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L'art de croire             竹下節子ブログ

「黒人法王」という言葉からの連想でまた考えたこと

その後、次のローマ教皇選出のコンクラーベ開催が早まるという見通しになった。

空位になってから15日-20日以内というのは逝去の場合なので、基本的には空位の期間が短い方が行政的にも不都合が少ないし、3月末の復活祭に向けて新教皇がリードしていける期間をつくれるのは望ましいからだろう。ローマにはもう続々と枢機卿が集まっているそうだ。

こちらのメディアでは、今でも、保守的なカトリック界を揶揄する調子で「じゃあ、次は黒人法王で」などという論調がまだ残っている。

この言葉を聞くと私はcygne noir、つまりブラック・スワンのことを思い出す。

日本語では「白鳥」に対する「黒鳥」だ。

たとえば「馬」なら、色と関係ない「種」の一般概念で、白馬とか黒馬とか言ってはじめて色が分かる。

でも白鳥や黒鳥は「白い鳥」や「黒い鳥」のことではなく、特定の鳥の種類だ。

ヨーロッパ語のスワンだとかシーニュだとかいう単語には最初から白くて首の長い渡り鳥である鳥の種類を指している。

色のある動物でも、突然変異で色素がないアルビノスという白い個体が一定数で生まれることは誰でも知っているから、「白い・・」というのはどんな種の場合でも、例外としてのイメージができている。

でも白い集団に突然黒い個体が生まれるというのは多分あり得ない。

で、「ブラック・スワン」は仮定としても考えられなかった。

だから、オーストラリアでスワンと全く外見が同じで色だけが黒い鳥の集団を実際に「発見」したヨーロッパ人にとっては、「ブラック・スワン」は、「非現実なことが有無をいわさぬ現実になった」ことの代名詞になるほどの衝撃だったのだ。

同じように、「ローマ教皇」という言葉のイメージに中にはもう「白人」というのが属性のように刷り込まれているということで、「黒人法王」という言葉が発せられる度にヨーロッパ白人は信者も非信者にも戦慄が走っているような気がするらしい。

白鳥に白いという形容詞がつかないように、これまでの白人教皇は「白人法王」とは言われない。

近代以降の法王は「白い服」を着用するのが習慣になっているので、赤や黒が基調の枢機卿たちの間で一人「白服に赤い靴」の教皇の「白い」インパクトは大きいが、肌の色とは関係がない。

「人」という言葉にも色がなく、その下位概念に「白人」とか「黒人」とかいう言葉があるわけだけれど、この分け方だって、分類学を始めたヨーロッパ人たちにとっては、自分たちこそが色の形容を必要としない「人間」であって、他の大陸で「発見」した人種を勝手に「黒」とか「黄色」とか呼んで、いちばん色素の薄い自分たちを「白」としただけで、本来ならスワンはスワンのままに残しておきたかったのかもしれない、と勘ぐってしまう。

日本語では黒人とか白人とかいうけれどヨーロッパ語では「黒」とか「白」など色の名そのものだ。

では日本語の方が肌の色の多様性にリスペクトがあるのかと思うが、黒人、白人という言葉は普通に使われても、「黄人」とは言わない。

アジア人とか黄色人種とかになる。

これってやはり、黒人や白人は色だけで形容してもOKだが自分たちは別という意識(または無意識?)かもしれない。

そもそも、日本人にとって、白人は別に白くなかった。

キリシタンなどが西洋からやってきても、白人は「紅毛碧眼」などと髪や目の色で形容され、肌の色で形容する時は「赤鬼」だったりした。

日本では昔も今も、「白塗り」の化粧というのはあるし、高貴な女性は深窓で過ごし日焼けしないで白い肌、というようなイメージがあるし、歌舞伎などでも二枚目や殿さまは白塗りだ。

だから、いわゆる白人を見ても、「赤ら顔」の印象があっても、「白い」ことは彼らの属性ではなかった。金髪碧眼のような違いの方がさぞや珍しかっただろう。

そして白人の深窓の女性などは大航海をして日本に渡ってこないだろうから、白人女性独特の白さなどはあまり目にする機会もない。

それにしても、肌の色の違う人のことを「白」とか「黒」とか呼び捨てにする国にいるといろいろ抵抗のあることも起こってくる。

以前にも書いたのだが、こちらでは音楽学校に至るまで、四分音符のことを黒と呼び、二分音符のことを白と呼ぶ(全音符は「丸」、八分音符は鉤)。

で、黒人の子供がいるクラスなどで、

「ひとつの白は二つの黒に相当する」

という説明をする時に、その言葉は

「一人の白人は黒人ふたりの価値がある」

というのと同じ言いまわしになってしまうのだ。

私は個人授業で黒人の子供を教えていた時に焦ったが、中学の音楽教師をしている友人などもみな居心地が悪くて表現に気を使う、と言っている。

ちなみに、初期のキリスト教やオリエントのキリスト教ではもちろん、教父は中近東系の人物である。初代ローマ司教とされる聖ペトロもパレスチナにいたユダヤ人なのだからいわゆる「白人」ではない。

アラブ人を含めて、彼らの顔の造作は日本人にとっては「白人」に近いのだが、「白人」にとってはやはり「白」ではなく、「マットな肌」と呼ばれる。

マットとは光沢のない、艶消しの、という意味で、布やペンキなどでは「サテン」の反対概念だが、肌の場合、確かに色素の多寡で透明感が変わってくる。

「白人」たちはブラック・スワンの登場で仕方なく自分たちを「白」と形容しているが、本当は、色素が薄いからすぐ欠陥が透けて見えて赤ら顔になったりすることをよく心得ていて、本当は「透明」と「不透明」とに二分しているような気もする。

「肌のくすみをとり透明感のある肌を」というのは日本の化粧品の売り言葉でもあるが、「透明」の価値の含意ってなんだろう、と何十年も「マット肌」の持ち主としてフランスで暮らしながら時折考えてしまう。
by mariastella | 2013-02-19 23:55 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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