L'art de croire             竹下節子ブログ

プラハで考えたこと その3

プラハで実感できたのは、この国の人々やこの町の隅々にはりついて今も脈打っているような消し難いルサンチマン、白山の戦いのトラウマだ。

チェコ人はみな、ヤン・フスの孤児である。

ほとんどあらゆる教会の内部を炎の舌がゆらぎのぼるようなバロックの装飾で飾り立てた執念は、たんにハプスブルク家からやってきたカトリック候たちだけの趣味や教育的戦略ではない。生き延びるためにカトリック教会への忠誠を誓い、それを証明しようと決断したフスの孤児たちによるパフォーマンスだった。

でもフスの孤児たちの内なるウィクリフ主義は、ポーランドやハンガリーにもしっかり伝播していた。

これらの国における、フスゆずりの反抗精神と、カトリック世界のネットワークを利用できる可能性とのふたつは、社会主義政府に支配されてソビエト共産党の圧力をうけていた時代にも生き延びていた。

だからこそ、これらの国から共産圏は少しずつ崩壊していった。

1956年のハンガリー動乱、1968年のプラハの春、1980年のポーランドの連帯(ソリダノスク)組合の結成、などは、それを雄弁に物語っている。

考えてみたら、いわゆる宗教改革の百年も前にフスが火刑に処せられたのが1415年、白山の戦いでプロテスタントのチェコ貴族が全滅させられたのが1620年だ。

チェコ人は、表向きのウィクリフ主義を捨ててそれを内奥の埋め火としてとっておくことにするまでに、実に200年以上もかけたわけだ。
日本の長崎の一部の隠れキリシタンのような規模ではなく、それが民族アィデンティティになるほど広く強烈なものだった。

そしてその精神は、国中がカトリック化しようと、壮大なバロックの装飾が完成しようと、脈々とうけつがれて、埋め火は消えることがなかった。

市庁舎前の広場の石畳にはめこまれた27の白い十字架は、1621年に白山の戦いの指導者の生き残り27人が処刑されて首をおかれたところだと言われる。それを見守るように、巨大なフス像が建っている。

プラハ城では、反乱の鎮圧のきっかけとなった1618年の、神聖ローマ帝国から乗り込んでくる王を認めないボヘミア人が国王の役人のうち2人を窓から投げ落としたという事件が起こった場所も見学した。

私は、もちろん、ラディスラフ・クリマのことを考えた。

ドイツ人やユダヤ人と親しく交流して複数の言葉を自由に操った彼の到達した「神」の形に至る道を用意したのはやはりプラハのこの独特の空気だったと思う。

つまり、言葉は悪いがある種の偽善性、バロック芸術に執拗に投資することによってカトリックへの迎合をみせた過剰反応とその底に流れるアィデンティティの違和感である。

こういうものは、やはり、理屈だけではなく、町の中にいてはじめて腑に落ちる感じがするものだ。
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by mariastella | 2012-07-07 01:19 | 宗教
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