L'art de croire             竹下節子ブログ

B16(ベネディクト16世)のリタイア その2

B16のリタイア宣言から一夜明けて、どの新聞も一面にそのニュースを掲げているし、コンサバ系新聞やカトリック系新聞は特集も組んでいる。

カトリック週刊誌は今週の発売を一日はやめて水曜朝に特集号を出すと言っている。

速い。

もっとも、ローマ教皇が高齢なのだから、いつ急逝するとも限らないわけで、そのような新聞はその時のために基本的な回顧記事などをいつでも動員できるようにストックしてはいるだろうが、「リタイア」は想定外だったので、ある意味で新鮮な記事が多い。

で、私も昨日の記事に補足しておくと、

現行の教会法は教皇のリタイアを禁じているわけではない。

1983年に改定された教会法の 332-2 に、教皇の辞任が自由意思でなされてしかるべく通告されるなら、誰の合意も要らない、と書いてある。

ローマ教皇とは、いわば「立候補しないで選挙でえらばれる独裁者」なのだが、辞任する時は彼を選んだ枢機卿たちの合意は要らない。

一度選ばれたら、辞めるのは神との間の合意だけでいいわけだ。

もう一つは、「自由意思」と言うところで、前の1917 年の教会法では、221条に、ローマ教皇が辞任する場合は枢機卿をはじめてとしていかなる人物の合意も必要ないとだけある。

B16の前にローマ教皇が辞任したのは1415年のコンスタンツ公会議でのことだが、その時は、大分裂時代の終りで、ローマ、アヴィニヨン、ピサと3人の教皇が権利を主張する混乱を収拾するためだった。

アヴィニヨンの教皇は最後まで辞任しなかった。

こういう場合の「辞任」は政治的圧力がかかっているのだから、「自由意思」かどうかは分からない。

それを避けるために「自由に」という言葉を盛り込んだのがようやく1983年だったということだ。

もともと「辞任」の可能性を教会法に持ち込んだのは、ボニファティウス八世(在位1294-1303)だ。

彼の前、もともと隠遁修道士だったのを駆り出されたケレスティヌス五世が1294年に選出されてすぐに「やっぱり無理」と辞任した時に、後任のボニファティウス八世が自分の正統性を固めるために明文化したらしい。

枢機卿たちから教皇に選出された時点でそれを受け入れずに辞退することも可能だ。

だが、選出するのは人間でも、日に二回祈り、四回投票して、神の加護と聖霊の働きをみなが信じての結果だから、辞退も難しい。

学者肌のB16は、JP2にヴァティカンに呼ばれた時も辞退して受け入れられなかったし、教皇に選出された時はギロチンの刃が落ちたような気がしたとまで語っていたが、JP2は、「枢機卿たちの選択は正しい、受け入れるように」と後継者へのメッセージを残していたそうだから、さからえなかったのだろう。

もっとも今の教会法にも、辞任した法王に対するプロトコルが書かれていない。やはり「想定外」なのだ。

彼が終身の司祭や司教であるのはそのままで、ローマ名誉司教となるらしいが、新教皇を補佐する枢機卿にはならないと思われる。どのような服を着るのか、公的式典に招待されるのか、その時の場所はどこかなども分からない。

13世紀末に辞任して修道生活に戻ったケレスティヌス五世は結局「聖人」の列に加えられた。

B16はこの人の聖遺物棺の上に、教皇選出時に着けた綬を置いてから、長く祈ったことがある(2009年4月28日)。

ケレスティヌス五世は、もともと聖人の誉れが高い人で、だからこそ1294年7月に85歳の高齢で選出されたのだが、12月には辞任し、2年後に亡くなり、死後17年を経て列聖された。

