L'art de croire             竹下節子ブログ

切羽詰った時に採用するストーリー

 
 日本とパラグアイのPK戦の時にちょうどTVのある部屋でPC をやっていたので、偶然見てしまった。試合はもうとっくに終わっていると思ったら、延長の末のPK 戦だった。日本の選手が輪になってひざまずいてシュートの成功を祈っているような、今時の若者たちのその必死な一体感が、意外な感じだった。翌日の新聞にその写真が載っていて「祈る日本チーム」というキャプションがあった。では、あれはやっぱり「祈り」だと認識されているのだ。

 誰に祈ってるんだろう。あるいは何に?

 勝負の神さま? あるいは、みんなで「念」というか「気」というか「エネルギー」を送り込んでるだけ?

 怪我の回復が本格的でないといわれるブラジルのカカは熱心な福音派だそうで、結婚前の純潔とかを公の場所で口にしているそうだ。ブラジルでは昔はカトリックが絶対優勢だったけれど、今は福音派の躍進が著しいので有名だ。特に若者に人気だから、スター選手が福音派でも不思議はない。

 そのカカはブレスレットをしていて、そこに「OQJF?」と書いてあるそうだ。

 「O que Jesus faria?」の略で、「イエスならどうするだろう?」という意味。

 まあ、カトリックでも福音派でも、同じ神だから、輪になって祈っても、「気の道」はつながりやすいかなあ。それにブレスレットの言葉は、「勝たせて下さい」じゃなくて、「御旨のままに」って感じだから、それなりに「正しい」感じもするな。

 うちの末猫が先週亡くなった。いろいろあったのだが、とにかく最後は下がってきた体温を温めるために私がはいつくばって息を吹きかけたりしてたので大変だった。はじめは、生きようとして戦っているように見えたので助けてやりたかったが、だんだんと、死ねないで苦しんでいるように見えてきた。強制給餌しようとしても必死で顔を背けるし、背を向けて隠れようとするし。私はいわゆる安楽死には基本スタンスとして反対なのだが、当然それも視野に入ってくる。取って置きのルルドの水で高栄養パテを溶いたりしたんだけど。

 親戚の仏教徒のところで、子猫が死にかけたことがあり、その人は、安楽死させるかすごく迷って、仏教の僧の意見を聞いた。どちらもフランス人。その時の答えはこうだった。

 「その子猫が苦しんでいるのは前世のカルマのせい。それを短縮したりせずに最後までちゃんと苦しめばそれを浄めることになり、それはよいカルマとなり、子猫は来世でステージアップを期待できる。さらに、安楽死させるなどの決断をするのはあなた自身の殺生の罪となり、悪いカルマになるので、あなたの来世は今より悪くなる」

 その人は、それを聞いて、納得がいったので、獣医のところに連れて行かずに、自然死を待ったというのだ。

 仏教ではカルマのメリットやデメリットを計算できるので、ロジックなフランス人に気に入られているという話を聞いたことがあるが、私なら、うちの猫には絶対採用したくないストーリーである。

 で、私も、別のストーリーをさがしてみた。

 人間はいろいろと罪深いけれど、うちの末猫サリーにはそういう罪も業もない。子供は天国に直行できるというように、うちのサリーもピュアだから、天国に直行。

 うちには、15年前にまだ3歳半の元気盛りで医療過誤によって死んだオス猫ガイアがいて、庭に埋葬してある。すごく愛された猫だから、その後の3匹の猫の守護天使みたいになっていたに違いない。

 そのガイアのことを突然思い出し、気が楽になった。サリーの死後の運命が安心できたからだ。


 で、サリーに何度も言って聞かせた。

 「あんたにはね、実は、あんたの生まれる前に死んだ強いお兄ちゃん(実際は血のつながりはないが)がいて、天国から守ってくれているんだよ、で、サリーちゃんが死んでも、ガイアがちゃんと待ってて、天国でサリーちゃんを守ってくれて、世話してくれるからね」

 このストーリーは私の気に入った。

 サリーちゃん、今は思いがけなく苦しいけど、こうやってママがそばについてるし、天国に行ったら今度はガイアに守られてまた元気に遊べるんだよ。

 すごく安心感がある。

 死後の世界って、こういう時のためのストーリーなんだなあ。

 自分より若い小さなものに死なれる時に特に力を発揮するストーリー。

 「畜生道に堕ちる」みたいなのは、「ペットの死」向きじゃない。

 私が死んでも、ガイアやサリーが楽しくやってるとこには行けそうもないが。

 私はストーリーなしで死んでも納得するつもりだったが、猫に死なれるときには、貴重だ。
 生と死って、存在のモードが変るだけ、っていうのが実感になる。

 そうなると、前に失った猫の記憶も貴重だし、次から次へと生と死が別の生と死を豊かにしてくれるのかもしれない。誰もがそういうストーリーに少しずつ貢献していけるんだとしたら、死は決して喪失ではないし、ましてや敗北ではない。

 近いうちに、前に『聖者の宇宙』という単行本で出したものが文庫化されるはずだが、生と死を超えたこういうインターアクティヴで賑やかな関係って、悪くないなとあらためて、思う。
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by mariastella | 2010-07-02 23:47 | 宗教
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