L'art de croire             竹下節子ブログ

18世紀の五感カルチャー 対論シリーズにまた行く。

先日、国立図書館での18世紀の五感カルチャーについての対論の4番目、「視覚」にも出席してきた。

Michel Pastoureauの色彩の歴史についてはすでにいろいろ読んでいるのでなじみがある。
一方の「現場の人」は、デザイナーのJean-Charles de Castelbajacで、実は、この人の方が圧倒的に有名なようだった。会場も満員だった。

ディズニーキャラなどを最初にTシャツにプリントしたのはこの人だそうで、アメリカでも日本でも一世を風靡したが、当初、フランスではまったく売れなかったそうだ。私はまったく知らなかった。後でカタカナで検索すると、日本語のサイトもちゃんとあった。

2人の共通点は紋章学で、中世からの紋章の基本6色が現在国際的な交通標識に使われているなど、グローバル化していることが自慢そうだった。カステルバジャックにとっては、ポップなロゴというのはキャラクターに意味があるのではなく、それは、シンボルとしての色の組み合わせで、紋章のヴァリエーションなんだそうだ。

あるときブロンクスで3000人の黒人を前にしたドイツのテクノミュージャックのグループが彼のTシャツを着ていて、それを紋章という記号だと的確に把握していることを知って感激したそうだ。

この2人は「討論」にはならなくて、蘊蓄の傾けあいという感じだった。

それにしても、いわゆる団塊の世代に相当する同世代のこの2人が、対照的な外見を持っているのは印象的だ。学者のパストゥローはでっぷり太ってビール腹の爺さんという感じで、貴族デザイナー(レヴィ・ストロースとも血がつながっているらしい)のカステルバジャックの方は、スマートで若々しく、カリスマ性があって魅力を振りまいている。

先週は、女性同士で、学者の方は女優のような華やかなオーラのある美人、ダンサーの方は、もちろん美しくしなやかな体が分かる個性的な美人だが、2人とも今回の男2人より数歳年上の60代後半だ。こういう場所で舞台上で対談すると、肉体性が生々しくて、「個人差」の大きさを実感する。そういう差は、年をとるほど大きくなるのだろう。

誰かの書いたものを読む時に著者の風貌など特に考えたことがない。でも、五感について、学者と現場の人を対峙させるというこのシリーズの興味深い試みにおいては、この人のこの風貌がこの人の思想や表現にどういう影響を与えたのかと考えてしまう。「五感」というのが自己の身体イメージと切って離せない感じがするからだろうか。

18世紀というのは染料にパステルカラーが広く登場した時代で、特に服飾や装飾におけるピンクの勢いは凄かった。でも、パステルカラーには実は、いつも曖昧でネガティヴなイメージがひそかについてまわっているという話はおもしろい。パステルカラーの認識は「ニュアンスの認識」と同義で、ある種の洗練を連想させるのに、どこかにいかがわしさが伴うのは不思議だ。

純粋ではないという優生思想もあったらしい。たとえば、緑は青と黄色のミックスだから格が下という人もいたそうだ。

19世紀末にアンケート調査というものが登場して以来、ヨーロッパ中で、人々の好きな色のトップはいつも不動の「青」で、緑、赤、白、黒、黄などが細々と続き、嫌いな色はこげ茶、紫、オレンジ、ピンクなどだ、という話も、原色志向の根の深さをうかがわされる。

青は「自然」を想起する色でもあるそうだ。人間にとってもっとも大きな自然のスペースである海の色、空の色だから当然といえば当然だ。

今はどの国でも自然を守るエコロジーを掲げるのは「緑の党」ということになっているが、「青の党」にしたほうが実は訴求力があるんじゃないかと彼らは言っていた。日本語でも「木々が青々として」なんていうのは普通だから、ほんとに、そうかもしれない。
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by mariastella | 2012-02-09 04:18 | 雑感
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