L'art de croire             竹下節子ブログ

B16最後の日

2月28日、予定通り午後五時に教皇を乗せたヘリコプターがヴァティカンから飛び立った。

同時に、カステル・ガンドルフォでは、門の前、両側にスイス人衛兵が守備についた。

教皇が最後の挨拶をするバルコニーに面する「自由広場」は、4500人以上は入れない広さなのだが人々が道路側にもあふれている。

ヘリコプターはサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の上をゆっくり通った。

ここはカトリックの五大バシリカ聖堂の一つでローマ司教聖座だから、教皇にはゆかりがある。

カステル・ガンドルフォまでは30キロもなくてヘリコプターではすぐなのだが、離陸から着陸、教皇が降りて宮殿に入りバルコニーに出るまですべて中継で映されていた。

TVの解説によるとオプス・デイのメンバーでアメリカのFOXテレビの関係者がこの中継を演出したそうだ。何につけヴェールに包まれているという印象のあるヴァティカンの透明性を強調するためだという。

ヴァティカンでは枢機卿たちに向けた最後の挨拶があって、その中で、自分の継承者には無条件に服従する、との明言があった。

その時にヴァティカンの廊下を歩いてくるB16の姿も映されて配信されている。

コミュニケーション強者だったJP2と違って、終始謹厳で不器用な感じのするB16だったが、最後になって非常にメディアティックな演出を受け入れた。

予定されていた午後5時40分より2分ほど早く姿を現した教皇は、みなと共にいることが幸せだと言い、自分はもう教皇ではなくなるが、その後は一巡礼者としてこの世での巡礼の最後の道程にとりかかるのだと言い、全員を祝福して姿を消した。

午後八時には教皇の指輪が外されて壊されるのだそうだ。ピアノを弾く時に無造作に外していたあの指輪だ。


イタリア語の感謝の言葉の他に、ドイツ語の感謝の言葉も掲げられ、黄と白のヴァティカンの旗の他にドイツの国旗を振っている人もいる。

グローバル化したとはいってもネーション間の緊張が至るところにあるこの世界において、イタリアの一角でドイツ人が中南米やアフリカやフィリピンから来た人に惜しまれているのを見るのは不思議な感じがする。

イタリア人の憲兵たちが警備しているが、門の前に立つのはミケランジェロがデザインしたという伝説のルネサンスの制服(冬だから黒いマントを着けている)を着たスイス人の衛兵だというのもアナクロニックで非現実的だ。。

B16がバルコニーから姿を消してからは、人々が散り始めた。

午後八時には世界中から集まった報道関係者でまたいっぱいになった。

八時の鐘がなり渡り、門の左右にいたスイスの衛兵が中に入って槍を壁に掛けてから扉を閉めに戻った。

この光景も外からと中からの両方から映される。外の陽光が閉まりかけた扉の間で一瞬光ってから扉がずんと閉まるところは、これから隠遁が始まるというのを内側から見たアングルだった。B16という光が消えたのではなく、外の光が閉ざされたというイメージだった。

教皇の在館を示す旗がするすると降りた。

もう「現職教皇」はいなくなったのだ。

B16は名誉教皇B16としての肩書は残るがもう表舞台には出てこないと言っている。

2カ月後にヴァティカン内の修道院に移ったとしても、枢機卿たちを接見することはないだろう。

要職にある者がB16のいる修道院を訪れてまた出てきたというようなことがあっという間にニュースになり噂をよぶような世界だからだ。

同じ時間、パリのノートルダム大聖堂ではB16に捧げるミサが始まった。多分世界中の多くのカトリック教会で同時にミサがあったのだろう。

国際機関は多々あるけれど、各地でこういう連動が生まれるような機関はない。

ローマ・カトリックは、世界最大のNPOでもあるが、グローバル化した世界で唯一、世界的な地政学的パワーを有する唯一の宗教である。欧米諸国のような近代世界の覇者である先進国の内政に正と負の大きな影響力を持ってきたと同時に、中南米やアフリカのような新興の国々では今も信者を増やし続けている。

