L'art de croire             竹下節子ブログ

『La Vierge, les coptes et moi(聖母とコプトと僕)』

Namir Abdel Messeehの『La Vierge, les coptes et moi(聖母とコプトと僕)』

をうちの近所のレトロ映画館に観に行った。監督との質疑応答があって、その後で館内レストランでも話し合えた。

最高におもしろかったけれど、あらゆる意味で私の関心事とかぶさるテーマだったからだろうか。

私は1968年のカイロでの聖母のご出現や、2000年のAssioutでのご出現のことをくわしくウォッチングしてきたし、去年のエジプトの「革命」の前と後を観察したり、コプトが迫害されている状況をいろんな観点からチェックしていたり、監督で主人公であるメセ-の育ったフランスの状況を同時代的に知っていたりする。

そうではなくてまったくの部外者(たとえば日本に住んでいる平均的日本人)としてこの映画を観たのだとしたらどういう感想を持っただろうかは、想像しにくい。

エジプトのコプト(東方系キリスト教徒)の共同体の日常が文字通り内部から描かれているのを見るのは興味深いものだった。書物で知るのと人々の姿を見るのとでは全く印象が違う。

エジプト人のコプトはムスリムを嫌い、ムスリムはコプトを嫌い、そのどちらもユダヤを憎んでいる、なんていうことがさらりと口にされる。

「でもマリアはユダヤ人では ?」

「いや、ユダヤ人がマリアを聖母と認めないからマリアは我々の母なんだ」

1967年の中東戦争でイスラエルに負けた後で国の連帯を強くするためにナセルがカイロでの「聖母出現」を演出した、または利用したと口にする人もいる。

エジプトはイシス女神の子、エジプトは人類の母、ナイルは血。イスラムには「母神」キャラがないのでイエスの母マリア(ミリアム)をムスリムも愛した。しかし、コプトたちはアラブ人の侵略された時にイスラムに改宗しなかったコプトこそ真のエジプト人であると自負している。

コプトたちの担ぐ聖母子像の「みこし」がやけにカトリックぽいデザインだし、そこかしこにどう見てもルルドの聖母風の聖母像が掲げられているのはなぜかと思ったが、コプトの伝統というより、19世紀にやってきたカトリック系ミッションスクールが流布させた画像らしい。やはり1830年のパリ、1858年のルルドのご出現がなければ、聖家族の亡命先になったエジプトといえども突然イエス抜きの聖母が出現することはなかったのかもしれない。

それに「聖母」というより「聖処女」と呼ばれているので「穢れなき処女神」のイメージがまずある。

で、我らのマリアは最強だ、不可能なことなし、という感じの掛け声というかお囃子のようなものがマリア行列で叫ばれる。

エジプト人でムスリムかコプトかを見分けるのは簡単。コプトは腕に十字架を刺青している。マリアの名や図像を刺青しているものも多い。そこにはあきらかにグアダルーペの聖母の図案もある。

腕にするコプト十字の入れ墨は子供の時に入れるので、泣き叫ぶ子供をおさえて十字架を入れているシーンにはぞっとした。(このシーンについて映画の後で監督とも話し合った。彼にはフランス生まれの妹が一人いてエジプトにも全く足を踏み入れたことがなく、宗教も含めてすべてを嫌悪しているそうだ)

一方のムスリムは、日に五回這いつくばって祈るので、額にこぶというかあざができているので一目で分かるという。

でも、まあ、こうやって「村の生活」の実態を眺めると、はっきりいって、隣り合う村同士のムスリムとコプトの違いよりも、都会と田舎の違いだの、国や世代の違いだのの方が大きいのではと感じた。宗教的熱狂やら祭の様子も、キリスト教がどうとかいうより、民衆信仰のスタンダードな形である気がする。聖母の出現もその文脈にあるわけで、教会の丸屋根に光が現れたら、人々はエクスタシーに陥ってさまざまな病気に「奇跡の治癒」が起こるのだ。

この映画を撮るきっかけになったのは、ナミールが母のうちでクリスマスに、2000年のご出現ビデオ(Assioutで何日間も続き、何十万人もの目撃者がいて撮影もされたものだ)をみんなで観ていて、自分には何も見えなかったのに、普段は教会へも行かない母親が突然自分には見えた、と言ったのに驚いたからだ。

(このご出現のビデオはネット上でもいくらでもあります
またapparition vierge marie assiout egypte でyoutube 検索するとたくさん出てくるし、1968年版の写真も出てきます。私が最初に聖母ご出現について本を書いた時はまだそういう時代ではなかったのでもっと好奇心をそそられました。今ならウェブ上でいろいろな好奇心をそれなりに満たされるのでアウトプットしていなかったかもしれません)

