L'art de croire             竹下節子ブログ

ヴェルサイユ

 この前のコンサートの解説で、フランス・バロック音楽は、中央集権の絶対王政の国で芸術好きの王様が統治した時にだけ現れるタイプの総合芸術だと話した。特にルイ14世にとっては、音楽アカデミーもダンス・アカデミーも科学アカデミーも対等の存在で、音楽や踊りはユニヴァーサルな科学の一種だと見なされていたのだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチのような人がルイ14世に仕えていたら互いにさぞ舞い上がっただろうと、半世紀に渡ったヴェルサイユの造営にまつわるさまざまなテクノロジーを見て想像してしまう。

しかし、ダ・ヴィンチがいなくても、一人のクリエイティヴな絶対権力者がいれば、最終的にはすごいことができてしまう。

今は500ヘクタールしか残っていないヴェルサイユの敷地は当時は6600ヘクタールもあり、それが43kmに渡る壁で囲まれていた。
最初から、フランス各地の森から堂々たる大木を運んで植え変えるためにさまざまな技術が開発された。

かと思うと、比較的近間のコンピェーニュの森からドングリ300万個を集めて柏の木の道を造るために植えるなど、壮大なのか可愛らしいのか分からないやり方もしている。

ローマ郊外にあるハドリアヌス帝のヴィラ・アドリアナに行ったことがあるが、あれは、自分の征服した世界の風景を再現してしまうことで所有を確認するという壮大なテーマパークだった。

先月岡山で公演した時に後楽園に連れて行ってもらったが、あそこには、領主が再現した水田や茶畑があって、ヴェルサイユの広大な菜園だのトリアノンだのにイメージとしては近い。天皇家にも稲作や養蚕などがあるが、それはシンボリックであり風景の再現が趣旨ではないし、江戸時代の有力な武家たちも基本的には儒教的な質実剛健が旨だったから大規模庭園などは大っぴらに造れないし、審美眼のある趣味人たちも、茶室や盆栽など、どちらかというとミニチュアの方向に行かざるを得なかったのかもしれない。

ルイ14世の狙ったのは総合科学芸術センターの創出に近い。

ヴェルサイユや総合芸術としてのバロック・オペラが可能になるには、

「中央集権の絶対王政の国で芸術好きの王様が統治する」

という他に、実は、もうひとつ条件がある。

一定の期間、戦争がないことだ。

ルイ14世の頃は1678年から1688年の10年がそれにあたっていた。

この10年がなければ今のヴェルサイユはなかっただろう。

早い話が、ヴェルサイユの造営に「兵力」を投入できたからである。

スイス池と呼ばれている人工池は、それを掘るためのスイスの傭兵が重労働でバタバタ倒れたためにその名がついたらしい。

現場の労働者の七割以上が兵士であり、なぜなら、兵士の給料は市民労働者の三分の一だったからだそうだ。

労働者の日給は今にして2千円以下、現場監督でその2倍、片脚を失えば5万円ほど、片目で7万円、死ねば未亡人に20万円くらいの保障が出て、日常的に怪我人や死者が出ていたらしい。

個人的にはこういう時代には生きたくない。

私は自分の生まれた場所や時代の恩恵を十分受けている。

しかし、こういうルイ14世のような並はずれた人物が、並はずれたものを造って残してくれたことには結果的には感謝している。

大権力者が、人々を酷使して、死後に自分が入る広大な墓ばかり造っていた時代や場所に比べたら、ルイ14世の残してくれたものは、貴重な贈り物だと言える。
戦争で大量の犠牲者を出すこととはもちろん比べ物にならない。

ヴェルサイユのバロック音楽研究所には私の『からくり人形の夢』(岩波書店)が置かれている。精巧なバロック・オ-トマタもまた、ヴェルサイユに象徴される総合科学芸術の産物だった。

ヴェルサイユ宮殿では今、来年2月末まで、当時の科学技術展が見られる。
http://sciences.chateauversailles.fr/

夏のバロック・バレーの招待には行けなかったので、冬のヴェルサイユに久しぶりに行ってみよう。
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by mariastella | 2010-11-15 21:47 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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