L'art de croire             竹下節子ブログ

フランスのバロック・ダンスと音楽とのほんとうの関係

最近、フランスのバロック・ダンスと音楽とのほんとうの関係が分かった。

フランス・バロックのトリオで活動をはじめてから20年以上、バロック・バレーのクラスにはじめて参加してから約17年、ルネサンスのダンス、イタリアのバレー、スペインのバレーなどのさまざまな研修にも参加したし、人前で踊ったこともあるしささやかだが振付や演出のまねごとをしたこともあるし、講演会にも行った。

自分でもそれに関する本を書いたし、トーク・コンサートをしたこともある。2010年の秋には日本でバロック・ダンサーとコラボのコンサートもした。

それなのに、なんとなく分かっていなかったことがあったと、つい最近気づいた。

これまでの小さな違和感の多くが氷解した。

私が今、音楽学の博士課程かなんかにいたら、これをテーマに博士論文を書けるくらいだ。

あれは、3週間ほど前に、クリスティーヌのクラスでエマニュエルが代理で来た時だっただろうか。

最初に腕の回し方のエクササイズをする時に珍しくラモーの曲がかけられた。

すると、

「ラモーか」

「18世紀のはちょっとね」

などという不満そうな声が、数名から上がったのだ。

私にとっては驚倒すべきコメントだった。

その時、分かったのだ。

すごく単純に言って、バロック・ダンサーたちにとってはラモーの曲が音楽として完璧であるのは「邪魔」なのだということが。

思えば、20世紀の終り頃にパリのシテ・ド・ラ・ミュージックにバロック・バレーについてのシンポジウムを聴きに行った時、ベアトリス・マサンだったかが、バロック音楽について、こう語った。

「普通、踊りと音楽のどちらがエライかと言ったら、音楽ですよね。だって踊りがなくても音楽は成立するけど音楽がなければ踊れないですから」

「でも、ヨーロッパの音楽史の中で、1650年から1750年のこの100年間だけは、踊りの方がエラかった。音楽は踊りを成立させるためにだけ創られたんです」

私はこの話に感心して、なるほどそうかとずっと思っていた。

まあ、詳しく書くとそれこそ論文になるので簡単に言ってしまうと、

今のバロック・ダンサーのほとんどは、振付譜の残っている17世紀のダンス曲ばかりを守備範囲にしている。

なぜ18世紀の振付譜が残っていないかと言うと、多分18世紀にはバレーが完全にプロのダンサーによる舞台公演のものになって、その振付譜は一般の人の手に渡らなかった、また、テクニック的にも複雑で難しいものになったので振付譜の商品価値はなくなったなどの理由があるだろう。

で、17世紀後半に人気で18世紀にも国境を越えて伝播し続けた振付譜に記載されているダンス曲は、確かに、踊りのためにだけ作られたものだった。

リズムやフレージングだ。

その骨子さえあれば、楽器構成をかなり単純化してアレンジしても問題なかった。

宮廷のバロック・ダンスが馬や剣術と並ぶ身体技能であったこともそれを物語る。

リズムやフレージングさえ、ブ―レだったりサラバンドだったりガボットだったりメヌエットであったりすれば、ハーモニーとかメロディは重要でなく、誰のどの曲でも互換性があったのだ。

ベアトリス・マサンが言うように、ダンスの方が曲よりもエラい、というヒエラルキーがあったわけだ。

ところがラモー以降、それが逆転した。

バロック・ダンスのリズムやフレージングや身体性はその時代の標準教養であったから、作曲家たちは以前としてダンスの組曲を作り続けたし、オペラの幕間にも相変わらずダンスを組み込んだ。

しかし、それは、ハーモニー論を駆使した知的で色彩豊かでかつ神秘的な音楽に、ダンスのリズムやフレージングを巧妙に織り込んだパラレルで複雑なものになった。

ラモー以前は、すばらしい豊饒な音楽性を持つ作曲家でも、オペラに挿入されるダンス曲はまるで「別くち」のように、昔ながらの平坦なものを差し出す傾向があった。

それが、ラモーのオペラ以降には、ダンス曲はもはや「ダンスの下に位置する」ことをやめてしまったのだ。

ロワイエのオペラにおけるラモー以前とラモー以降でのダンス曲の変化
にはそれが明らかである。

けれども、17世紀の作曲家によるダンス曲のすべてが「ラモー以前」の「ダンスの下位にある音楽」であったわけではない。

この前聴いたシャルパンティエの『ダヴィッドとジョナタス』のシャコンヌなどはなかなか豊かなものだ。

ダンスの下位にあるわけではないのでダンスなしでそのままで音楽とダンスを複合させながら成立する。

しかし、すると、ウィリアム・クリスティはどうしたか。

振付譜の失われたこれらのダンス曲をどう扱っていいか分からずに、「話の腰を折らないための無言劇」を挿入したのである。

音楽とダンスを同時に絢爛に表現してしまうタイプのバロック・ダンス曲は、それほどまでに、ダンサーとの折り合いはよくないわけだ。

昔、バッハのダンス組曲を弾くたびに、それはダンスという名を借りてはいるが芸術的(つまりピュアに独立したアートという意味)なので、実際には踊るものではない、といつも言われていた。

そんなものかと思っていたが、それ自体がダンスのロジックを完全に織り込んでいる総合芸術になっている音楽の前では、普通のダンサーはたじろぐということなのだ。

「踊るものではない」のではなく、「もはや踊りを必要としない」ことと、普通のダンサーはそれをダンス曲として組み伏せられないので敬遠してしまうということなのだ。

今でも、ワルツだとか、タンゴだとか、サンバだとか一定のリズムの形さえあればどんな曲でも同じ形で踊られるタイプのダンス曲はどこにでもある。

人々が「いっしょに踊る」ことに意味のあるようなタイプの踊りには、「従属音楽」でも充分なのだ。

いやその方がダンサーにとって都合がいい。

ラモーやミオンらのダンス曲には振付譜が残っていないのももちろんだが、今や、その曲を前にしたダンサーが適当な既存の振付譜を応用するだけでは、音楽を従わせることはもちろん、曲と対等に踊ることも難しい。

ラモーのダンス曲とバロック・ダンスが競合するためには、ダンサーの方も、単なる身体技法以上のオーラをまとったり、曲に流れるハーモニー進行をキャッチしたりする必要がある。

ラモーの曲をダンスのフレージングが隠されていることを意識せずに演奏すると決定的な欠落ができるのと同じように、ラモーの曲を、和声進行のロジックを意識せずに踊ると何かが足らなくなるのである。

その、自分たちの側の理解の欠落を感じる代わりに、多くのバロック・ダンサーは「ラモーは踊りにくい」、「何かが邪魔だ」と感じてしまうのだ。

その点で、2010年にフランスと日本で私たちのミオンのダンス曲に振りつけて踊ってくれた湯浅宣子さん
は大したものだった。

ラモーやミオンの曲に彼女ほどの強靱さを持って向かい合えるダンサーは見たことがない。

多くのプロのバロック・ダンサーはコンテンポラリーやクラシックの出身で、バロック音楽理論に疎い。

それを理論からではなく、避けて通ることもなく、肌で吸収してねじふせることができるだけの過剰なほどのエネルギーを湯浅さんは持っているのだ。

私たちトリオは感受性が過剰でエネルギー値は低いのだが、BuryのシャコンヌでもDuphlyのシャコンヌでもミオンのパサカリアでも、湯浅さんならさぞや祝祭のクライマックスで舞いだす巫女のように踊ってくれるだろうなと思う。
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by mariastella | 2013-02-23 04:57 | 音楽
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