L'art de croire             竹下節子ブログ

カストロの憤激

カダフィの死について、キューバ前議長のフィデル・カストロがNATOを人類最大の野蛮な軍事同盟のような形容で罵った。

思えばカストロも革命の後で一党独裁のもと、50年間も元首として君臨し、清廉な政治を貫いたとはいえ、その後は弟が継いだのだから、「独裁者」のカテゴリーに入ると言えば入る。

しかし、石油マネーでうるおい、多部族が割拠する広大な国土のリビアのカダフィと違って、強大なアメリカのそばの小国で、自分も元はスペインからの植民者の子孫でカトリック系の学校に行っていたカストロとはまったく立場が違う。

権力者の社会主義的理念がぶれずにいる貧しい国で、権力者が自らの偶像化を禁じている場合は、亡命者は大量に出ているとはいえ、言論統制弾圧国家というよりは福祉国家路線を貫けるのだ。国の規模が小さい場合、国民に尽くす理想を掲げた指導者が長生きすると、独自の立ち位置を獲得する場合もある。

シルトでの避難先から逃亡するカダフィらの車を空爆したのはNATO軍で、カダフィは空爆では死なずに反乱軍に「処刑」されたらしいのだが、NATO軍が爆撃していた時点で、カダフィが死んでもいいと思っていたのは明らかだし実際に多くの死者が出た。四輪駆動の運転席で黒焦げになっているカダフィ軍の写真も出回っていた。

これは確実に、国連で合意を得たリビアの一般市民を守るという枠を超えた殺戮だ。

その時に、「国連軍」という名目ではなく、いわゆる「欧米」のNATO軍が手を下したというのは、グロテスクである。

こんなことならいっそ、もともと先走っていたフランスが自分たちの名で介入していた方が潔かったくらいだ。

ドゴールがNATOから脱退したのは「帝国主義欧米」の一枚岩を切り崩す意味でも悪くなかった。ブッシュ政権にすり寄っていたサルコジがフランスをNATOに完全復帰させたことの結果がNATO軍のリビア空爆なのは、下品でぞっとする。
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by mariastella | 2011-10-27 05:18 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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