L'art de croire             竹下節子ブログ

ロマン・ポランスキーの『ゴーストライター』

アメリカの司法との問題を引きずっていてスイスに監禁状態だった頃のロマン・ポランスキーが仕上げた映画『ゴースト・ライター』は、アメリカのピューリタニズムへの抵抗もあってか、フランスで必要以上に評価された映画だ。2011年のセザール賞の監督賞もとっている。

イラク派兵当時のマイケル・ムーア映画の高い評価のことも思いだす。

まあ、アートを楯にとってアングロサクソン文化との差異性を強調するのはフランスのお家芸の一つなのだから不思議ではない。
ハーグの国際刑事法廷を批准していないアメリカの仲間はイランや北朝鮮やパキスタンなのだということを英国の元首相が知らないというのはあり得ないが、それをからかっているのが印象的だ。

そんなわけで、舞台がアメリカで主要登場人物が皆イギリス人という設定なのに、映画は全てヨーロッパで撮影された。

批評家や業界の高い評価と対照的に、一般観客からは「失望」「退屈」の意見が目立っていた。私は敬遠していたのだが、最近つき合いで観る機会があった。

言いつくされているように、音楽やカメラワークは素晴らしくてサスペンスを盛り上げる雰囲気作りも繊細で堂に入っている。退屈とか冗長ということはない。臨場感は半端ではない。雨や風や空気まで体感できそうなくらいだ。

ただ、決定的につまらないのは、これは演出というより原作が悪いのかもしれないが、メインになる「秘密」みたいなのにインパクトがなさすぎなところだ。

最後の一見「意外などんでん返し」に見える「真相」発見も、よく考えると「それが、なにか?」というレベルであり、真実に迫るヒントを与えてくれるのが、主人公がグーグルで検索するとたらたらと出て来る程度の情報というのも拍子抜けする。

せっかく兵器産業の話とかも出てくるのだし、何かもっと壮大なスケールでリアルなディティールをたたみかけてくるならおもしろいのに。
雰囲気のディティールしかないのは残念だ。

主人公は、最初にロンドンの路上で暴漢に襲われてショック状態になるほど「普通の人」に描かれている。最後まで「巻き込まれ型」ヒーローであることと、ゴーストライターというステイタスが合致しているのは、よくできている。

主人公と元首相の妻との会話で、

「政治家になれずに政治家の妻になった」彼女と

「作家になれずにゴーストライターになった」主人公との

「人生へのわだかまり」みたいなものが一瞬交差するところがある。

それが最後の「真相」によって別の意味を持って照らし出されるので、人生における自由だとか選択だとかいう幻想がもたらす苦渋が、テーマと言えばテーマなのかもしれない。

そうだとしたら、謎の「真相」の肉付けがないのも、インパクトが足らないのも納得がいく。

しかし、そういうテーマならもっとよくできた映画や戯曲もあるから、評価の高さに比べると不全感を覚えるのは、否めない。
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by mariastella | 2011-11-02 09:01 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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