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L'art de croire             竹下節子ブログ

ジャンヌ・ダルクは「痛い」のか

私は現在、白水社の『ふらんす』という月刊誌に『ジャンヌ・ダルク異聞』という連載記事を書いている。

来年にはまとまった本にする予定だが、先日、日本画家の松井冬子さんが子供の頃、ジャンヌ・ダルクの本を読んで感動して甲冑を身につけた女性の絵を書いた、柔道も習いたかったが父親に反対されたというような記事を読んだ。

松井さんといえば、少女の死体から内臓が見えていたり、幽霊画だったり、確か、「痛みが美に変る時」というTV番組のことについても読んだことがある。

松井さんのような美女で、作品はグロテスクで猟奇的な細密画のようなテーマというので、一昔の私だったら絶対に萌えそうなキャラだけれど、本気なのか販売戦略なのかやたらジェンダー・バイアスがかかっているところが、今の私には違和感がある。

女の痛みをくっきり描いて、女性たちはよく描いてくれたと同調して癒されるといい、男は逃げ腰になるような反応の違いは望むところだ、というような話もあった。
 
実際に松井さんはDVの犠牲者という話で、その話も典型的過ぎる。美貌や化粧や服装や学歴が作品と共に彼女にとって甲冑の役割になっているらしい。

で、芸大の博士論文が「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」だって。

ほんとなのか?

暴力と縁のない世界に生きてきた人間にとっては「痛みが美に変る」とも思えない。

 痛みは感情を形成し、それが理性の判断に影響を及ぼすというソマティック・マーカーの理論のは分るのだけれど、外的で視覚的な痛みは、自分の体の内外をモニタリングした痛みの情報と違って、別の回路を巡るとは思うが、それが「美」に向かうには、暴力にまつわる恐怖や屈辱の記憶みたいな「不当感」というファクターが関わるのだろうか。

 ティム・バートンの、『アリス・イン・ワンダーランド』では、ジャンヌ・ダルクの死の歳と同じ19歳のミア・ワシコウスカが甲冑を着て剣を手にして怪物を倒す。長く波打つ金髪。

 「痛い」のか?

 女の子が同調して憧れるより倒錯的なロリコン心を刺激しないか?

 「痛い」ジャンヌといえばベッソンの映画でのミラ・ジョボヴィッチのジャンヌも相当倒錯的だった。

 「痛み」はトラウマということらしい。

 暴力によるトラウマ、性的トラウマ、ジェンダーによるトラウマ、子供が大人になるトラウマ・・・

 constructionnisme social 理論も、ネガティヴばかりでは大いに疑問がある。

 ジャンヌ・ダルクは彼女の歴史の文脈では、異形ではあったけれど、多分、痛い存在ではなかった。火刑台の上でさえも、きっと、痛みの感情よりも畏怖を誘ったのだろう。

 若くも美しくもなく、女性ですらなく、暴力や痛みにさらされる人たちはたくさんいる。

 その人たちの痛みは決して美には変らない。

 痛みと美をジェンダー処理すると、そこからはじき出されてますます苦しむ人が出てくる。

 人は生まれた時の所与の条件から自由になって生き方を自分で構築できるという考えかたには実は、罠がある。その時の社会でより優位にある者のモデルを理想としがちになることだ。

 だから、女に生まれたものが男のように振る舞ったり、弱いものがことさら自分を鍛えたり、黒人や東洋人は白人の真似をしたりするのだ。優劣の解消という方にはなかなか向わない。

 難しい問題だ。

 だからこそ、勇ましく勝利したのに結局生きたまま火刑にされたり、人を救いに来たのに十字架にかけられて殺されたりしたジャンヌ・ダルクやイエス・キリストのような逆説的な人たちが必要なのかもしれない。
by mariastella | 2010-09-09 03:16 | フェミニズム
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
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