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L'art de croire             竹下節子ブログ

ルルドの奇跡の起こり方  その1 (追記あり)

2011年3月27日、ルルドの新しい奇跡の治癒が宣告された。70件目で、6年ぶりのことだ。

(追記 : その後、68件目と数えなおされ、さらに、「奇跡の治癒」でなく「驚くべき治癒」として別扱いでカウントされなくなった。この後、2012年と2013年2別の認定があり、70件目は2018年2月11日に認定された。)

ルルドの国際医事評議会がその治癒が現代医学で説明不可能であることを認めたのは昨秋だが、それが最終的に神の恩寵の徴しであると宣告するのは、治癒を得たものが属する教区の司教で、今回はフランスのアンジェのデルマ司教がその任にあった。

アンジェの南にあるNotre-Dame des Gardes のミサで、現在65歳の教区民セルジュ・フランソワが2002年4月12日のルルドへの巡礼の際に「驚くべき治癒を得た」ことと、それがキリスト教信仰によって解釈できることを宣言したのだ。

デルマ司教は「奇跡」という言葉は少しばかりprésomptueux(厚かましい)だと思ったのでremarquableという形容詞に変えたのだそうだ。

これはルルドのペリエ司教が2006 年に判定基準を見直してから最初の治癒認定例になったものだが、要するに、現在の科学では説明がつかず、突如として起こり再発しない治癒であれば特に「奇跡」と言わなくてもいい。

ルルドの奇跡は1858年の聖母の出現にあるのだから、それをさらなる奇跡によって証明する必要はない、というわけだ。

これは、イタリアのサン・ダミアーノやボスニア=ヘルツゴヴィナのメジュゴリエでの「聖母御出現」に伴って数々の「奇跡」の治癒が語られたことに関する反発でもある。

今のカトリック教会は、新たな聖母の出現だの血の涙を流す聖母像などの「奇跡」を公式に宣言する立場を取らず、大きな逸脱がなければ「黙認」しているかっこうで、「奇跡」という言葉の価値が下がることを快く思っていない。

「奇跡の治癒」程度は、神にとっては決して難しいことではないのだろうから、治癒を得た者がそれを回心のきっかけとして信仰を深めて他者の回心をも促し得るかどうかが、ルルドでは問題となる。

今回のケースは、2002年4月と、9年前のことで比較的新しいし、治癒認定の基準も変わった後なので興味深い。

数回にわたって、その詳細を紹介することにしよう。

テレビの修理販売業者のセルジュ・フランソワは、1992年、40代半ばの時に頸椎ヘルニアの手術を受けた。

排膿管を入れた時の手違いで硬膜血腫が起こった。

左の腰と脚にひどい痛みが続き、歩行が困難になった。

毎日、理学療法士による施術を受け、鉱泉湯治にも滞在し、リハビリ・センターにも通ったがどうにもならず、ナントのペイン・クリニックに行き、毎日の鎮痛皮下注射を受けた。モルフィネのパッチ剤によって痛みはやや緩和したが、歩行障害は変わらなかった。

セルジュは元気な頃に2度、ルルドで病者を介助するボランティアの経験があった。

具合が悪くなってからは教区の主催する年に一度のルルド巡礼に参加するようになった。

そうして10年。

10年の痛みと苦しみ。

10年のルルド通い。

自分よりももっと悲惨な病人や障害者も見た。

多くの人が祈る。

泉の水を飲み、水浴し、持ちかえり、聖母に祈って行列をして、病者のミサにあずかる。

みんなが治癒を得るわけではない。

ルルドの巡礼の目的は、ほとんど、ただ、そこにいて、祈ることだけだ。

しかし、夥しい数のボランティアがそこで働き、弱者優先と連帯のユートピアのような場所だから、ピレネー山麓のすがすがしい空気と相まって、たいていの人はそこに来たことを後悔しないし、また戻りたくなる。

こうして2002年の4月12日がやってきた。

一体、何が、前の年と違ったというのだろう? (続く)

by mariastella | 2011-04-11 07:07 | 宗教
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