L'art de croire             竹下節子ブログ

Ça a débuté comme ça.

Ça a débuté comme ça(そいつはこんな具合にはじまったんだ)

という文は、セリーヌ(Louis-Ferdinand Céline)の『Voyage au bout de la nuit』(夜の果てへの旅)の冒頭だ。

この文体の衝撃がどのようなものだったか、今は、よく分かる。

単に話し言葉を取り入れたというより、そのスピード感、臨場感、直截性は並々ならぬものだ。

まえにも少し書いた(http://spinou.exblog.jp/16600046/)のだが、今年はセリーヌの死後50 周年に当たる。

文化相のフレデリック・ミッテランが記念行事を企画しようとしたのだが、反ユダヤ主義者を国が記念するのは共和国の名にもとる、と猛反対を受けてひっこめたという経緯がある。

昨日Arteでドキュメンタリー番組があったが、それによると、前の記事に私が書いたイメージよりも、セリーヌは、プチ・ブルジョワの価値観の中で育ったらしい。母親はパリの商店街でレースの店を経営していたので、要するに、フランスの小商人がユダヤの大商人に向ける当時一般的だった憎悪が普通にあったのだ。

それにしても、激烈なユダヤ差別言辞を堂々と書いたので、あれでは確かに弁解の余地がないのだが、もっと不可解なのは、そのある意味で月並みなユダヤ人への罵倒を何の品格もなく機関銃のように撃ちだすことが、 彼の美意識にとって全然平気だったのかなあ、ということだ。

晩年も、自分はむしろ犠牲者だと開き直って、謝罪の姿勢も全くないし。単に「世渡り」的にも理解できない。

彼の反ユダヤ言辞の下品さの前では、戦時中の斎藤茂吉の激烈反英米短歌など、かわいく上品なものである。

で、セリーヌがいろいろ愚痴を言いながらも平和裡にベッドの上で死んだことに対して今でも憤激する人がいて、ホロコーストの犠牲になったどのユダヤ人をとってもセリーヌより不幸なのに、と言う。

そうかと思うと、「天才だから無罪放免」と言う人もいる。

医学部の博士論文が、ハンガリーの医師の伝記であって、ほぼ文学になっているというのにも驚いた。感染症に対して先見の明があり過ぎて理解されずに不遇に終わった医師だ。

とにかく何がなんでも悪いのはいつでもみな他者であって自分は犠牲者でしかないというセリーヌの確信を導く心の向きというのは、医学部時代からずっと一貫していたようだ。

いや、やはり第一次大戦への参戦と負傷というトラウマが、「人は意味もなく殺し合うものだ」という絶望の根となったのだろう。

Blablaと言うフランス語はセリーヌが使いはじめたそうだ。

彼が嫌悪するblablaは、プロパガンダのように、意味のない言葉が垂れ流されるというものだが、今や「ブラブラ・ランド」といった掲示板があるように、ちょっとした「おしゃべり」という時に使われる方が多い。「ぺちゃくちゃ」という感じで、文脈によって侮蔑的でもあるし、他愛ない無害のおしゃべりだったりする。

セリーヌは、言葉が、不条理な殺し合いへと人を駆りたてたり黒い絶望を植えつけたりすることを憎んだ。

しかしその彼は言葉の天才であって、20世紀の壮大な愚かさを内側から照らして見せたのだ。

セリーヌは20世紀のフランス作家のうちでプルーストの次に多く各国語に翻訳されている人なのだそうだ。

彼がフランス文学界に与えた衝撃を、翻訳小説はいったい、どこまで、伝えられるのだろう。
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by mariastella | 2011-10-20 00:05 | 雑感
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