L'art de croire             竹下節子ブログ

ルルドの奇跡の起こり方 閑話休題

ルルドではいつも何か心身にいいことが起こりやすいのは、ここが「傲慢」からの解放地区になっているからかもしれない。

ではなぜルルドで「傲慢」から自由になれるかというと、

病気や障害の前で絶望したり孤独に苦しんでいる人が多いからかもしれないし、聖母の前でみんなが一種の退行を起こしてみんなが「乳兄弟」の仲になるからかもしれない。

「父なる神」を頂いた「きょうだい」というイメージでは、結局誰がその「父」の後を継ぐのかという父権的な権力や権威の継承争いも起こりがちだが、「乳きょうだい」で母の胸に頭を寄せ合っていれば傲慢はない。

平和革命が実現したかに見えるチュニジアでも

「自由で近代的で、政教分離で寛容なチュニジアを愛する! 」

と叫びながら多数で1人を吊るしてリンチしている動画がある。

ぞっとする。

リビアの反カダフィ軍もカダフィの傭兵をリンチしている。

去年のカンヌ映画祭に出品された『チャオセスクの自伝』というルーマニアのドキュメンタリー映画があるのだが、

ソ連と手を切るくらい全体主義的社会主義を批判していたなかなか骨のあるリベラルなリーダーだったチャオセスクが毛沢東や金日成に憧れの視線を向けた頃から、「独裁者」の道にまっしぐらとなった。

そのチャオセスクが1989年のクリスマスに妻ともども公開処刑されたシーンはテレビで流された。

報復とセットになっている自由や民主主義や寛容なんてあり得ないのに。

思えば、イラクもチュニジアもリビアもエジプトも、ムスリム国の中では、穏健なスンニー派が中心にいて一定の政教分離のある国だった。イラクのもと副首相ターリク・アズィーズはカルデア派キリスト教徒だったし、ムバラクもコプトを保護していた。

「民主化」の後はみな、憲法に宗教制限条項が入りそうだ。

イラクなんて、スンニー派、シーア派、クルドが政治に参加できるような配慮がされて、キリスト教徒はほとんどみな殺されるか逃げた。

「独裁者」が宗教原理主義者を牽制して一定の政教分離をしていた国々だからこそ、自由や民主主義の要求が生まれたのかもしれない。

二代目は別として、一代で「独裁者」となったような人たちは、最初はある種の「大義」に殉じる信念の人だったのだろう。

最初から誇大妄想や人格異常だったとは思えない。

アルコール依存が人格を変えてしまうように、権力や富が人を変えてしまうのだろうか。

傲慢とうぬぼれ、これが最も毒性のあるドラッグなのかもしれない。

誰でも少しずつ、これに汚染されている。

この二つから解放されれば、

心身はかなり楽になる。

ルルドは、ひょっとして、傲慢とうぬぼれのデトックス・センターなのかもしれない。
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by mariastella | 2011-04-15 20:04 | 宗教
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