L'art de croire             竹下節子ブログ

フラ・アンジェリコはアートの守護聖人

パリでフラ・アンジェリコを中心にした展覧会があるのでそのうちいくつもりだが、この人のことを考えると、ガウディのことへと連想がつながる。

フラ・アンジェリコ(Guido di Pietro, 修道名Fra Giovanni 。フランスではFra Angelicoと呼ばれて、イタリアでは Beato Angelico と呼ばれる。)は、1984年に、ヨハネ=パウロ二世から列福された。つまり聖人の前段階である「福者」となり、同時に、芸術家の守護聖人とされた。

列福とか列聖とかいうと、普通は複雑な裁判様の審議があって、条件の一つにはその聖人候補に祈ったとりなしによる「奇跡」の認定が必要なのだけれど、その他に、そのような繁雑な手続きなしで、地元ですでに人々から聖人扱いされている人を正式に認定するという道もある(というか、あった。その最後の者は1993年で、それ以降はまたクラシックな手続きが必要になったらしい)。

フラ・アンジェリコは、それを利用して死後500年以上経ってから正式に列福されたわけだ。

そのような例として、最後はドン・スコトゥス(John Duns Scot, 1266-1308、アイルランドのフランシスコ会士、神学者)や、リトアニアの初代司教聖メナール (1136-1196、聖マインハルト。このチョイスは冷戦終結時代と関係ありそうだ)あたりがいる。

フラ・アンジェリコの「フラ」はブラザーということだが(実際は1527年に神父に叙階されている)イタリアでの通称「ベアート」はすでに福者みたいなものだから、ローカルでの「聖人」化はすでにあったということだろうか。

もっとも「アンジェリコ」は「天使」という意味だから、その通称ですでに十分なのかもしれない。

ヴァザーリによる伝記は、彼が製作の前に祈り、描こうとしている人物や天使に共感して涙し、インスピレーションを受けて、決して修正しなかったという伝説を紹介している。

所属していたドミニコ会もかなり禁欲的で神秘的なところであったらしい。

といっても、フラ・アンジェリコは、金箔の使い方のイノヴェーション、遠近法のドラマティックな処理、アトリエでのチームワークの巧みなマネージメントなど、実際は、「現実力」も満々だった。

有名な『受胎告知』は、日本の美術の教科書にも載っていたし、最初にプラド美術館に行った時にも真っ先に「確認」したどこか原風景的な懐かしい絵だ。

しかし、驚くのは、いくら教会側の人間だったとはいえ、「職人」であるルネサンスの画家を、その芸術作品の価値をもって、現代になってわざわざ「列福」したと言うことである。

つまり、彼は、人々が崇敬し祈る対象として正式に認められたということだ。

ガウディ(1852-1926)の方は、2003年から列福調査がはじまり、2010年11月7日にベネディクト16世がサグラダ・ファミリア教会を祝別しミサを挙げた時に列福を口にしたので、その日は遠くないはずだ。

で、こういうメインの活動がアーティストという人物がカトリック教会の聖人になるのは、ガウディの前にはフラ・アンジェリコしかいないのである。

ガウディやその教会は、バルセロナの人にとって、ローマ・カトリックではなく、カタロニアのシンボルであるので、1992年から始められた現地の予備調査には反対の声が多かったらしい。

地元の人にとっては、地元の教会、地元の聖人、地元の聖家族こそが意味があるのだ。

作品が「聖性」の基準となるならば、ガウディの列福は、何よりも、サグラダ・ファミリア教会の持つ聖性のエネルギーの追認なのだろうし、フラ・アンジェリコの場合はフィレンツェのサン・マルコ教会のフレスコ画あたりのカリスマ性、いや、ルネサンスのフィレンツェ全体のアートの力が評価されたのかもしれない。

こういう場合に必ず持ち出されるのが「真・善・美」の三位一体なのだ。

でも、「真」も「善」も「美」も、その受容をめぐる関係性から常に離れられないとしたら、三つの統合は理想論だ。

それが成立していると見なされるものがカトリック教会の「聖性」の基準なのだろうか。

フラ・アンジェリコとガウディがOKだったら、ミケランジェロだって絶対に聖人になれそうだと思うのは、私だけだろうか。
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by mariastella | 2011-10-05 22:56 | 宗教
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