L'art de croire             竹下節子ブログ

コンクラーベ前日

サン・ピエトロ広場には観光客が増えている。新教皇選出を知らせる白い煙の出る細長い茶色の煙突がシスティナ礼拝堂の上に当たる屋根瓦の一部をとり外してとりつけられたからだ。

つまりこの煙突はコンクラーベご用達の期間限定なのである。

教皇が決まらなかった投票の後での黒い煙にはもう前から色がつけられていたのだが、白い煙の時もグレーに見えることがあって紛らわしいということで今回は煙を白くする成分が加えられるそうだ。

コンクラーベ前最後の日曜のミサを終えたフランスの枢機卿がインタビューに答えて、枢機卿同士の合意が進んでいろんなことがとてもクリアーになったとにこにこしながら答えていた。

今日はもう一度最後の会議があって、それぞれが誰に投票するかの心づもりがそろそろできているらしい。

ところで、前回の記事で、コンクラーベに参加する枢機卿について、

「最初は66カ国117人のはずだったのだが、スコットランドの枢機卿が辞任し、ジャカルタの枢機卿が病気のために不参加を表明した。」

と書いたことに関して、スコットランド司教辞任は同性愛スキャンダルなのかどうかという質問を受けた。

当たっている。

2月24日の《The Observer》紙で、三人の司祭と一人の元司祭が、74歳のセント・アンドリュースとエジンバラの大司教Keith O'Brienから1980年代にセクハラをうけたという告発記事が出たのだ。

それを受けて彼は翌日に辞任、コンクラーベへの出席も辞めて完全リタイアし、一週間後の3月3日に自分の行動の行き過ぎについて謝罪を表明している。

ただしこれはカトリックの聖職者に特別ゲイが多いとかいう話ではない。

同性愛者かどうかというのは、いわゆる発達障害などと同じく正常からの明確な線引きができるわけではない。そして明らかな同性愛者の生まれる確率は、カトリックであろうとどの国、どの文化、どの時代でも多分同じくらいあるはずだ。

他の小児性愛者や病的サディストなども同様だろう。病的というのは社会的に問題があって犯罪を構成するような性愛癖であり、こういうものはあらゆる手段を使って治療したり抑え込んだりする必要がある。

しかし同性愛そのものは異性愛と同じで、成人間の合意があればもちろん何の問題もないわけだし、同性愛者も異性愛者も自分の意思で貞潔を誓うことも禁欲を選ぶこともできる。

しいて言えばカトリックの聖職者や修道者のような「男社会」にいれば、異性愛者には誘惑が少なくて禁欲が楽でも、同性愛者には誘惑が多いだろう。

でも周りの同僚でも普通の社会と同じように当然圧倒的に異性愛者が多いのだから、「上司」にあたる同性愛者が異性愛者にセクハラをすると当然嫌悪される。

今回のように内部から告発されることもあるわけだ。

小児性愛者も同じで、そういう病的傾向のある人は一定の割合でどこにでもいるとしても、学校の先生とか司祭だとか、親が子供たちを安心してあずけるという特権的な職にある人にとっては、誘惑も大きくチャンスも多いというわけだ。

宗教がどうこういう問題ではなく、子供たちに特権的に接する地位にある大人の異常性癖については周囲が特に注意、警戒しなくてはならない。


そんなわけで、今回のオブリエン枢機卿の辞任は、カトリックの自浄作用がだんだんと機能し始めたということの徴候ということでむしろいいニュースだと思う

この時期を選んで司祭たちが告発したことも、新しい時代の教皇選出に関わる枢機卿の人格について妥協しないという決意からかもしれない。

他の高位聖職者も襟を正すだろうし、良心に疚しいことがある人は野心を捨てるだろう。

キリスト教はもともと「わたしは弱いときにこそ強いからです(2コリント12-10)」というたぐいの逆説がたくさんある宗教だ。

完全無欠なふりをする必要はもともとないので、自分の免疫力を高めながら内部の弱さを克服しつつ、外の世界の弱者に徹底的に奉仕するという模範を示していってほしいものだ。
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by mariastella | 2013-03-11 21:18 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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