B16は8年近くもよくがんばったが、きっと、いつもこのケレスティヌス五世のことが頭の隅にあったのだろう。

中世と違って、ローマ・カトリックの「守備範囲」はグローバル化している。

教皇に向かって表明される悪意や批判や揶揄も半端なものではない。

ムハンマドをカリカチュアするとイスラム原理主義者につるし上げられる時代が、B16ほどカリカチュアライズされた教皇も少ないだろう。

JP2は、長い年数を全うしたが、コミュニケ―ション能力にすぐれていたし、晩年の姿はあまりにも悲愴で、その「十字架の道」が人々のリスペクトをひきだしたので、B16よりも攻撃を受けなかった気がする。

一般に、英雄や独裁者の「引き際」というのは難しい。

あまりにも長生きすると、「生きた聖人」にはなるが、功績も時代の波に洗われるのでだんだんと矛盾も出てくる。

チェ・ゲバラは永遠のヒーローでも、フィデル・カストロやネルソン・マンデラは、信じられないような試練を経てきた不屈の人たちだが、その長生きぶりを見ると、「もともと丈夫な人たちなんだなあ」とも、つい思ってしまう。

ちょっと愚鈍なイメージのあるルイ16世もギロチン台の上では聖人のごとく死を受け入れた。

イエス・キリストや使徒たちに続いたキリスト教世界には殉教聖人というモデルがあるから、悲惨な死を栄光に変える伝統がある。

もっとも、倒された「独裁者」でも、しっかりと「処刑」されずにリンチにかけられた場合は「聖人化」は起こらない。

ムッソリーニとかカダフィとかの姿も浮かぶ。

エジプトのムバラクが老いて病気なのに「寝たきり」で出頭させられるような姿も後味は悪い。

ヒトラーのように自害してしまうのも、被害者にとってフラストレーションが残るだろう。

やはり軍事独裁者だったナポレオンは、島流しになって隔離され、よく分からないまま病死、ということで「伝説」の最後の部分を中途半端なものにした。

ナポレオンを殉教者としては死なせないというイギリスの戦略は効を奏したと思う。



どんな小さな権力でも、人は一度手に入れた権力をなかなか自分からは手放せない。

B16は教皇職を「権力の行使」と見なさずにひたすら「奉仕」と見なしていた。

その「奉仕」をまっとうするのに心身の限界が来たので辞めさせてもらう、ということだ。

巨大な聖ペトロの船の船頭となるには身体的、心理的、霊的な強い力が必要だというのはもっともだが、ほんとうにそんなことを冷静に考えていたら、そんな力を備えている人間なんているんだろうか、という気にもなる。

老いて病んで死ぬという「人間の条件」を最後まで受け入れて見せるというJP2も人間的だったが、

「身に余る荷を下ろす」というB16の選択もまた人間的である。

JP2の闘病と任務遂行には、「人間の条件」の困難に対して「撃ちてし止まん」という壮絶さがあった。

「人間の条件」に対して従順に、逆らわない、という自然体とはまた少し違う印象を与えた。

B16の「辞任」の選択は、別の謙虚な勇気を感じさせる。

B16はかなりの「猫好き」で、ヴァティカン内の修道院に引退しても愛猫を連れていくのかどうか、などと言われている。(猫好きというところに「権力型」でなくて「奉仕型」というのがよく現れているなあと納得する。猫に奉仕させていただいて生きている人はもしそれが不可能になったら新しい奉仕者を探す責任があるのだ。)

ともあれ、私がフランスに住むようになってから4度目のコンクラーベがもうすぐ始まることになる。

「教皇不在」から15日から20日のうちにはじめなければいけないことになっている。

でも今回はそれまでにすでに17日間の準備があるわけだから、「根回し」などももう始まっているのだろうか。


巨大な聖ペトロの船の船頭となるには身体的、心理的、霊的な強い力が必要だとB16が言うのはもっともだが、ほんとうにそれを冷静に考えていたら、そんな力を備えている人間なんているんだろうか、という気にもなる。

いや、霊的な力の部分には、人間とは別の力が働くんだろうけれど。

次の教皇がどのような人間性を発揮しながら聖霊に生かされていくのかを見てみたい。
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by mariastella | 2013-02-13 00:02 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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