L'art de croire             竹下節子ブログ

Piss Christ とクラナッハ

先週の日曜は復活祭前の「枝の主日」で、イエスがエルサレムに入城してから逮捕、処刑、埋葬、復活するまでをたどる聖週間が始まった。 

信者が小枝を持ち寄って聖水をかけてもらう特別なミサの後で、アヴィニヨンで展示されていたAndres Serrano の有名な『Piss Christ』が、カトリック教条主義者たちによって損壊された。

十字架のキリスト像の写真を尿の入ったケースに入れたというこの作品を私は2008 年のポンピドーセンターでの『Traces du sacré』展で実見したことがある。
「冒聖」のコーナーにあって、アメリカでも展示禁止になったことがあるというこの作品をこうやって普通に展示できるのはフランス的だなあ、と好感を持ったのだが、今回は、アヴィニヨンの司教が「クズ」だと言ったこともあって、実際に壊した人たちが出たことに驚いた。

作品としては確かに泡立つようなオレンジ色っぽいものの後ろにぼーっと磔刑図が浮かぶもので、タイトルが明言していなかったら、それが尿かどうかなんて分からない。実際はどういう仕組みになっているのかよく分からない。

ケースが壊された写真を見て、

http://www.lepoint.fr/debats/piss-christ-l-art-et-la-provoc-22-04-2011-1322530_34.php

それがもろにキリストの顔を傷つけているのも皮肉だし、「中身」が出なかったのかと気になったりした。

これに対してフランス司教会議はすぐに「行き過ぎ」の行為を批判した。

他の意見としては、イスラムにまつわる「冒瀆」には戦々恐々としている社会がカトリックにだけは何でもありでリスペクトを欠いているのは公平ではない、とか、現代アートだの「表現の自由」そのものを聖なるものに祀り上げて、それを少しでも傷つけるのはアートや表現の自由に対する冒瀆だとして騒ぐのは矛盾しているとかいうのもある。

十字架像に汚物を注ぐというテーマは現代の人間がキリストに対してしていることを象徴しているのだと言う人もいる。

作者であるSerrano自身は、自分はキリスト教アーティストだと言い、冒涜や挑発の意図は一切ないと言っている。修道女であり美術評論家である人もこの作品が冒聖だとは思わないと言っている。

私はどうかと言うと、アートであろうとなかろうと、個人的に、糞尿とか血とかを見せつけられるのが嫌いなので(そう言えば虫の死骸をびっしりべったり貼り付けた作品などもあったっけ)、この作品がこのタイトルとセットになっている時点で好きではない。

でも、テーマとしては、罪なき救世主がよってたかって傷めつけられて十字架に釘打たれるという残酷刑を受けている時点で、もう十分衝撃的だと思うので、そこに糞尿が加わろうが、大したことはないと思う。

陰惨な磔刑図が普通に聖なるものとして受容されていること自体が驚きだ。

私がフランスに来て一番にみたいと思った絵の一つは、アルザスのクラマールにあるイーゼンハイムの祭壇画の磔刑図だった。ユイスマンスの影響もあるが、当時のペストの流行と言う背景を考えても、一体どうしたら、こんなにおどろおどろしい磔刑図が描けるのか、実際に見て考えたかったのだ。

その後、もっと古い中世のいろいろな磔刑図も見てきて、その素朴とも言えるあからさまな残酷さに驚かされ続けた。

復活のキリスト、栄光のキリストを図像に掲げる宗派の方が理解できるし、彼らから見たら、磔刑像そのものが冒聖ではなかろうかと思うほどだ。まあ、だからこそほとんどの使徒が、その場から逃げだしたわけで、「なかったこと」にしたかったのである。

そんなことを考えながらリュクサンブール宮にクラナッハ展を見に行って、また衝撃を受けた。彼は16世紀だが、その頃も、血まみれのイエス像への信心が盛んで、とにかく顔も体も血だらけのものが多い。

クラナッハと言えば、これも、グリューネヴァルトと同じコルマールでかなり見たわけだが、イメージとしては、真っ白で胸が小さく猫背で下腹が出ているような小児体型でどこか倒錯的で不健康そうな裸婦像が印象に残っていた。藤田嗣治の裸婦像と重なる部分もある。
クラナッハについては表現主義的な印象を持っていなかったので、女性像のプロポーションの悪さは何となく、古い人だからデッサンが「下手」なのかと思っていた。

実際は、すでに解剖学や遠近法などが浸透したルネサンスの人なのだから、「下手」は選択の結果だった。

今回のクラナッハ展を見ると、彼が肖像画の天才だったことが分かるし、「下手」なんてものではなく、相当な技術を持っていたのに、そもそもプロポーションやら写実を目標としていなかったということが、よく分かる。現代のコミック作家が自由なプロポーションでキャラを創るようなものである。

ルターと組んでプロテスタントのブロパガンダとしての宗教画シリーズもどんどん描いたし、同じテーマをカトリック相手には聖母と天使を付け加えて描いたりもしている。工房でのチーム製作とは言え、はっきりと個性のある作品の残存がなんと1000 点以上あるそうで、70点しかないデューラーなどとは異質のものだと言ってもいい。

彼はよく言われているようにデューラーのようになりたくてなれなかったというよりは、まったく違うロジックで製作していたのだろう。

独特の裸婦だって、当時の宮廷やブルジョワにはそれがエレガントだとして気にいられていたから量産したわけで、彼のデフォルメは、彼のスタイルとして認知されていたのだ。

その証拠に、極写実的なプロポーションの画もあるし、ゴルゴダの丘の三つの十字架につけられた三人の描き分けもはっきりしている。

イエスを罵った犯罪人が小太りで醜く、イエスに天国へ行くだろうと言われた犯罪人の方は痩せている。こういう風に描き分ける約束があったのだ。イエスはもちろん一番痩せている。

昔、「痩せたソクラテスになりなさい」と言った東大総長がいたことになっていた(実際は原稿段階のことで訓示からは削除されていたらしい)が、ソクラテスは痩せていたというよりがっちりしていたイメージだ(だからあわてて削除したのかもしれない)。

しかし、精神性と「痩せ」をセットにする傾向は古今東西あったのだろう。苦行としての断食が意志の強さや自己犠牲を連想させるからだろうし、浄化というイメージがあるのかもしれない(クラナッハの描くルターの肖像はソクラテス型のがっちり小太りの感じだが)。

それでも、クラナッハの時代に、女性像が豊満よりも貧弱な感じがエレガンスと見られたことはマニエリズム的でもある。

グリューネヴァルトとデューラーとクラナッハはよく並べられるが、表現者としてまったく違う意識を持っていたのだとあらためて知らされる。

それにしても、磔刑図や殉教図などの血まみれの宗教画を見た後では、Serranoの「冒聖」など、タイトル以外にはインパクトのない上品きわまるものに見えてくる。

なお、このPiss Christは破壊されたままの形で展示を再開されているそうだ。

破壊によってキリストの受難はますます真に迫ってきたのかもしれない。
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by mariastella | 2011-04-24 03:30 | アート
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