L'art de croire             竹下節子ブログ

宗教建築の素材の話

Arteでフランスのゴシック・カテドラル建築についての番組を見ていたら、今まで考えたことがなかったことを言っていた。

教会建築においては本来、木材がもっとも高貴で霊的でシンボリックだと考えられていたというのだ。しかし中世のヨーロッパで木が不足したためにやむなくカテドラルには豊富に採掘できた石灰岩などを使うことにした。石は木よりも不透明で霊的にも劣る。それで、その欠陥を補足するために、建物の表面に各種聖人像などを刻んだというのだ。

カテドラルを修復しているうちに、隠れた部分を鉄材で補強していたことも分かった。

鉄材は素材として、石よりもさらに霊性が落ちて、火での錬成を必要とすることから地獄と結びつけられることさえあった。イエスを救いのシンボルである木の十字架に打ちつけた釘も鉄だし、イエスの右わき腹を刺した槍先も鉄である。

そんなわけで、鉄材は、できるだけ目立たないようにただ天井部分の補強にのみ使われたと言う。木材も少しだが使われた。

日本の寺社建築が木造ではかなく、ヨーロッパの教会は石造りで耐久性がある、という対比ばかりなんとなく刷り込まれていたが、そんなに単純ではないらしい。

ヨーロッパも木材がもっと豊富だったら巨大な木造カテドラルの建築を目指していたのだろうか。

そう言えばノアの巨大な箱舟ももちろん木製だ。

バベルの塔はレンガで、ソロモンの神殿はレバノン杉や糸杉の他に石も切り出された。内壁はすべてレバノン杉で覆われ、石はまったく見えなかった。やはり「聖なるもの」は木材と結びついているらしい。

もっとも、ソロモンの神殿の要所には金もはられているから、金は別格だったのだろう。

「永遠」ということを考えると、木材はかなりはかない素材だが、それだけに「生命」と直結しているとも考えられる。

カテドラルの中も外も、最初は色が塗られていた。それも、石という素材を隠すためだったらしい。色(couleur)という言葉の語源は塗って隠すということだそうだ。

日本人にとって、ヨーロッパの宗教建築というともう一つは、ギリシャのパルテノン神殿のようなものを連想するが、キリスト教の神と違うからシンボルや霊性が違うのだろうか。それとももともと木材が足りない場所だったのだろうか。

それにしても、日本は草食文化、農耕文化、木の文化、西洋は肉食、狩猟、石の文化というような安易な対比はできない、とあらためて思う。
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by mariastella | 2011-04-24 06:33 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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