L'art de croire             竹下節子ブログ

B16のリタイアとヴァティカンのスキャンダル

このテーマについては書くのもばかばかしいのでスルーしようと思っていた。

私のサイトの掲示板に、B16のリタイアがヴァティカンの秘密隠しの一環だというような陰謀論系のコメントをしていた人がいたのだが、こういうものにも、対応のしようもないので放置しておいた。

ところが、日本の老舗の新聞

バチカン、醜聞噴出 法王退位きっかけ 「同性愛で結ばれている」・権力闘争・汚職

などというタイトルで何か書いているらしいのをネットで目にして、あまりのことに、少し書く気になった。

2月21日 にイタリアの左派系新聞La Repubblicaで、共産党日刊紙の元編集長が、B16が、三人の枢機卿の出したレポートでゲイのロビーの存在を知って衝撃を受けてリタイアを決意した、という趣旨の記事を掲載し、それがまたたくまに世界中に流れたからだろう。

まともな新聞はそれをすぐにちゃんと検証して否定した記事を出していたが、充分納得のいくものいくものだった。
たとえばこれ

三人の枢機卿のレポートの実態が何かということもよく分かった。このブログ記事はスキャンダルの否定自体が目的ではないので詳しいことは書かない。

今はヴァティカンもそれに対して声明を出している。

ともかく、枢機卿の間での「ゲイのロビー」という言葉は、ヨーロッパのキリスト教国のメディアにとってはかっこうのキャッチコピーになるものなので、すぐに多くのカリカチュアや揶揄する記事が出た。

とても下品なものが多いのだが、もともと、イスラムについては神経質なヨーロッパのメディアはその代わりと言っては何だがヴァティカンとかローマ法王については目いっぱい下品だったり、リスペクトのかけらもないような記事や画像を普段から流しているのだから、それ自体は驚くほどのことではない。

フランスでも反教権主義、反カトリックは共和国アイデンティティの一つだから、こういうことには「過剰反応が普通」なのである。

特に去年五月以来社会党政権になってからは、フリーメイスンでさえ、デイスト系GLNF(キリスト教とかカトリックという組織や教義は否定するが宇宙を司る神の存在は認める)は勢力を落とし、現職の大臣を相当数抱える無神論系GODFが突出してきている。

私は、「宗教者は原則的にリスペクトする」、「年配者はリスペクトする」という文化の中で育ったので、ローマ法王であろうとムハンマドであろうと釈迦であろうとキリストであろうと、宗教者や、信者の崇敬や崇拝の対象になっている人物が揶揄されるのを見るのが好きではない。

それどころか、たとえ極悪人のように評されている人でも、たとえばエジプトのムバラクとかフランスでナチスに協力したパポンとかでも、80歳や90歳を過ぎてから逮捕されたりさらしものにされたりするのを見るのはすごく嫌だ。

ナチスの残党を執拗に探しまわって90歳にもなっている人を弾劾するようなものも、見るに堪えない。

そういう人たちはもう何十年もびくびくと隠れて逃げてきたのだから充分苦しんだはずだというような理屈ではなく、ただ、生理的に嫌なのだ。

表現の自由の名のもとに特定のキャラを攻撃したり貶めたりしていいのは、マイナーがメジャーを、弱者が強者に対抗する場合だ。

今のヨーロッパのようにカトリックやキリスト教がむしろマイナーになっているような世界で、中世から18世紀や19世紀までの時代とあいも変わらず、条件反射のようにヴァティカンやローマ法王を揶揄したり攻撃したりするなんてどうかと思う。

神が全知全能だと思っている人がいまだにせっせと「神」を攻撃し続けるのなら分からないでもないけれど。

大体において、「ゲイのロビー」云々というのも下品だ。

同性愛者のロビーがあるなら異性愛者のロビーもあるだろうし、カトリックは司祭の独身や貞潔を求めていても、もって生まれた性的傾向までを審査することはない。(アメリカの軍隊の方が最近まで同性愛者を排除していたのを思い出してしまう。

B16は教理省長官として25年もヴァティカンに勤務していたのだから、ヴァティカン内のスキャンダルや噂には精通していたはずで、今さら、

「えっ、ゲイのロビーが暗躍していたのか、それはショッキングだ」

なんていってリタイアするわけがないのは少し考えても分かる。

B16はヴァティカン銀行の改革も阻まれたし、側近には内部文書をリークされるし、迎え入れようと手を差しのべた教条主義者が「ユダヤ人の収容所にはガス室はない」という発言をしていたことも知らされていなかったし、ヴァティカンの不透明性や裏切りやロビーの分断という状況の前で打ちのめされて疲弊していたのは事実だろう。

それらのすべてに対応する心身の限界が来たので後は適任者に任せたい、というのも事実だろうし、それを疑ったり、実は院政なのだとか、突然ゲイのロビーがどうだとか言いたてたりする理由は全く見当たらないのである。

しかも、この教皇には、いわゆる教書とよばれる公式の文書だけではなく、多くの著作がある。その信仰と理性の両輪をペアとする態度は常に一貫している。作家としてのスタイルも確立しているし、信仰に基づく内的体験も表現している。インタビューにもじっくり答えてきている。

ローマ法王がめったに言及しないダンテの『天国篇』を引用し、ヘルマン・ヘッセを愛した。

それらを読むと、B16の人柄はわかる。

これだけの情報があるのに、また、イタリアを含むヨーロッパ諸国のヴァティカンとの長く微妙な確執の歴史ゆえに、ヴァティカンに関するヨーロッパのメディアにはさまざまなバイアスがかかっている事実を無視して、

バチカン、醜聞噴出 法王退位きっかけ 「同性愛で結ばれている」・権力闘争・汚職

などと安易な見出しをつけてしまうのが日本のメディアなのだ。

日本のメディアの宗教リテラシーって一体どうなっているんだろう。

ヨーロッパのメディアにだってもちろん煽情的な見出しは多々ある。

だからこそ日本のメディアも安心してコピーするのだろう。

けれどもまともな記事やリスペクトする記事、信頼のおける情報もまた、たくさんあるのだ。

日本ではもともとカトリックに対する関心が低いし、キリスト教人口も少ないし、教皇辞任関連の記事が少ないこと自体は不思議でもなんでもないが、その少ない記事にわざわざ低レベルで無意味なものが紹介されることがいかにも情けなく思った。

ネット世界で展開され増幅される数々の陰謀論は尽きることがないしどんなに突拍子のないものでもそんなものだと思ってスルーできるが、「大新聞」くらいは、少しは見出しに気をつけてほしい。
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by mariastella | 2013-02-19 07:30 | 宗教
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