実際は、プロデューサーを見つけたナミールが現場に行ってもこれという証言は得られず、映画製作の資金提供を打ち切られてしまう。ナミールの窮地を知った母がフランスからやってきて金策を担当してくれることになった。(母は、フランスのカタール大使館の会計を担当していて、その関係を使えたのか、この映画はフランス・エジプト・カタール合作ということになっている)

結局、母の出身地のコプトの村でご出現シーンを映画に撮ろうということになり、村人たちに「出演」してもらう。文化祭のようなそのさまはコミックで、みなが非日常を楽しんでいるような、ただ金を欲しがっているような、一種の祭のような独特な高揚感がある。

で、かなりチープな、その「ご出現」とそれを見て叫んだり歓びの声を上げたりする群衆の姿、という「短編映画」が完成して、みんなに見てもらうことになった。

人々はスクリーンの上の自分の姿に笑い、知り合いの姿に笑い、ドタバタの思い出にも笑う。

ところが、教会の屋根に光が輝いて、聖処女役の少女がふわりと降り立ったように見えるシーンになると・・・

笑いがやんで、会場がシーンとなる。

外の犬の鳴き声が聞こえてくる。

子供たちの目も大きく開かれる。

監督のナミ―ル・メセ-は、エジプトとフランスの二重国籍だが、エジプトの身分証明書には宗教を入れる必要があり、20代の頃、自分は信じていないからと言ってキリスト教であるというのを削除したことで故郷から非難されて、この映画のロケまで15年も帰っていなかったのだ。

政治犯だった父と母は、おさないナミールをおいて1973年にフランスに亡命して、ナミールは叔母に育てられていたが、やがてフランスに渡って教育を受け、映画学校を卒業した。

この映画はベルリン映画祭では観客賞ドキュメンタリー部門の第3位になった。同じ頃カイロでも上映されて賞をとり、エジプトの映画評論家が絶賛したので父ははじめて息子の仕事を認めて、その評論に「あなたは分かっている」という賞賛の手紙を出したそうだ。

エジプトでは実は、コプトやムスリムという以上に、社会的な階層の差別意識が強くて、ナミールが故郷で貧しく蒙昧な人をだまして撮影した、という批判がすぐに起きたが、試写会に出ていた彼のいとこ(村の男で映画の中にももちろん登場する)が立って、「そんなことは一切ない、みんな合意で楽しんだ」と反論してくれたのが嬉しかったとナミールは言っていた。

実際のところ、完成作では、まるで突然エジプトに行ったナミールが限られた時間で速攻ででっち上げたドキュメンタリーかのように構成されているが、ほんとうは、試行錯誤を重ねて3年かけて撮影したものだそうだ。

だから現地の人々も、ナミールの意図を理解し作品を共に創り上げていく時間があった。

上映の後で、おさない子供2人を連れて家族でやってきたナミール・メセ―と話すことができて楽しかった。

私の質問したのは両親の反応と、モンタージュ中に起こったムバラク政権の倒壊とそれに続くイスラム過激派によるコプトの迫害やテロについてどう思うか、それはこの映画の仕上げにどういう影響を与えたかということだった。

結局、故郷の村自体では、革命後も、貧しさも変わらないものの、これという「迫害」もない。

迫害だのテロなどは、それなりのメディア効果のある場所で起こるのだ。

宗教の問題ではなくて権力や政治の問題なのだろう。

それでも、その犠牲になって死んだ人や亡命した人は膨大な数に上る。

でも、それは権力や政治の問題、経済的、地政学的な問題から来ているのだから、宗教的な地平で解決できるものではない。

こういうところで宗教的な語彙を繰り出してことをおさめようとすると、ますます対立に拍車がかかることになりかねない。

だから、やはり、ヒューマニズムや自由、平等の普遍主義を盾にして、暴力の衝突なしにさまざまな人が共存するする道を辛抱強く切り開いていくしかないと思う。

「本物」ではないとみなが分かっている「聖母ご出現」のシーンを見ただけで、村人たちは、現実のいろいろなことを一瞬忘れて、「聖なる」次元で結びつく体験をした。

それが意味するのは、、「どっちが正しい」とか「真実はどちらにある」とかの問題ではなく、それを超越して人々が一体化し得る地平が確かに存在し得るということなのだろう。

映画による表現はそれを実現するマジックの一つであり、この映画はその手ごたえを確かに感じさせてくれる。
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by mariastella | 2012-10-15 04:25 | 映画
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