L'art de croire             竹下節子ブログ

G20が終わって。

今朝のラジオで外相、ヨーロッパ相、国務大臣としてサルコジにカンヌG20でぴったりくっついていたアラン・ジュペがインタビューに答えていた。

その中で、チュニジアで多数党となったイスラミスト政党がこれからはイスラムを基本理念にして、と言ったことについてコメントを求められていた。

そこには、「フランスはアラブの春を手離しで応援しているようだが、選挙をしたら結局イスラミストが勝ち、これではイランと同じイスラム革命になって藪蛇ではないのか」という考え方がある。

それに対してジュペは、「イスラムと民主主義が両立しないという一方的な決めつけはおかしい」とまっとうなことをいい、民主主義国が宗教を軸に据えるのは例外的なことではない、と述べた。

その例に出したのが、女王が国教会の首長であるイギリスである。

世界的に見て、民主主義が歴史的に無神論と結びついているような国はフランスくらいしかない。

で、誰もイギリスを民主主義ではないと言うわけではないのに、チュニジアのようにイスラムを軸にしようという新民主主義国家をそれだけで批判するのは間違っているというわけだ。それはそうだと思う。

政教分離のさじ加減というのはどこの「民主主義国」でも独自の文化や歴史やメンタリティによって、かなり違っている。イスラム国でもアラブ系ではないトルコやインドネシアなどでは、けっこうフォークロリックな政教分離が見られる。

また、近代世界を牽引したキリスト教圏欧米でも、16世紀の宗教革命や18世紀の市民革命の時点において、どんな教会が政治的にどのような勢力を持っていたかによって、その後の政教分離の建前と実際や、民主主義の落とし所は微妙に違ってくる。

私が感心するのは、「欧米」の内輪同士では、それらの差異を混同することなく、自分たちがどういう政教分離のどういう民主主義で、相手のそれはどういうものなのかをよく心得ているというところだ。

まあ、同じローマ・カトリックの根っこから分かれてあれほど激しく殺し合いを続けて血を流してきて、やっと棲み分けの智恵をつけた文化圏なのだから、当然だとも言える。

そして、そのくせに、非キリスト教世界や非欧米世界に向けては、まるで申し合わせたように同じ口調で「民主主義」や「自由平等」などを唱えるのだから、「圏外」の人にはなかなか実態を見抜けないし、「使い分け」のリテラシーも身につかない。

特に、たとえばアングロ・サクソンの情報源に頼っていれば、無神論系やラテン系の民主主義のニュアンスをつかむことは難しいし、「欧米」内談合の機微をうかがうのも楽ではない。(この辺の考え方のヒントについて書き下ろしたものを筑摩書房から近日出す予定です)

まあ、民主主義の理念などに興味を示すふりをする必要もないほど人口的にも経済的にも軍事的にも勢いがあって上り坂にある大国であれば、機微もへったくれもなく、リアルポリティクス一辺倒で押していけるのだろうけれど。

G20における日本の立ち位置というのは、「欧米」先進国と同じように疲弊して低成長なのに、「老獪パワー」仲間に入れてもらえるパスワードを有していない、空気を読めないヒトみたいだ。

フランスとアメリカは共に来年が大統領選であるし、共に現職大統領の人気が低迷しているし、財政的にも苦しい所にあるので、このG20ではけっこうなかよし路線を演出していた。「欧」と「米」とが組めば、ヘゲモニーはまだ盤石と思っているからだろうか。

そして、その「欧米」が実際に意味を持つには、「欧」がまとまっていなくてはならない。

「米」の一州が破産して米ドルから離脱するということがあり得ないように、ユーロ圏は少なくとも、通貨圏としては「一心同体」を前提として築かれた。

だからこそ、その中のギリシャが破産寸前となっても、基本的に、ユーロ離脱という選択肢はない。つまり、最初の規定に、「離脱手続き」が想定されていないのだ。

もしギリシャが離脱するという前例ができてしまうと、離脱手続きが既成のものとなってしまう。

それが何を意味するかというと、これから先、ユーロ圏内の主権国家に投資するリスクが撥ねあがるということだ。その国が立ちいかなくなればユーロから離脱して破産してしまうという可能性があるからだ。外部の投資機関にとっては、ユーロ圏の評価が下がる。

「一心同体=一蓮托生」が前提であってこそ、ユーロ圏の主権国は、それぞれが国債などを売ることができる。
だからこそギリシャがここまで深みにはまったのだし、格差のある国を組み入れたユーロ構想は最初から見通しが甘かったとも言える。

ともかく、「ユーロ圏は崩壊しない」という建前が維持できなければ、ユーロ内の主権国は、投資先としての価値を大幅に削減されてしまう。

それにいくら日本が赤字でも日本国債の債権者は日本国民がほとんどであるように、ギリシャの国債や他の事業にも他のヨーロッパ国がかなり投資しているわけで、そもそも全ての投資は、慈善事業ではないのだから、皆リスクと共にそれなりの恩恵を享受していたりそれなりの思惑があったりしたはずだ。

そんなわけで、独仏の必死のギリシャ救済は、別に義侠心の発揮ではなくて、ヨーロッパが、

「いつでも解体可能な寄り合い部品のロボットだから投資先としては向いていない」

と見られないために、

「生活習慣病で病に侵された内臓を見捨てないで治療を続ける一体化した人格」

と見られるようにがんばっているだけだ。

今の世の中では、「投資する価値」や「投資される価値」ばかりが評価基準になっているのは、国ばかりではない。

崩壊しかけているのは、何か、別の、もっと大切なものなのかもしれない。

(この記事の後半は、私のサイトhttp://setukotakeshita.com/の掲示板http://6318.teacup.com/hiromin/bbs?に寄せられた質問の答えに替えたものです)
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by mariastella | 2011-11-07 00:06 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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