマイノリティの尊重もあるはずだし、宗教のことでは、たとえ、99%が賛成しても、それが自分の掲げる大義に反しているなら採択しない、という判断もあるはずである。
 
 今回のことで「迫害」されている側は、彼のことを偽善者だと非難もするが、私はそう思わない。むしろ彼は自分に課した「民主的原則」の犠牲者かもしれない。確実にいえるのは、今二分された壁の両側では、互いへの憎悪が高まっていて、それは、チベット人たちにも彼らの宗教にとってもマイナスだということだろう。

 「ダライラマが宗教の自由を認めない」と言って、中国政府に訴えるチベット僧すらいて、あの共産党政府が、「宗教の自由」の側に与する戦略をとって介入するなど、何だか、とんでもない状況になっている。

 宗教共同体が半世紀以上も亡命や離散を余儀なくされていると、当然いろいろな部分で緊張、齟齬、誤解、劣化、破綻も起きるだろう。これは、とても人間的な危機なのだ。

 神託によって導かれて子供の時に認定されて選ばれるダライラマが、多数決路線を採用して批判されたり、多数決で「民主的」に選ばれるローマ法王が、自分の信念を曲げないことで批判されたり、皮肉なものでもある。
 ただし、今のチベットのように非常に政治的な局面では、パンチェンラマの問題でも明らかなように、今のダライラマが亡き後に、次のダライラマが誰にどのように選ばれて利用されるかどうか、混乱は目に見えている。そして、そのシステムを続ける限り、必ず一人の「子供」が政治と権力と宗教の道具にされるわけで、それを考えると、民主主義への移行というダライラマの気持ちは分る。一人の子供の「人権」を考える時、自らも幼くして選択の余地なく今の地位に着かされたダライラマの決意には、やはり、重いものがある。
 
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by mariastella | 2010-03-12 21:07 | 宗教
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