L'art de croire             竹下節子ブログ

まだ公開されていない映画、など


Xavier Durringer の『La Conquête 』(征服)

フランスでは珍しい、現職大統領がモデルの映画が次のカンヌ映画祭に出品される。

検閲はなかったが、製作費の捻出はけっこう難航したそうだ。

「権力を得て妻を失った男」、というキャッチフレーズで、左派からは、来年の大統領選を前に、分裂している与党に利する御用映画だという批判も出ているのだが、まだ全貌を見ている人はいないだろうから少し好奇心がある。

私はサルコジが内務大臣やら財務大臣だった頃からものすごく嫌いだったし、近頃はそれも頂点に達しているのだが、この人の「外見」を見ると、けっこうつらくなる。

任期中ずっと小男、小人、などという形容をされてからかわれていることに対しては、ずっと気分が悪かった。

この人は子供の頃に骨結核を患ったそうで、その後遺症か、身体も少しゆがんでいて、動きがぎくしゃくしている。それを見るのもつらい。

そう言う外見のハンディと権力志向と伴侶へのこだわりはきっと切り離せないものなのだろう。

フランスはドゴールから、ジスカール=デスタン、シラクと、190センチを超す堂々とした体躯の大統領を選出してきた。社会党のミッテランは別として、同じ党派内でサルコジの宿敵であるドヴィルパンも長身痩躯のスポーツマンだ。

社会党前書記長のオランドは、非常に頭が切れそうなのに、下ぶくれで愚鈍な印象で損をしていたのが、ダイエットをして、すっかり精悍な感じになって大統領候補予備選に名乗りを挙げている。といっても、社会党シンパですら、頬のこけたオランドを貧相で老けた、と言ってこき下ろしている人がいる。

社会党で一番人気のDSKは、このところ中年太りがひどくて重苦しい感じであり、オランドに倣ってダイエットしなくては、と揶揄される。

オランドの元伴侶だったセゴレーヌ・ロワイヤルは4人の子の母であるのに相変わらず美しいということで、それはそれで、フェミニストの神経を逆なでするような形容をされる。

そのセゴレーヌのライバルとされる現書記長のマルチーヌ・オーブリは、激務のストレス太りか、完全に「おばさん」外見となり、これもセクハラめいた揶揄の対象になっている。

社会党の別候補のマニュエル・ヴァルスなどはスマートだ。

庶民的というより小汚い感じだったボルローは最近与党を離れたが、アルコールを断ったとかで、前よりすっきりと小奇麗になった。

病気や生活習慣などを別にしても、背の高さや体形、性別などは遺伝子に左右されるから、どうしようもない与件であるのに、今のようなビジュアルな時代にはそれが発現内容の印象をかなり左右する。

公職を目指す人間はその外見もまた公的なものになるわけで、外見を整えるのも公衆を尊重する意思表示のうちだろう(日本の大震災の後で民主党が一斉にロゴ入りの作業服を新調したなどというエピソードも思い出したが、実質のないコンフォルミズムはまた別の話だ)。

ピューリタン的な政治的公正の規制が比較的少ないフランスは、政治的信念やマニフェスト、個人のカリスマなどと、「見た目」のギャップが比較的軽々しく口にされる。その中で、けっこうなハンディを背負いながら、権力と金と美女を手に入れてそれを誇示するサルコジの運命の不思議は、やはり最初の現職大統領ダネ映画が製作される原動力になったのかもしれない。

そう言えば、今年のカンヌには、ウッディ・アレンの新作にサルコジ夫人がチョイ役で出演している。彼女は出席を辞退したが、サルコジは是非観に行きたいと言っていたが、この時期にまずいと言ってとめられたそうだ。

身体的な外見や社会的出自を含めた与件と、行動の選択と自由意思との関係については、いろいろな哲学者が考察してきた。

私が今一番おもしろいと思っているのは、サイトの掲示板でも触れたヴォイティラによるトーミズムの現象学的再考である。

長い間ヨーロッパの知的根幹をなしていたアリストテレス-スコラ哲学は、「西洋近代」が脱キリスト教化した時に、視野から外れてしまった。これを再統合しないと、思想と行動の間にある不確かさが見えてこない。

昨夕は、佐藤俊太郎さん指揮のチャリティコンサートに行った。

短い間にボランティアの奏者を集めて、よく自分の表現したいものを伝えられたと感心した。彼のモティヴェーションが奏者の一人一人に伝わったのだろうし、聴衆にもよく伝わった。

パリは復活祭休み中なので心配したが人もたくさん来ていてほっとした。

モーツァルトのテンポもイメージ通りだったし、アンコール曲がG線上のアリアでなじみの深いバッハの第三管弦組曲も、後に続く連帯と再出発を促すように奏でられて、このところ震災報道で過飽和していた心が癒された。

この曲ならもっと少ない構成でもやれるから、他のバロック・アンサンブルとの組み合わせが可能かもしれない。

この先の展開を調整中。
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by mariastella | 2011-04-16 20:14 | 雑感
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