フランスのテレビではステファン・エッセルの追悼番組ももちろんやっていた。

スクリーンの中で3年前のインタビュー録画のエッセルが、

「人には自分たちのエゴを超えた超越的なもの、神的なものをキャッチする能力がある。けれどもそれを宗教で囲い込んで独善的、覇権的になるのがよくない、特に一神教は暴力に結びつく、宗教がなければ人間はなかよくやっていける」

と熱弁していた。

いかにもフランスの知識人らしい。

「宗教がなければ人間はなかよくやっていける」

かどうかは大いに疑問だが。

宗教であろうとなかろうと、多様性を認めずに真理を独占していると信じて独善性と排他性を発揮する単一イデオロギーが支配しているような時代や場所では、人はなかよくやっていけないのだ。

洗脳か弾圧か搾取か殺戮が待っている。

逆に、ローマ法王であろうとレジスタンスの闘志であろうと、平和を希求し、不正に憤り、弱者の側に立ち、利他を実践するカリスマ的な人が、「人間がなかよくやっていく世界」を目指して人々を鼓舞してくれれば、この世は少しずつでもよい方向に向かっていくだろう。

そう信じたい。

昨日の記事で、キリスト教の出発点にある「神は愛だからすべては本来的に善である」というオプティミズムに触れたけれど、こういう風に、最初に喜びを前提にしてから「苦しい現実」を何とかしようというのは、もちろん仏教にもある。

数年前に107歳で亡くなった曹洞宗永平寺貫首の宮崎奕保師の「若き仏たちへ」
を読んでいると、

「他の宗門では、方便としてわれわれは凡夫であるから凡夫が仏になるために修行をする、修行をしてか迷えるものが仏になると解きます。ところが、道元禅師様の伝えて下さった仏法は、仏が出発点なのです。…凡夫が出発点ではありません。」

とある。

みなが

「位大覚に同じうし巳る」

で仏さまと同じなのだが

「すなわちこれ諸仏のみ子なり」

で、同じだけれど平等というわけではない、というところも大事だとある。

ソリプシストKが、「私は神、あなたも神、だからあなたは私、全世界は神であり私である」、というのと、すべてに仏性が宿る、天地同根万物一体というのも似ているとは思っていたが、出発点におけるそのような思い切った絶対肯定はこの世を生き抜くのに必要かもしれない。

それなしで、具体的な現象としての不平等や不公正や不条理ばかり観察していたら、凡夫どころか、絶対に許せないと思うような悪魔のような奴だってこの世にはたくさんいるのだから、普通の人なら神も仏も信じられずにつぶされてしまう。試練に次ぐ試練を克服したり、悟りの境地に達したり、という行程の「方便」にはなかなか耐えられない。

ましてや、今は苦しくても、誰それの言うことに絶対服従すれば、あるいは苦労を忍受すれば、「来世だの天国だのではいいことがいっぱいある」などというタイプの「方便」は、私にはなかなか受け入れがたいし、その「誰それ」だの「誰それ」を体現する人や機関の都合のいいように仕組まれている場合もある。

就任と共に「恐れるな」と檄をとばしたJP2はテロリストの凶弾に襲われもしたが不屈のエネルギーをもって、祖国ポーランドを単一党のイデオロギーから解放した。けれどもその晩年は、見ているだけでも苦しい受苦の過程をまっとうした。

教皇に選出された時にその責務におそれおののいたB16は、8年足らずの任期中にイエスについての本を3冊書いて、「キリストを人生の中心におくことの喜び」を繰り返しながらリタイアの選択をした。

この二人がそれぞれのキャラに従って神の声を聞いて選択した「引き際」がこれだけ異なっているということ自体になかなか好感が持てる。

ぜひみならって欲しいと思う世俗の権力者の誰彼の顔が浮かばないでもない。

次の教皇がどんな人なのかは楽しみだ。

「真理はあなたたちを自由にする」

という言葉がほんとうなのかどうか、見てみたい。
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by mariastella | 2013-03-02 02:46 | 宗教
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