L'art de croire             竹下節子ブログ

フランス社会党のことなど

先週は社会党の大統領候補予備選挙に名乗りを上げている6人のTV討論があった。うち2人はマイナー候補で、今のところ、優勢なのは前々党書記長のフランソワ・オランド、前書記長のマルチーヌ・オーブリー、前回の候補でサルコジに破れたセゴレーヌ・ロワイヤル、二重国籍やら中途国籍取得の問題で今や「スペイン人」のアィデンティティが有名になってきたマニュエル・ヴァルスの4人。

DSKのスキャンダルもあったし、今のところ社会党にもうんざりしているので、原発についての態度のニュアンスの差に興味を持った程度で、政治的なことはここで書かないが、4人とも、人間関係やキャラが濃すぎる気がする。

なんだか「痛い」人たちも多いし。

今朝のラジオで誰かが、「2人のEX(元配偶者)が…」と言っていたが、オランドとロワイヤルは、4人の子がいるカップルだったのに、前回の大統領選でロワイヤルが敗退してから別れた。そのタイミングなども微妙な気がした。

威勢のいいロワイヤルに比べて、元ダンのオランドの方は、政治家ネタのカリカチュアの世界では、これまで何年も何年も「優柔不断で臆病」なキャラとして、しもぶくれの顔に半開きの口をとがらせて「う、う―」と口ごもる役割を振られていた。

ところが、新しいパートナーを見つけ、ダイエットして、今や精悍で権威のあるキャラにイメージチェンジしている。その過激な変化は違和感がある。多分もともと野心のある人だったのだろうけれど、「外見」がマッチしていなかったのだろう。

で、翌朝のラジオでは切って捨てたように、

「オランドは大統領、オーブリーは首相、ヴァルスは内務相、ロワイヤルは賞味期限切れ」

と評した人がいて、それもやけに当たっているような気がしてショックだった。

5年前にDSKを破ったロワイヤルは、一体なんだったのだろう。

前回の大統領選をめぐってのサルコジを描いた映画

La Conquête ( Xavier Durringer 監督)

を最近見たのだが、そこで、サルコジはロワイヤルとのTV討論の時に、「できるだけ落ち着いて相手にしゃべらせて、向こうを攻撃的な悪者に見せろ」という作戦を採用したことになっている。

そこには、女性が「口角泡飛ばして」熱弁することへの、ネガティヴなイメージの共有がある。

で、先日の討論ではロワイヤルは影が薄くて、オランドとオーブリー女史が熱弁をふるったのだが、新聞などで、

オランドについてはそれが「combatif」(闘争的)と評され、

オーブリーについてはそれが「agressive」(攻撃的)と評されている。

男にとって「戦闘態勢に入っている」のは、「覚悟が決まっている」、という感じで、女が「攻撃的」なのは「ギャーギャーかみつく」という含意が、絶対にぬぐいきれない。

サルコジはと言えば、まだ出馬も正式に表明せず、国内ではおとなしくしていて、リビアに行って、ベンガジではもちろん英雄扱いで感謝の絶賛を受けていた。 サルコジは「利権について何の下心もなく、するべきことをしただけ」とわざわざ強調。

とにかくこれで軍事行動が一応終結するなら、最悪の結果からは逃れられそうだが、シリアやイエメンはその後どうなったのだろう。

世界をいい方に変えるのは、力の衝突では、不可能だ。

DSKもNYでの逮捕劇以来4ヶ月後にTVでインタビューを受けていた。

NYの刑事裁判は起訴が取り下げられたが、パリではまだ予備調査段階で,過去の愛人の娘から訴えられているのに対して「キスをしたかっただけ。キスをしたくなるのはフランスでは犯罪ではない」ともどこかで答えていた。

で、TVでは、女性に対する自分の軽さに対して、この数ヶ月で反省して、これからはその軽さは永遠に失った、と、深刻な顔をして語っていた。

この「軽さ」というのは「弱さ」にも近い。

ある男性に対して「女性に弱い」と使う形容は、特別なものではない。

しかし、「女性に弱い」という言葉の裏で、実際は「力」による関係の強要を迫る人も多い。

DSKのように金と権力を持っていた男が、それを知っている女性にアプローチする時、自分が「軽い」だの「弱い」だの、「合意だった」だのというのは、欺瞞でしかない。

それでも、女性に対する弱さや軽さは、政治家としての「能力」とは別ですから・・・という話法で通し、それが何となく通用してしまうのは、フランスだけなのだろうか。

どんな「力」も、暴力となる可能性がある。

政治の世界でのアピールが、さまざまな形で、結局、「力の誇示」に着地点を求めるのは、そらおそろしい。
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by mariastella | 2011-09-21 18:16 | フランス
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