L'art de croire             竹下節子ブログ

横浜トリエンナーレ

9月の上旬、横浜のトリエンナーレに行った。 

3年前の秋、新港ピアでのインスタレーションなどがわりとおもしろかった。

http://spinou.exblog.jp/10264922/ 

そこで 「直島にあって、横トリにはなかったもの、それは、エレガンスである。」となどと書いたが、少なくとも、エネルギーやテンションはあった。 

今回は、そのエネルギーも減っていた。

メインが新港ピアのかわりに横浜美術館。

なぜかというと、民主党政府の予算の「仕分け」で、国際交流基金から横浜トリエンナーレへの支出がカットされたからだそうだ、それでもトリエンナーレを救うために横浜市ががんばって美術館を提供したわけだ。

前回のタイム・クレヴァスに続くテーマは

Our Magic Hour

ということで、タイトルのセンスは相変わらずいい。

でも、どこか、ちょっと残念でしたね、と言いたくなるようなコンセプチュアル・アートがほとんどだ。

ハインのスモーキングベンチなんて、アトラクションパークにおいたら誰にも見向きもされないんじゃないか。

映像作品でじっくり見たのはシガリット・ランダウの「死視」で、死海に五百個のスイカと全裸のアーティストがぐるぐる巻きになっているのがほどけていく。
スイカのいくつかは割られていて、真っ赤な実が見えているのが鮮烈だ。数珠繋ぎの渦巻きがゆっくりとほどけていく具合を上から遠くながめていると、一種倒錯的な魅力にとらえられる。

観客が言葉を並び替えて参加できるノイエンシュワンダーの作品は、日本語のバージョンもあって、「シゴトガホシイ」などという文が残っていたりするのは「はっ」とさせられる。駅の掲示板みたいだ。ゴルゴ13への依頼が紛れているかもしれないな。

GPSをつけた人がホーチミン・シティや横浜などをひたすらランニングする軌跡をドローイングと映像作品にしたものもあった。こういうのは私には苦手。

日本では、他にももっと伝統的な絵画展もいくつか見に行った。工芸すれすれの油絵もあった。3・11以後にスランプになった後、猛然と製作再開したという人も少なくない。

一点一点では気にいったものもあったが、こんなことなら3年前のトリエンナーレのノスタルジー(母と行くつもりでいたのがその数日前に倒れて、私は結局葬儀の前に一人で訪れたのだった)にとらわれずに、練馬区立美術館の礒江毅展のリアリズムの洗礼をうけておくべきだった、と少し後悔する。

フランスの大統領選に向けた社会党内予備選挙では、オーブリー女史が文化予算を大幅に増やすと言い、この赤字財政の中でそんなことをいうのは無責任だとオランドが批判していた。文化の擁護とプロモートはフランスという国のアイデンティティに関わるものだから財政が苦しい時にこそ切り捨てないでほしい。
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by mariastella | 2011-09-29 01:38 | アート
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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