L'art de croire             竹下節子ブログ

左派戦線とキリスト教

ちくま新書『キリスト教の真実──西洋近代をもたらした宗教思想』の再校が終った。4月8日頃書店に並ぶそうだ。

こういう本を書くと、私が「フランス・シンパだとかキリスト教シンパだとかカトリック・シンパなのでバイアスがかかっている」と思われがちなので閉口する。けれども、今、一応世界のスタンダードとして認知されている自由・平等の普遍主義が、ヨーロッパにおけるキリスト教の発展の歴史にルーツを持っているのは疑いがない。

これまでは、そうはいっても私自身、欧米帝国主義とキリスト教の連携だの、ヨーロッパ中心主義だの、ずっと前からある「キリスト教国が率先して戦争しているじゃないか」という冷笑や十字軍がどうだなどの言説の前で、もやもやしている部分があった。

もちろんそれらの批判そのものが、宗教と信仰とか宗教組織とか、理想と現実、本音と建前、歴史的、地政学的文脈の混同や、イデオロギー操作のせいで、妥当とはほど遠いのは分かっているのだが、それを整理していちいち反論するのもまた、フランスだのキリスト教へのシンパシーによるバイアスだと思われるのも面倒だった。

厄介なのは、そのようなアンチ・キリスト教言説は、別に非キリスト教国のナショナリズムとは関係なく近代西洋思想の核のひとつをなしているので、非キリスト教国の人も安心してそれにのっかって安易なキリスト教批判をできる土壌があることだ。

今回の新書ではそれを思い切ってある程度整理したのだが、今フランスの大統領選に出馬している左派のジャン=リュック・メランション(Jean-Luc Mélenchon)のインタビュー記事を読んで私の説が間違っていないとあらためて思えた。

欧州議会議員のメランションは社会党のジョスパンが首相時代に閣僚でもあった人で、社会党の左派として認知されていたが、社会党を離脱、今は、有名無実化しているフランス共産党(2007年の大統領選では当時の書記長のマリー・ジョルジュ・ビュッフェが共産党から出馬した候補だったが惨敗していた)と組んで、左派戦線というのを立ち上げて今回の大統領選に出馬した。皮肉なことに、極右の国民戦線の陰画のような部分があって、アンチ・リベラル、アンチ・ユーロ、ポピュリズムなどで、共通していると言われている。

大きな違いのひとつはもちろん反キリスト教、反宗教であり、国民戦線の「古きよきカトリックのフランス」の称揚とは対極にあると思われていたはずだったのだが・・・

なんと、メランションの母は熱心なカトリックで、幼い彼も母と共に日曜ごとに教会に行き、聖歌隊にも属していた。ところが、母が離婚して聖体拝領から退けられた。第二ヴァティカン公会議以前の当時の感覚では、「教会の出入りを禁じられ、コミュニティから追放された」くらいの強い否定である。

まあ、これでは、普通の子供はルサンチマンを持つし、教会嫌いになってもしようがない。

しかし、そのような組織としての教会には敵意を持つものの、「信仰は(跡の残る)火傷のようなもの」であるというメランションは、キリスト教的価値観をずっと持ち続けていた。彼の社会運動は、フランスのカトリックの労働司祭と呼ばれる左派の運動とずっと連動していたらしく、その人脈がすごく大きい。

で、彼は、

もし自分がキリスト教の中で育っていなければ、普遍的な人間性という神話を見るようにはならなかったろう

と言い切っているのだ。

ユニヴァーサルなヒューマニティ、それは確かにひとつの神話かもしれない。

強い者が弱い者を支配するとか、優れた者が愚かな者を統治するとか、地縁血縁があったり利害関係を共にする者の利益を優先してよそ者や厄介者は排除していいとか、そういう考えは、古今東西に見られる「現実」で、神話ではない。

そういう圧倒的な現実の中で、なお、すべての人は自由で平等であり、同じ尊厳を有する、ということを前提にすることは、神話的で革命的で、だからこそ、人間の自由意志による選択の無限の可能性を感じさせてくれる。

どんな人でも人生のどこかでは絶対に弱者であるのだから、この「神話」は、そこに向かって現実を変えていく努力をするために価値あるものだと思う。

筋金入りの左派であるメランションの言葉は、キリスト教評価における政治的思惑によるさまざまなバイアスをふり払うぐらいにはっとさせられるものだった。

ちなみに、メランションがフリーメイスンであることは彼の意図に反して知られていて、そのへんの兼ね合いも非常に興味深いが、それはまたべつの機会に。
[PR]
by mariastella | 2012-03-01 02:00 | フランス
<< 『マーガレット・サッチャー 鉄... 人間的か非人間的か >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