L'art de croire             竹下節子ブログ

ローマ法王とヴードゥ教

ベネディクト16世は、2009年のアンゴラとカメルーンの訪問以来2度目のアフリカ訪問のターゲットをベナン共和国にしぼった。

べナン共和国は旧仏領で公用語がフランス語なので、フランスのニュースにはかなり取り上げられたし、現地の報告もフランス語で読める。

すごーく、微妙というか、明らかに、違和感。

前回は、アフリカにおけるエイズの蔓延の対策が話題になり、B16が飛行機でしゃべったことがいろいろ取り沙汰された。

ベナン共和国は、ヴードゥー教の本家だ。今のハイチやキューバに見られるヴードゥー教はみなこのベナン出身の黒人から伝わったものだ。

フランスの植民地だったこともあるせいかアフリカで一番古いカトリック教会が建っていたり、カトリック人口が34%もいるのだそうだ。
その他のキリスト教もあるし、イスラムも少なくない。それでも、単独の首長を戴く宗教としては、一応ローマ・カトリックが優勢ということだ。そのカトリック教会も、アフリカによくある妻帯司祭の問題の他、汚職とか、未成年との性スキャンダルとか、異教徒の習合とか、いろいろ問題あり、の様子だ。

しかし、なんというか、もっとすごいのは、いわゆる信者数としてはカトリックより少ないヴードゥー教が何と、1992年以来、ベナンの「国教」となっていることだ。この国の祝日は、カトリック・カレンダーのクリスマスや復活祭の他にラマダン明けもなんでもありで、1月10日はヴォドン(ヴードゥー)の大祭日。そして生け贄の動物の首がばんばん飛ぶ。

まあ、日本人の多くが、家の宗旨にかかわらず1 日1 日に「年神さま」をお迎えするとか、皆がどっと初詣でに行ってさい銭を投げる光景が極自然な風物誌になっているのと多分同じなのだろう。

ローマ法王が来るのは大歓迎で、大きなポスターが貼られて、みんなやんやのお祭り騒ぎ。で、ローマ法王歓迎パレードが繰り広げられる。それが、もろヴードゥーのトランスの踊りで、ローマ法王を歓迎しての生け贄まで捧げられる。

カトリックは基本的に生け贄はなし、だ。あらゆる生け贄は、神の子羊であるイエス・キリストの犠牲によって成就したと見なされる。

キリスト教文化圏の人には、公共の場で生け贄の血が流されるのを見るのは結構ショックなできごとだ。でも、ベナンの人は、全然気にしてない。いやそもそもベナンのカトリック信者も皆同時にヴードゥーをやっているのだ。それにしても、この屈託のなさ。

でも、たとえば、ある国が、外国から来るムスリムの偉い人を公式に歓迎するとしたら、女性はヴェールをかぶるとか、アルコールを出さないとか、豚は食事から外すとか、みな、あらかじめプロトコルをいろいろ研究すると思う。

普通にリスペクトするためでもあるが、宗教関係の人にはやはり気をつかうというのが普通だろう。しかも、ローマ法王は一国の首長でもあるし、一応ベナン人の3人に1人はカトリックということなのだから。

もちろんカトリックはインカルチャレーションで、現地の文化や伝統を取り入れることを奨励しているから、インドでは司教が額に香料を塗ってもらうこともあるし、ヨガのポーズで座るキリスト像などもあるほどだ。その意味では、ベナンがすでにカトリック・カルチャーであるからこそ、自信を持って教皇を歓迎しているのだろうけれど…

日本の諏訪大社の御頭祭でも、もうずっと、鹿や猪の頭の剥製を供えることになっていて、昔の血なまぐさい行事は姿を消した。そのことからしても、プリミティヴな文化で普遍的な「いけにえ」は、文明が都市化したり人工化したり自然と切り離されてきたら必然的にシンボリックなものに置き換わっていくのだという気がする。仏教では殺生が禁じられていることの影響も日本では大きかったろう。(神道も一応血を不浄として嫌っているはずなのだから「いけにえ」は別の民俗ルーツが習合したものかもしれないけれど。)

それにしても、ベナンでの教皇歓迎行事のエネルギー、トランス、生け贄の様子は強烈だった。

B16は、よく耐えていたなあ。

ダライラマがベナンを訪れるとは思えないが、ダライラマでも、こんなシーンでは、にこにこしてスルーするんだろうか・・・
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by mariastella | 2011-11-22 08:13 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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