L'art de croire             竹下節子ブログ

Ora et labora

2月24日日曜日のツィッターでベネディクト16世(以下B16)は

「この特別な時に、いつものように神のみ旨を信頼して私と教会のために祈ってください」

と書いていた。

「この特別な時」というのはキリスト教で最も重要な復活祭の前の四旬節のことなのだろうが、どうしても、彼のリタイアを控えたこの数日、という感じがしてしまう。

カトリックの内部でもB16の勇気をたたえる人、失望の意を隠せない人などいろいろだが、彼が一番必要としているのはやはり祈ってもらうことなのだ。

2 月27日の水曜日はB16がヴァティカンで最後に人々に会う日で、28日の午後5時にはヘリコプターに乗り込んで夏の別荘であるカステル・ガンドルフォに赴き、午後8時の引退を前にまた挨拶するらしくて、TVで2日間の特別番組が組まれている。

そのあとは、ヴァティカン内の修道院の修復が済むまで戻ってこないと言われている。

28日にはそっと姿を消すような気がなんとなくしていたので、言葉が聞けるのは意外な気もした。

実際、周囲の要望がなければ自分からは何のセレモニーもしなかったような気がする。

先週の日曜日は最後のミサだったので、この日のために巡礼に来た人も多くサンピエトロ広場は10万人の信者が集まった。

自分は教会を見捨てるわけではなく、自分の力に見合った形で教会に奉仕続ける、と明確に意思を伝えていたし、こういう別れもいいなあと思った。

「病の床で朦朧とする教皇をよそにヴァティカンの権力争いが潜行している」というような図式よりはよほどすがすがしい。

退位するB16が存命だからと言って「院政」のようになるのではなく、次の教皇や枢機卿たちが襟を正し続ける契機になればいいのだけれど。

B16の名であるベネディクトといえば、ヨーロッパの守護聖人で、ベネディクト会の会則を作ってその後のカトリックの修道会の基礎とした聖人(480-550)だ。

このベネディクトはB16と同じく碩学の人だったが、隠遁する度にすぐに弟子が集まった。それなのに、510年ごろに最初に修道士たちのリーダーに選ばれた時に、その厳しさに耐えられなかった修道士たちから聖杯のワインに毒を盛られて殺されそうになったとか、その後も聖体パンに毒を盛られたという話がある(毒入りの聖杯は彼が十字を切った時に割れて中身がこぼれて助かった)。

彼の著した会則は『Ora et labora』(祈り、働きなさい)というものだ。

聖ベネディクトは祭壇の前で祈りながら立ったまま絶命したと言われている。

ひたすら祈って神のために働くことを目指した人でも、身近な人間との関係に生まれる悪意の犠牲になったことが分かる。

腕力に頼らずに選ばれて人の上に立ってさえ、平穏に過ごすことがいつでもどんな時代でも容易なことではないのを見ると複雑な気持ちになる。

おりしも、イタリアは総選挙が終わり、政局はいよいよ不安定なものになっている。

ポピュリスト政党が躍進した。

ヴァティカンはいい意味でも悪い意味でも巷の政党政治とは真逆の論理で動いているように思える。

たとそのえ内部であれやこれやのロビーがひしめいているのだとしても、ヴァティカン銀行の改革がなかなかできなくても、「カエサルの論理」の向こうにはきっと聖霊が下ってくると信じたい。
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by mariastella | 2013-02-27 09:02 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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