L'art de croire             竹下節子ブログ

アラブ世界で起こっていること  その2 イランについて

今度の土曜日(2/19)、パリで、イランの故パーレビ国王(シャー)の次男であるアリレザの追悼式典がパーレビ未亡人であるファラ元王妃を中心にした関係者で行われる。

1月6日にNYでの彼の自殺を直ちに知らされた愛徳姉妹会のシスター・クレールはもちろん出席する予定だ。

11歳の頃からテヘランのジャンヌ・ダルク学校でファラの力となってきたシスターは、ファラの子供たちの中でもアリレザが特に優秀だったことを回顧する。

今93歳であるシスターは1979年に王(シャー)夫妻と同時期にイランを出てからもずっと彼らを陰から支え続けていた。

彼女が回想するのは、あのニューヨークの夜のことだ。

夫婦はイランを出てから、半年の間にエジプト、モロッコ、バハマ、メキシコとたらいまわしにされてきた末、1979年7月にメキシコでパーレビの癌が発覚した。手術の目的でニューヨークのコーネル医科センターに偽名で入院するために到着したのは10月20日、手術は24日だった。

ところが、その10日後、11月24日にテヘランのアメリカ大使館が襲われて人質にとられてしまう。

国王(シャー)一家の悪夢が始まった。革命政権は明らかに人質の解放と交換にパーレビの引き渡しを要求したのだ。

病院の前で、「王に死を」という叫びがやまず、当時13歳だったアリレザと8歳だったレイラ(2001年にロンドンで自殺)は恐怖と恥辱に震えた。放射線治療のためには、真夜中に起こされては地下通路を100メートルを息絶え絶えに歩かされて治療施設に赴かねばならなかった。その施設は数年前にパーレビの母を治療してくれたところで、王は百万ドルの寄付をしていた。

容態は悪化し、厄介な存在である王が治療中に殺されるのではないかと恐怖に怯えた彼らは中米のパナマに逃げた。

結局最初に受け入れてくれたエジプトに戻り、王は1980年にカイロで死んだ。

一家の忠実な友であり、保護者となったサダト大統領は翌年、イスラミストに殺害された。今回の民衆蜂起で去ったムバラクはその後で独裁者となったわけだ。

サダトを第二の父のように慕っていたアリレザは、さらなるトラウマを受けた。

アリレザは成長してからアメリカに居を構え、プリンストンで数学、物理、音楽学を専攻した後は、憑かれたようにイラン史にのめりこみ、コロンビアやハーヴァードで学位を得た。

兄のレザはNYにいるが、アリレザはずっとボストンを離れなかった。NYは瀕死の父を鞭打った場所であり続けたのだ。

44 歳で一人暮らしでピストル自殺を遂げたアリレザはアメリカで火葬された。

父を見捨て追いやったアメリカの地に埋葬することは問題外だった。
遺灰はファラがパリに持ってきて、2月16日のセレモニーの後で、カスピ海に撒かれる予定である。

ホメイニが1979年にイラン入りする前に、フランスに3ヶ月滞在したことがある。

その間に130 に及ぶインタビューが行われた。
そこでホメイニは、

新しいイランは表現の自由と宗教的マイノリティを尊重する完全で真実の民主主義国家となる

と繰り返し言明した。

無神論者のサルトルでさえ当時はそれを神の恩寵のように評価したものだ。
あの時点でホメイニは確実に「欧米」の支持を得ていた。

現在、当時のホメイニのインタビューや会見はすべて事前に提出されていたものであり、側近の委員会が答えを作成していたことが分かっている。

パーレビ国王(シャー)はイランの近代化を目指していた。その「近代化」は必然的に欧米出自の民主主義や人権理念に基づいている。19世紀半ば以来、イランのエリートは啓蒙思想やフランス革命のファンだった。

シスター・クレールは彼らのブレーンとして、コーランと聖書の共通点から普遍主義を引き出そうと白色革命に協力していた。

今エジプトで起こっていることは、彼女にとってデジャヴュのように不安を掻きたてる。

私は2月6日にタハリール広場で、コプトの司祭がミサを挙げて、その後ですぐにムスリムのイマムが結婚式を司式したことを話し、ムスリム兄弟団には社会政策はあっても人権だの平等だのに対する政策がないこと、イランの時と違って、若者がウェブでつながっていることを強調した。

また、ナセル時代に5年間投獄された元コミュニストで無宗教の作家ソナラ・イブラヒムSonallah Ibrahim( 2003年にカイロ文学賞を拒否して独裁政権を批判した)が、自分は今の若者が戦いもせずFacebookの依存症になっているだけだと未来を悲観していたので、このようなことが起こるとは信じられなかったと喜んでいることも話した。

そして、文明の衝突などと称してイスラムと西洋風民主主義が両立しないかのように、冷戦後の1990年以来、それまでの仮想敵だった共産主義をイスラミストにすり替えてきたメディアの弊害を話し、イスラムもキリスト教と同じルーツの普遍的救済を語る宗教であることを思い出させた。

民族や出自に関わらず、人は信仰によってあまねく救われるというのが普遍宗教であり、その「信仰」の中身や神の属性を都合よく変容させるのは人間なのだ。権力者が「神」の名を口実にする誘惑は大きい。

するとシスターは、そうそう、と言って笑い、敬虔なカトリックだったドゴールにまつわるジョークを披露した。

自宅の浴室でドゴールが裸になっていた時、ドゴール夫人がうっかりドアを開けてしまった。

「Mon Dieu!!」と夫人は言った。

「Pas entre nous.」とドゴールが答えた。

最初のは「あら、まあ!」という感じの「オーマイゴッド」だが、神のように崇められているのに慣れているドゴールは「私の神」と妻が呼んだのだと勘違いして「いや、我々の仲だから(神と呼ぶ必要はないよ)…」と答えたというのである。

アリレザの死以来落ち込んでいたシスター・クレールは少し元気になった。

イランの若者たちもリアルタイムで中東情勢を追っている。

これから情況がどうころぶか分からない。

93歳のシスターのオプティミズムが少しでもファラとレザの慰めになればいいのだが・・・
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by mariastella | 2011-02-15 02:22 | 雑感
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