L'art de croire             竹下節子ブログ

南蛮文化館 (続き)

毎年5月と11月だけ所蔵作品を展示する大阪の南蛮文化館では、安土桃山の南蛮文化時代の工芸品が日本の七宝螺鈿蒔絵細工の黄金期と重なっているのを見ることができる。

偶然この黄金期が南蛮文化到来の時代と重なったので、キリスト教用品や家具もどんどん発注されて輸出された。今はそれを逆輸入したものを見ることができるのだ。

しかし、螺鈿細工とキリシタン工芸があまりにもシンクロしたので、キリシタンが禁じられてからは、螺鈿はキリシタンを連想させて危険だということで、この華やかな装飾は急激に姿を消したのだそうだ(南蛮文化館の方が解説してくれた)。

その後で東京の根津美術館で柴田是真展を見て、是真が江戸末期から明治に西洋美術と接して新しいスタイルを確立していく過程をながめると、蒔絵細工が、キリシタン文化が廃絶された反動もあって、どのように侘び寂び系に変わっていったのか、それがまたどのように西洋化していくのかが分かっておもしろい。

しかし、ある意味で、十六世紀後半の日本の美術や工芸に南蛮文化が刻んだ影響は強烈だったので、政治的理由でその後、形は変わったとしても、日本文化はそれ以来、深いところで決定的に変容したと言ってもいい。

もちろん、シルクロード以来、西からやってくる文化が東の果ての島国に入って新しい文化を形作ってきた連鎖が「日本文化」なのだから、「純粋の大和文化がキリシタンによって汚染された」などという話ではまったくない。

ただ、日本は島国でその先が太平洋で行き止まりだったから、西から多様な文化が入ってくるとそれがじっくりと練り上げられて、それまであったものを応用、援用しながら錬金術が展開されていったのは事実だろう。

それは、南蛮から伝わった銃砲の技術がまたたくまに美的にも実用的にも洗練されていったことからも分かる。

螺鈿の技術にも、西洋家具やキリシタン用具による要請によって、新しい養分を補給されてわっと爛熟したような面がうかがえる。

南蛮文化との接触は、職人たちにとってさぞや刺激的なものだっただろう。

キリシタンはセミナリオにおいて西洋楽器や西洋絵画も学んだ。

日本人によるはじめての油絵が描かれたのもこの頃だ。

麻布油彩の聖ペテロ画像は、南米から伝わったと思われていたようだが、実は17世紀初頭に日本人によって描かれたものであるらしく、まるでルネサンス聖画のようだが、キリシタン禁制後はなんと「出山釈迦図」として伝わったことで保存されてきたらしい。

とはいっても、日本は中国と同様、文字も絵画も軟筆を使用する文化だから、知識階級と画師は重なることが多い。

つまり、西洋のように硬筆のペンで文字を書く階級が、軟筆で面を描く絵師に絵画を発注する、という形の分業が確立しない。

中国文化圏では一枚の紙に一人の人が書と画を組み合わせることが普通にあったからで、その代わり、画は必然的に描線中心になる。

もちろん襖絵や屏風絵のように広い面積の装飾画を制作する職人はいたけれど、書と同じ筆勢で描線や輪郭線が重視される伝統は、その後のコミック文化にまで連なっている。

おもしろいのは、宣教師たちが持ち込んだ聖画の数が限られていたので日本の信者たちがそれを模写して祭壇画にする場合に、木版油彩であっても単色の線描画になっていることだ。

南蛮文化館に行ったちょうど前の日に、奈良の大和文華館で「清雅なる仏画-白描図像が生みだす美の世界」という特別展を観た。

画も文字も毛筆で、時には同じ紙に神仏の姿と名や属性が描かれる。

宗教上の崇敬対象になるものについてこれほどまでに白描図像の伝統がある国なのだから、突然、面や陰影重視の西洋聖画が入って来ても、またその技法を教えられても、必要に迫られた聖画の模写が自然と線描になったのは不思議ではない。

それでも、南蛮美術の到来によって、日本の美術のDNAはどこかで確実に変異した。

その変異の流れは、表向き宗教と分離し、カトリックのように聖画が蔓延しないプロテスタントのオランダとの交易によって、ひそかに種火に空気を送られながら、幕末や明治になって息を吹き返して新しく進化したのだ。

その過渡期に生きた是真の作品をみるとその一つの流れが分かるし、今回原宿の太田記念美術館で前半展示と後半展示の両方を観ることができた月岡芳年の浮世絵の画風の変化を見ても別の流れが分かる。

逆に、19世紀の末、日本の浮世絵の線描のインパクトはヨーロッパ絵画に衝撃を与えた。

是真の作品はウィーンやフィラデルフィアやパリの万博で絶賛された。

欧米におけるジャポニズムの衝撃があれほど大きかったのは、それが実は、すでに16世紀後半に起こっていた白描図像と南蛮文化とのハイブリッドであったからなのかもしれない。
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by mariastella | 2012-12-09 04:41 | アート
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