L'art de croire             竹下節子ブログ

戦争と平和 -- シリアの話とマリの話

シリアの話

数日前、イスラエル軍がシリアに空爆した。

シリアの武器をレバノンに移送するのを妨げるためだと言われている。

バッシャール・アル・アサドの政権が数週間後に倒されるとしたらその後で化学兵器やミサイルなどが大量にヒズボラの手に渡るのではないかと恐れられているのだ。

確かに、マリの北部に進出したテロリストたちもスーダンやリビア経由の高性能の武器を持っていた。

数日前には、シリアの反政府軍(フランスはこちらを認めている)の「大使」がラジオに出ていた。

今は狭いアパルトマンを使っているが、パリ市長が「大使館」に使える場所を提供してくれる予定だという。

「一般市民が殺されているのには反政府軍にも責任の一端があるのでは・・」

というインタビュアーの質問に

「そんなことはない、我々には市民を殺す利益がない」

と答えていた。

つまり、自分たちの利益になるのなら一般市民を殺すのもいとわないということだ。

内戦の情勢についての報告にはバイアスがかかりまくっているのでどこまで信じていいのか分からないが、この答えの方は本音そのままかもしれない。

もとより、味方の利益に反するものを殺すのを是とするのが戦争だ。

軍事先進国が武器を製造するのをいっさいやめれば戦争の被害は少なくなって戦争そのものも起こしえなくなるのだが、地球と人類の存続を脅かす核兵器の廃絶でさえできないのだから、「武器の製造と保持」の欲求とは何か人間の生存戦略のDNAに組み込まれているのだろうか・・・

マリの話

2月2日、トンブクトゥをオランド仏大統領が訪れた。

すごい歓迎ぶりのようだ。

「大本営発表」のバイアスはあるとしても、トンブクトゥにフランス軍が入った日に生まれた息子の名を「フランソワオランド」にしたという父親の談話とか、それまで333聖人の町と言われていたトンブクトゥにオランドを加えて334聖人の町と呼ぶことにしたとかいう話が伝わってくる。

イスラミストがトンブクトゥの聖人廟などを偶像崇拝だとして破壊していたのはアフガニスタンの世界遺産をタリバンが破壊したのと同じで、「イスラム過激派」の「悪」を国際的な合意にする要素でもあった。

独裁者サダム・フセインやカダフィ大佐を「討伐して人民を解放」というタイプの戦争をしたブッシュやサルコジの戦争が長引いたのと違って、不安定なものとはいえいわゆる「政府軍」の方を支援して「侵略者」を追放した形のオランドはかなり得をしている。

サルコジはくやしくて歯ぎしりしているかもしれない。

マリは確かにフランスの植民地ではあったけれど、アルジェリアやチュニジアのようにアラブ系のイスラム国ではない。

海岸もないし、いろいろな部族が昔から争ったり同盟を結んできたりを繰り返したが、13世紀のマリ帝国(マンデ王国)の偉大な神話(私はこれについて『キリスト教の真実(ちくま新書)』で触れている)にこだわるナショナリズムが強固であるので、そのナショナリズムを共有しない部族や地域とは折り合いが悪い。

昨年3月のクーデターまではアフリカの民主主義国の手本だと言われることもあったが、西洋近代の民主主義の概念からするとかなり無理があるものだった。

マリのイスラム教はスンニ―派の中でもマーリク法学派で、どちらかというと普遍主義を標榜して地域ごとのローカルな適応を認めるもの(カトリックのインカルチュレーションみたいなものだ)だったらしい。

そこに1945年以来サウジアラビアからのワハビズム勢力が入って来て西アフリカのイスラム教をアラブのイスラムに「回帰」させるグループが生まれた。アラブのイスラムと西アフリカの関係はその頃からすでにかなり緊張をはらんでいたのだ。

政治的には、1960年の独立以来ソ連に接近し、社会主義的政策をとっていたのに、共産圏崩壊以降はお決まりのように、社会政策の部分を私営化したり、先進国とのパイプのできた一部の資本家だけがブルジョワ化したりするなどの道をたどった。

憲法上は政教分離しているのに実際の社会では結婚、葬礼、相続などほぼイスラム法通りで、当事者の対立が起きない限りは昔からの慣習法が生きている。

男女同権を盛り込んだ民法改正も2009 年に挫折した。

そもそも、民主主義とは言っても、死刑制度、一夫多妻制、失業問題などに関する民衆レベルの議論などはすべて、モスクなど宗教の枠の中でばかり行われているそうだ。

公用語であるフランス語を駆使できる国民はわずか8%しかいないし、文盲率は75%だという(この数字は、この記事の他の情報と共にル・モンド紙2013/1/29の人類学者Gilles Holderの記事から引用したものだ)。

人々は多言語で、それぞれが地域の宗教共同体の中で自分たちの言葉を使って話しているわけである。

このような状況の国だから、日本だのフランスだのといった政教分離が進んでいて文化基盤のある一言語を維持している国などから現在のマリの問題の解決についてあれこれシミュレーションをするのはとても難しい。

で、結局、国を再建するための資金をともかく提供するという話になり、日本がEUよりも多額の援助をするという記事も読んだ。

で、その資金で何を買うかというと、テロリストを牽制するためにマリ政府が軍事強化するための軍資金に当てられるのだ。

それでまた軍事産業が儲かり、世界の武器の総量と破壊力が増えていく。

まったく、何とかならないのだろうか…。
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by mariastella | 2013-02-03 01:40 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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