L'art de croire             竹下節子ブログ

カトリック国の自殺について

サイトのForumに、ヨーロッパの経済危機のあおりで自殺が増えているというニューズウィークの記事に関して、イタリアやスペインはカトリック国なのに宗教は自殺の抑止力にならないのかという質問があった。

そのことについて少し。

このNewsweekの記事はフランスでも紹介されたことがある。
それに関して「今のヨーロッパのリーダーのしていることこそヨーロッパ自体の自殺だ」というコメントがあったのを覚えている。

で、それとは別に、イギリスのUniversity of Warwick という大学で、プロテスタントの伝統国とカトリックの伝統国の自殺率についての比較研究(Sascha Beckerさんが責任者)もあるので紹介しよう。

その結果は、自殺率がプロテスタント国では10万人につき15.5人、カトリック国では8.9人ということだった。

この比較には、19世紀と21世紀のプロイセン、および最近のOECD10カ国のデータを使ったそうだ。

なぜプロイセンに注目したかというと19世紀のプロイセンではカトリックとプロテスタントが共存していて、そのどちら側にも、宗教は生活のすべての面で重要な要素であったからだ。 で、その頃は、プロテスタント側の自殺がカトリック側の3倍と、明らかな差があった。

その理由として、プロテスタンティズムにおける個人主義の強さ、カトリシズムにおける罪の意識を挙げている。それは今でも有意の差があるわけで、宗教は生き方だけでなく死に方にも影響を与えているわけだ。

もちろん、そもそも人が自死を選ぶような時は、本能的な生存欲求というのを超えてしまう異常な精神状態にあるわけで、そのような非常状況においては「宗教」のことなど考えていられないだろうから、「罪」の意識などが大きな抑止力になるとは思えない。それはどの国の場合でも同じだ。

ここで書きたかったのは、それでも、そもそもなぜカトリックで自殺が罪であるというコンセンサスが浸透していたかということだ。神学的な理屈でなく、一昔前(つまり半世紀前の第二ヴァティカン公会議前)の「カトリック国の普通のカトリックの人たち」の意識である。

彼らにとって自殺が取り返しのつかない「罪」であるのは、死後に地獄に落ちて、最後の審判の後で復活するチャンスを永遠に失うからだ。

で、自殺以外の罪ならば、極端に言って、たとえ他殺であっても、敗者復活のチャンスがある。

なぜなら、「人を殺したがそれを後悔している」と聴罪司祭に告解すれば、贖罪(祈り、断食、巡礼などいろいろ)を課せられるとしても、とりあえずは、告解さえすれば、神の名によって「罪障消滅」を宣言してもらえるからだ。

重い罪でとても生きている間には償えないとしても、煉獄に入って苦役するとか、他の人に祈ってもらうとか、いろいろな方法で、セカンド・チャンスがある仕組みになっている。

「赦し」や「救い」は神の側にのみかかっているのであり、神の愛は無限だから、どんな極悪人でもそれを「期待すること」はできる。それを期待し、神の愛を信じること自体がすでに「救い」のロジックの中にあるのだ。

こう書くと、自殺がなぜ、他殺よりも救いのない「最悪の罪」なのかが理解できるだろう。

つまり自殺とは、

「本人が告解することのできない唯一の罪」

であるからだ。

死んでしまえば、司祭に会いに行くこともできない。

「自殺」が悪いのではなく、「告解ができない」のが致命的なのだ。

結果として、神の愛や救いに対する信頼を「自由意思」によって封印することになる。

神は全能ですべての人を救えるのだが、「自由意思で救いを拒否した人は救えない」という構造になっている。それが自分の似姿として人間を創造した神によるリスペクトであり、人間は救いを拒否できる自由を行使できる。

ただし、自死を選ぶような人が、真の意味で「自由意思を行使する」精神状態にあるかどうかは別の話なので、刑法で犯罪者に「心神耗弱」や「心神喪失」が認められれば刑が減軽されるように、自死した人を救うかどうかだって、決めるのは聴罪司祭のマニュアルではなく、最終的には神でしかない。

だから、刑法に人権主義が取り入れられてきたのと同じように、 自殺者に対するカトリック教会の扱いも変わってきたわけだ。

なんだかんだといっても、人間は、それなりに想像力を広げて(いろいろな人の身になって)、互いに寛容になってきていると思うし、それは、いいことだと、すなおに思う。
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by mariastella | 2012-07-02 07:34 | 宗教
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